魔王様、溺愛しすぎです!
87. トカゲじゃなくてドラゴンな
「見ちゃいけません」
抱っこしたリリスを血の臭いから庇うように抱き締める。アスタロトの怒りはわかるが、幼子の前でこんなバラバラにしなくても……そんなルシファーの非難の眼差しへ、穏やかさを取り戻した側近は一礼して剣を収めた。
「ヤン、よく守りました。空の警備はもう少し手厚くしましょう」
フェンリルを労うアスタロトの声に、リリスがもぞもぞ動く。どうしても顔を出したいようで、うまく力を入れられない腕を押しのけて、ぴょこんと飛び出した。頑張った彼女の頬は赤く染まり、興味深そうに瞳を輝かせて周囲を見回す。
見せたくなかった虐殺現場に、リリスは興奮した。
「すごい! 燃えるトカゲ、ばらばら!」
「……バラバラ、だね」
トカゲじゃなくてドラゴンな。あと、燃えるんじゃなくて火を吐いたんだけど。
相槌を打ちながら、無邪気に喜ぶリリスに苦笑いする。魔族として育った影響なのか、リリスも強いものを尊ぶ傾向が強い。血塗れの庭を前に泣き出さないのは、さすが魔王の養い子と褒めるべきか。
「ところで陛下」
近づいたアスタロトがにっこり笑う。釣られて愛想笑いするルシファーは次の言葉に固まった。
「リリス嬢の抱っこ、許可を出した覚えはありませんよ」
左腕にしがみついてはしゃぐ娘を見つめ、ゆっくり視線をアスタロトへ向ける。同じ赤い瞳なのに、どうしてこんなに恐怖心を煽るのだろう。アスタロトの口元は笑みを浮かべているが、目は厳しい輝きを宿していた。
「えっと……緊急、だったから。そう! 緊急事態だぞ」
襲われたからついリリスを庇っただけと言い張るルシファーへ、額を押さえたアスタロトが止めを差した。
「私が知る情報ですと、あのドラゴンと対峙する前に、リリス嬢のお強請りに負けて抱き上げましたよね」
ちゃんと知っていますと告げられ、ルシファーが後ろを振り返る。知らん顔の灰色毛玉を「裏切り者」と睨むと、アスタロトが苦笑いして否定した。
「違いますよ。この城には監視用の目が常に作動しています。そうでなければ、私が今のあなたを置いて出掛けるはずがないでしょう?」
「……ごめん」
ぽんとヤンの背中を叩いて疑ったことを謝罪し、ルシファーは笑顔の側近に向き直る。後ろから吹いた秋の風が、さきほどかいた汗を冷やしていく。急に寒くなったような気がした。
アスタロトの言葉を要約すれば、監視しているから安心して出かけたという意味だ。魔力が使えない今のルシファーに仕掛けを探すのは難しそうだった。
「うーん。監視はちょっと……」
「自然の目ですから、気にならないでしょう。それに監視を外すなら、常に私が寄り添うことになります」
リリスとまったり昼寝する間も、食事中も、近くでべったり警護しますと提案されれば、折れるしかなかった。今の魔王城復興事業をベールだけに押し付けるのは無理がある。真面目で神経が細かい彼のこと、きっと倒れるだろう。
部下達の性格を理解しているルシファーが溜め息を吐いた。
「城が早く直ればいいんだが」
「それについてご報告がございます。完成にはまだかかりますが、居住区と謁見の間に全ドワーフを投入した結果、どうやら来月には住めるようになります」
「……どんだけブラック」
24時間建てられますか♪を実践したのか? 保育園以来の大きな建築現場に、彼らが気合入れたのは当然だが……公共事業だから予算取り放題だっただろうし。引きつったルシファーの考えを肯定するように、アスタロトが報告書を読み上げた。
「まず居住区ですが、彫刻以外は再来週に終わります。建物を大きく3つの工区に分けたそうで、謁見の間は比較的居住区に近いので、来週から取り掛かれそうです。陛下のお部屋の隣にリリス嬢のお部屋も用意させたのですが……前より大きいみたいですね」
設計図を広げるアスタロトの横に近づくと、ひょいっとリリスを奪われた。奪い返そうと手を伸ばすが、アスタロトは上手に避けてリリスを肩車する。こんな不安定な状態じゃ、迂闊に手をだせない。
普段みたいに落ちかけたリリスを魔力で支えられないし、腕もうまく動かせない今、落としたら取り返しがつかないのだ。
「うぅ……」
唸るような声で不満を表明するルシファーに、高い位置ではしゃぐリリスが手を振った。なんだか微笑ましくなる。文句は言うが、魔王城の関係者は最終的にリリスに甘い。正確にはルシファーに甘いのだが、本人は気付かぬまま設計図を覗き込んだ。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
全ての魔法を極めた勇者が魔王学園の保健室で働くワケ
-
14
-
-
聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
6
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
5
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
5
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。
-
2
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
15
-
-
ある化学者(ケミスト)転生〜無能錬金術師と罵られ、辞めろと言うから辞めたのに、今更戻れはもう遅い。記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です〜
-
4
-
-
聖女と最強の護衛、勇者に誘われて魔王討伐へ〜え?魔王もう倒したけど?〜
-
6
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
57
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
20
-
-
ガチ百合ハーレム戦記
-
15
-
-
魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
12
-
-
夢奪われた劣等剣士は銀の姫の守護騎士となり悪徳貴族に叛逆する
-
25
-
-
【連載版】唯一無二の最強テイマー 〜最強の種族をテイム出来るのは俺だけです。俺の力を認めず【門前払い】したのはそっちでしょう。俺を認めてくれる人の所で過ごすつもりなので、戻るつもりはありません〜
-
2
-
-
悪役令嬢令嬢に転生?そんなもの知ったこっちゃないね!
-
4
-
-
【ジョブチェンジ】のやり方を、《無職》の俺だけが知っている
-
3
-
-
ルーチェ
-
2
-
-
世界を渡る少年
-
32
-
-
二度めの生に幸あれ!〜元魔王と元勇者の因縁コンビ〜
-
5
-
コメント