魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

64. 勇者(仮)、再び

 数日後の午後、穏やかな日差しの中でルシファーは午睡をしていた。リリスを抱いたまま、ヤンを布団代わりに寝転がる。中庭の木陰で休む親子と狼を、城の住人達は微笑ましげに見守っていた。


「陛下っ! 勇者です!」


 飛び込んできた門番の声に、中庭にいた侍女や官僚が一斉に口に人差し指を当てた。


「「「「しー」」」」


 静かにするよう促す声は少し遅く、反応したルシファーが身を起こす。腕の中のリリスはごしごし顔を擦るが、また胸に寄りかかって眠り始めた。そのままリリスを抱いたルシファーが、今日の門番である魔犬族の青年に近づく。


「また勇者か」


「はい、本物かわかりませんが……陛下へのご報告に参りました」


「ご苦労さん」


 身長が低い種族である魔犬族の茶色い髪をぽんと撫でて、左腕のリリスに目をやる。最近は抱っこすると首に腕を回すリリスだが、寝ている今はぐったり寄りかかっていた。少し考えて、リリスの両腕を首に回るよう動かす。反射的に抱きついたリリスが「ふぁ」と小さな欠伸をした。


「そのまま寝てていいぞ。リリス」


 肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪は、現在結んでいない。手で髪を梳くように撫でたルシファーは背に翼を出した。ふわりと浮き上がった彼が目指すのは、いつもの指定席、城門の上である。


 アスタロトやベールに『威厳を示すため、上から仕事用の口調で話しかけるように』と耳にタコが出来るほど言われ続けたルシファーに、他の選択肢はなかった。城門に舞い降りると、見慣れた兵達が一斉に敬礼する。


「はい、ご苦労さん」


 小声で労って、城門の縁から下を眺める。若い青年が3人、微妙な年齢の女性が1人だった。装備を見れば、黒髪の青年が勇者のようだが……勇者に黒髪は珍しい。茶髪ぐらいの明るさが多かった。


「ふむ……勇者を名乗るものよ、前に進み出るがよい」


 いつもの仕事用口調で声をかける。風魔法を使って声を響かせたため、離れた位置にいる彼らにも十分な声量で届いた。飛び出した青年はやはり黒髪の彼だった。残りは紺色がかった髪の青年、褐色の肌の青年、豊かな巻き毛のおば……妙齢の女性。


「口上を聞こうか」


「俺は魔王を倒すべく立ち上がった勇者だ。正々堂々と戦ってもらおう」


 勇者と魔王は対――魔王は常に勇者の挑戦を受けて来た。最初の女勇者以来、自主的に退いたことはあっても負けたことはない。ルシファーは見せ付けるように黒い翼を広げた。純白の髪がふわりと魔力に揺れる。


「……そなたは違うな」


 呟いた魔王の背後に、アスタロトが降り立つ。城の敷地内であるため、転移が使えないのだ。彼も浮遊に必要ないコウモリの翼を広げている。


「魔王陛下、勇者が来たと聞きましたが」


「また違う」


「またですか?」


「人族はよほど窮しているらしい」


 何度も偽者を送ってくるここ数年の人族の態度は、いい加減腹立たしい。眉をひそめたアスタロトは下にいる4人を見下ろし、淡々と毒舌をふるった。


「そこの自称勇者一行、早々に立ち去るがいい。ここは貴様らの来る場所ではない」


 ある意味、魔王以上に立派な切捨てだ。剣を抜いて振り回した黒髪の青年が叫び返した。


おくしたか!」


「陛下、彼らを誅する許可をください」


 ……なぜだろう、アスタロトの要請が命令に聞こえる。引きつった顔で首を横に振った。さすがに偽者相手に真面目に戦う気はないが、彼に任せて城門前に死体を転がすのも違うと思う。複雑なルシファーの心境を知っているくせに、アスタロトは同じ言葉を繰り返した。


「陛下、彼らを誅する許可を」


 困ったルシファーの視界に、城下町の住人達が見えた。どうやらまた賭けと見学のために集まったらしい。獣人族が多い集団は、あっという間に宴会の準備を整えていく。すでに飲んでいる者も多数見受けられた。


「……始まったか」


 こうなったらルシファーが撃退するほかなくなる。仕方なく降りようとしたルシファーは、次の瞬間、土地に刻まれた魔法陣の強制力を押さえ込んで転移した。

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