魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

85. 何ぞ来ましたが

 午後の日差しを浴びる城の庭で、リリスとルシファーは毛皮に包まれていた。秋から冬へ向かう寒さを物ともしない、ふわっふわの毛玉が身じろぎする。


「我が君、何ぞ来ましたが」


「ん?」


 リリスを抱いて寝ていたルシファーは、欠伸をしてヤンの毛玉から顔を出す。魔王城襲撃事件あらため、魔王様暴発事件と改名された騒動から1ヶ月。ルシファーはまだ魔力の使用を禁じられていた。


 主治医のメフィストに「くれぐれも、くれぐれも大人しく」と念を押され、側近アスタロトにも「数年は大人しく、大人しく」とやはり二度繰り返されている。しかたなく昼寝三昧の日々を愛しいリリスと満喫しているのだが……。


 今の魔王に確認以外の仕事が舞い込むはずはなく、今朝顔を合わせたアスタロトに来客の予定は聞かされていない。丸くなったままのヤンが「うー」と牙を剥いて唸った。


「どうした?」


「ドラゴンです」


「ふーん」


 魔の森でフェンリルと互角に戦えるとしたら、竜族であるドラゴンや神龍のシェンロン達くらいだ。実力者である彼らが先触れも出さずに近づいたため、ヤンは警戒したようだった。だがルシファーに緊張感はない。


 もそもそと毛玉から脱出を図るが、ひょいっと首根っこを掴まれた。アスタロトに警護を任されたヤンとしては、安全が確保されるまで包んでおきたいらしい。牙で器用にローブを引っ掛けて、毛玉の真ん中に戻された。


「こら、ヤン」


「出てはいけません」


 1匹と1人のケンカに、リリスが「めっ」と毛玉を叩いた。しょぼんとするヤンを他所に、ルシファーの頬もぱちんと叩かれる。


「パパも、めっ!」


「えええっ、パパもぉ?!」


 情けない声を上げる間に、ドラゴンはひらりと舞い降りた。広かった庭が狭く感じられる巨大なドラゴンは、竜族のようだった。赤茶けた鱗は艶があり、ヤンの1.5倍ほどの大きさがある。


 あちこち切れた髪をアスタロトが何とか形にしたあと、目立たないよう結んでいる。今日はポニーテールにしたため、首をかしげると背中で髪が揺れた。ちなみに、本日のリボンはリリスとお揃いの赤である。


「リリスぅ……パパは泣いちゃうぞ」


「よしよしする」


 小さな手を伸ばしてルシファーの頭をなでる幼女は、あふっと可愛い声で欠伸をした。手で口を押さえて欠伸を終えると、赤い唇で抱っこを強請る。


「パパ、抱っこ」


「はい、おいで」


 1ヶ月経って、最近はフォークやペンなど軽い物は持てるようになった。それまで手で食べられるサンドウィッチやおにぎりを用意する過保護っぷりを発揮したアスタロトは、ベールに「母親のようですね」と揶揄されるほどだ。


 来週辺りから署名作業を分担する予定だが、まだリリスを抱っこする許可は出ていなかった。だが両腕とも痛むくせに、リリスを抱っこする権利を他者に譲らないルシファーは、両手を広げて幼子を引き寄せる。


 きょろきょろと周囲を確かめて、少しだけ魔力を使った。リリスの体重を魔力で支えて、腕の中の幼子に頬ずりする。黒髪に赤いリボンが揺れるリリスは、珍しく紺色のワンピースを着ていた。


「可愛い娘がいて、パパは幸せだなぁ………」


「我が君、ドラゴンが」


「ああ、そうだった」


 呆れ声のヤンにきりっと顔を魔王仕様に戻し、ルシファーは堂々とした態度でドラゴンに向き直る。その首に手を回したリリス嬢を左腕で抱いてるので、いまいち締まらない。だが貴族ならここ3年ほどで見慣れた光景なので、誰も指摘しなかった。


「陛下、突然の訪問をお許しください」


「うむ、急用か?」


 尋ねながら、違うことは気付いている。本当に急用ならば、アスタロトが転移して迎えにくるだろう。空を飛べるとはいえ、ドラゴンの翼より転移の方が早いのだから。


 ならば別の用件があるはずだ。少し首を傾げて待つと、ドラゴンは見下ろす不敬に気付いたのか。するすると小さくなって人型を取った。尻尾と腕や首の鱗が残るものの、見た目は人族だ。


 魔王城へ登城する際の礼服が汚れるのも気にせず、40歳代ほどの外見の男性は片膝を引いて礼を取り跪いた。

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