魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

70. 汚れが気になるので、お風呂タイム

「リリス、これはどう?」


 右手を握らせたまま、左手を目の前に差し出す。流れる魔力を意図的に絞った。手前で魔力を断ち切るイメージで巡る流れを消すと、リリスは泣きそうな顔をする。眉根を寄せて、自分の身が痛むような表情で叫んだ。


「そっちも痛い、痛い。ダメよ、痛い!」


 流れを元に戻せば、ほっとした表情で左手も撫でている。間違いなくリリスは魔力の流れを感知していた。それもかなり優秀なレベルで。拾った頃のルキフェルに匹敵する才能だ。


「リリスは偉いな。痛いのがわかるのか」


 右手の魔力が千切れて乱れた際に痛みを訴えたので、魔力の乱れを痛みとイコールに考えているらしい。子供らしい誤解だが、今はこのままで構わなかった。この辺はいずれ魔法を学ぶ中で修正していけばいい。


 黒髪を揺らして首をかしげ、リリスは無邪気に笑う。


「パパ痛いの、リリス治す」


 右手を持ち上げて頬を摺り寄せ「とんでけ」を何度も繰り返す。彼女のお呪いに効果は期待できないが、気持ちは軽くなった。


「ありがとう、リリスは優しいな」


 床に座ったままリリスの好きにさせていると、ふと彼女の左手の甲が汚れているのに気付く。あの戦いの中、どこかで汚れたのかもしれない。


「一緒にお風呂入ろう」


 少し早い時間だが構わないだろう。するとリリスは目を輝かせた。自分でベッドから飛び降りて、無事な左手を掴んで引っ張る。


 約束したとおりお風呂に入って、膝に乗せてご飯を食べ、一緒に眠ろう。今日は頑張りすぎた。


「パパ、はやく! お風呂」


 一緒にお風呂に入るのが嬉しいと全身で訴える幼子に微笑んで、風呂へ向かった。時間になれば侍女が用意する湯だが、今日はまだ張られていない。時間が早いので魔法で湯を用意した。ついでに庭から薔薇をいくつか拝借する。


「ほら、リリス。手を出して」


 勢いよく服を脱ぎ捨てたリリスの両手を水を掬う形にして、その上に薔薇の花びらを落とした。薔薇ごと渡して棘に触れると危ないので、丁寧に花びらを摘んでいく。小さな手はすぐにいっぱいになった。


「パパ、どうするの?」


「お風呂に散らしていいよ。リリスは薔薇のお風呂好きだろ」


 嬉しそうにお風呂の上で手を広げ、花びらを散らす。残りを渡せば、再び湯船に放り込んだ。表面が薔薇の白で埋め尽くされたのを見て、リリスは無邪気に手でかき回す。


「先に身体洗おう。こっちにおいで」


「は~い」


 お風呂で走らないよう言い聞かせたお陰で、滑らないように歩いてくる。もちろん転んでも魔法で受け止めるが、今は出来るだけ魔力を使わない方がよい。逆凪は体内の魔力を乱して引き千切る。元に戻るまで大きな魔法は使えないし、使えば代償が大きかった。


 ついでに物理的な問題で、逆凪を受け止めた右手はしばらく使えない。激痛と痺れでペンを握るのも無理だった。翼や頬にも痛みはあるが、一番酷いのは右腕だ。


泡泡あわあわするぞ」


 スポンジで作った泡をリリスの手に乗せると、慣れた所作で身体を洗い始めた。小さな手が届かない背中を洗いながら、彼女が足や手の先までしっかり洗い終わるまで待つ。


 人族の里で見つけたシャンプーハットを被せて、黒髪も綺麗に洗った。今日は近くで爆発があったから、普段より汚れていただろう。耳の後ろも洗い終えると、魔法で作った湯を上からかける。


「リリス、お目目をぎゅっとして」


「できた」


 準備完了を確認してから泡をすべて洗い流す。両手で顔を覆って背を丸めるから、おなかの辺りに泡が残ってしまった。シャンプーハットを外しながら、今度はリリスの前の桶に湯を入れる。このお湯で顔を洗ってから、おなかの泡を流すのがいつもの方法だった。


「顔洗って」


 いつもなら元気よく返事をするリリスは振り返り、ルシファーの手からスポンジを取って立ち上がった。しゃがんでいるルシファーの後ろに回りこんで、背伸びをする。


「パパ、ちっちゃくなって。背中ごしごしするから」


「洗ってくれるのか? パパは幸せだな」


 座り込んだルシファーの大きな背中を洗うリリスが、ふと肩甲骨の辺りをなぞった。擽ったさに振り向くと、きょとんとした顔の幼子が再び手を動かす。


「背中の羽さん、いないね」


「今はお休み」


 身体を手早く洗って流すと、リリスを抱き上げた。薔薇を浮かせた風呂につかると、嬉しそうに花びらを手で千切って遊んでいる。ふと左手が汚れていたのを思い出し、リリスの左手の甲を確かめた。

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