魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

68. 指切りして二人だけの約束

 大人しい奴ほどキレると怖い。噛み締めながら自室へ戻るルシファーの腕の中で、リリスはずっと親指を噛んでいた。気付くのが遅れたのは、無礼な人族を連れて姿を消したアスタロトを心配していたからだ。


 部屋に戻るまで静かだったリリスをソファに下ろすと、血が付いた服を着替えようとしたルシファーの裾を掴んで離さない。ぎゅっと強く握り、不安そうに爪を噛んだ。


「リリス? どうした、爪噛むと痛いぞ」


 しゃがみこんで視線を合わせ、愛し子を覗き込む。唇を尖らせて眉根を寄せたリリスの赤い瞳は潤んで、今にも泣き出しそうだった。がりっと強く噛んだ指は、血こそ滲んでいないが赤くなる。


「パパ、怖かった」


「……ごめんな、パパが悪かった」


 怖かったの意味を、抱いたまま逆凪を受けた行為だと判断したルシファーが謝る。確かにアスタロトがいる城門へ残したほうが安全だったかも知れない。しかし離したくなかったのだ。触れる距離にいれば、我が身と引き換えにしても助けてみせるが……離れてしまったら間に合わない。


 失う不安をなくすために、リリスを怖がらせてしまった。反省するルシファーの申し訳なさそうな声に、リリスは勢いよく首を振った。結んでいない黒髪がばさばさ揺れる。


「怖かったの、リリスじゃないもん。血でて、赤くなって、パパが死んじゃう」


 拙い言葉で必死に伝えてくれる幼子に、ルシファーは床に膝をついた。そのままソファのリリスへ抱きつく形で座り込む。膝の上に顔を埋めたルシファーの純白の髪が乱れて肩を滑った。


「パパ?」


「心配させちゃったか。パパはリリスが無事なら、腕も足も要らないけど……」


 一度言葉を切って、ひとつ息を吐きだす。


「リリスが怖がらないようにもっと強くなる」


 最強とうたわれても、予想外の攻撃にこの有様ありさまだ。初めて強くなりたいと思った。リリスを心配させず、不安を払って、笑ってやれる強さを――。


 ソファの上の幼子に縋る形で誓うルシファーを、リリスの手が優しく撫でる。包み込むようにして両手で撫でてくれた。擽ったいのに、不思議と離れたくない。


 しばらく時間を過ごしたあと、顔を上げるが照れくさい。ルシファーはにっこり笑って、リリスの頬に残る涙の跡を拭った。


「強くなるから、リリスはずっとパパと一緒にいてくれるか?」


「やくそく?」


 最近覚えた言葉を使って尋ねるリリスが、強張っていた顔を和らげる。微笑んで小首をかしげる姿に、満面の笑みで頷いた。


「ああ、約束だ。指きりしよう」


 小指を絡めて指きりを歌って切る。やっと笑ったリリスの可愛い頬にキスをひとつ、続いて赤い瞳を隠す両方の瞼にふたつ。


「今日はずっと一緒にいようか。一緒にお風呂入って、お膝の上でご飯食べて、抱っこで寝ような」


「うん」


 嬉しそうに頷く娘を抱き上げる。右腕の痛みはもう気にならなかった。普段どおり左腕に抱き上げたルシファーの右手を、リリスの小さな腕が掴む。屈んだせいで落ちそうな体勢だが、ルシファーが咄嗟に風を操ってとどめた。


「どうした?」


「うん……パパのお手手、治りますよーに。痛いのとんでけ」


「ありがとう」


 優しく何度も右手を撫でるリリスに頬が緩んだ。頬ずりして部屋を出る。外でおろおろしていたベルゼビュートが、不安そうな目を向けた。アスタロトに呼ばれ急いで転移した彼女のピンクの巻き毛は、乱れたままだ。それを指先でひょいっと直してやり、ルシファーは微笑んだ。


 穏やかな魔王の様子にほっとした彼女を残し、ベール達が待つ謁見の間に向かう。ルキフェルの手を引いたベールが、長いローブを捌いて膝をついた。城に残っていた貴族を招集したらしく、数十人が一斉に礼を取る。


「陛下、こたびの騒動まことに申し訳ございません。お手を煩わせました」


 謝罪から始まった御前会議は、一人の側近を欠いたまま進められる。最終的に『今後、本物の勇者だと確定するまで魔王軍の管轄とする』という決議がなされた。

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