魔王様、溺愛しすぎです!
71. しばらく様子見ですね
「リリス、これ痛いか?」
ぶつけた痣かと思い尋ねると、首を横に振った。濡れた黒髪からぽたぽた雫が落ちる。純白の髪の一部を握って結んでいるリリスは不思議そうな顔をした。
「痛くなぁい」
「なんだろ」
見覚えがあるような、ないような。もやもやした感情をもてあましながら、薔薇の花びらを千切るリリスを眺めていた。
「……やっぱ見たことあるんだよな」
左手の甲、人族、……あれ? もしかして……!?
ざばっとお風呂で立ち上がったルシファーは、溺れそうになったリリスを抱きかかえる。思いつきのままに転移した。
「……なぜ裸なのか、お伺いしても?」
「それより、これだ!」
側近の疑問を一蹴して、リリスの左手の甲を見せた。抱っこされたリリスは素直に手を握られる。屋外の冷たい風に、リリスが身を震わせた。
「へっくちゅんっ!」
小さなくしゃみに気付いて、慌ててふかふかのタオルを取り寄せた。今頃、城の浴室に手が現れてタオルを掴んで消える姿が目撃されているだろう。大きなバスタオルでリリスを包んで、温風で濡れた黒髪を乾かしてやる。
「あったかいね、パパ」
「風邪引かないようにしないとな」
「……ですから、陛下も何とかしてください」
いろいろ出しっぱなしの姿に、溜め息がもれた。真っ白な髪が覆う白い裸体は彫像のようで美しいが、さすがに上司の素っ裸はどうかと思う。濡れた髪が肌に張り付いて、その気はなくても艶かしい状態になっていた。
呆れ顔のアスタロトがローブを取り出して渡す。濡れた身体を魔法で乾かすと、ばさりと頭から被せた。もう一度リリスの左手を掴んでアスタロトに示す。
「この痣、もしかして……」
「痣ですか? ああ、確かによく似ていますね」
ぶつけた痣のような赤い色をしている。ぼやけた絵のようで、全体の形がつかめなかった。だが、勇者の紋章に似ているといわれれば、そんな気もする。
「リリス嬢は勇者の可能性がある、と?」
「わからない」
紋章の形や3歳になると人族の子供の左手の甲に現れる話は知っているが、どのように現れるかは不明だった。勇者本人から話を聞いたこともないから、突然完成形が表示されると思っていたのだ。しかしゆっくり現れる可能性も否定できない。
「しばらく、様子見しかありません」
眉をひそめたアスタロトの判断に、「そうだな」と相槌を打った。そこで落ち着いて周囲を見回す。風呂で動転してアスタロトに相談しに転移したが、この場所は見覚えがあった。
おそらく彼の領地、それもアスタロトが治める城の近くだろう。森の木々が開けた広場は、真っ赤なあれこれが散らばっていた。鉄錆びた臭いも漂う。ここで何をしていたのか察したルシファーの顔が引きつった。
そうだ、コイツはこういう残忍な一面があった。酷い有様の赤い地を踏まないよう、少し浮いたまま愛想笑いを浮かべる。出来るだけリリスにみせないよう、彼女を胸元に抱き寄せた。
「どうしました?」
「い、いや。湯冷めするといけないから帰る。騒がせて悪かった」
にっこり笑うアスタロトの表情に、どこか冷たい印象が拭えない。まだいつもの彼に戻るには時間がかかりそうだった。絡まれる前に消えよう、ルシファーは再び転移して自室に戻る。
暖房をたく時期ではないのに、部屋に戻っただけで暖かく感じるのは……あの現場の状況とアスタロトの表情の所為だろう。ほっとして腕の中のリリスを確認する。髪や肌は乾かしたが、裸にタオルを巻いたままだった。
「お着替えしようか」
「うん」
勢いよく頷いた可愛い娘の頬にキスをして、ひとまずクローゼットに向かう。するとリリスは真っ赤なワンピースを指差した。
「あれ、あの色がいい」
「どうして?」
普段淡い色の服を好む彼女らしくないと首をかしげたルシファーは、次の言葉で固まった。
「だって、アシュタと同じ」
「……アスタロト、と?」
言われて記憶を探る。彼は何色の服を着ていた? 消えたときは淡い色の服だったと思うが……もしかして返り血で真っ赤だった?! 怖ろしい想像に、ルシファーはぶるりと身を震わせた。
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