魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

58. 辺境なのに兵力が少ないのが悪い

 誇らしげに振られていたセーレの尻尾が、くたりと落ちる。彼の脳裏を過ぎるのは、説明された作戦内容だった。人族を押しやって、彼らが自主的に街を放棄するよう仕向ける。だが制圧すれば、当然だが捕虜が発生してしまう。


「我が君……」


「ああ、気にしなくていい。相手の戦力の低さを織り込まなかった作戦が悪い」


 慰めるように巨大なセーレの鼻先をぽんぽんと叩いた。左腕の中から必死に短い手を伸ばして、真似するリリスがにこにこ笑う。可愛さに癒されながら、ルシファーは翼を羽ばたかせた。空から街の様子を確認し、逃げていく人族を確認する。


「うーん、追撃は第二陣に任せるか。捕虜はゼロの方向性で」


「それしかないでしょうね」


 折角の作戦が台無しになったが、第二陣の役目なしで彼らは納得しない。戦う気満々で待っていた。背後の魔の森を確認し、さっと合図を送る。


「陛下のご命令である。人族を街より追い出し、我らの領土を取り戻せ。ただし排除も捕虜も認めぬ」


 駆け出す魔熊はフェンリルと変わらぬ大きさで、どしどしと駆けていく。巨体に似合わぬ俊足だが、もし人族に追いついても手加減してくれるだろう。殺戮や排除ではなく、追い出せと命じたのだ。身軽に走り抜ける妖精族の優雅な姿が続き、魔の森は静けさを取り戻した。


 街の北側、街道のほうで炎があがる。爆音がしないので、小規模の魔法だろう。


「あれ、大丈夫だよな?」


「……おそらく」


 空中でひそひそ話す魔王と側近の姿に、セーレは申し訳なさそうに耳と尻尾を垂れた。息子が勢いづいて失敗したらしい。世代交代は早すぎたと項垂れ、座り込む。


「私は監督してきますので、あなたはこちらでお待ちください」


 北側の街道前に転移するアスタロトを見送り、足元ですっかりしょげているセーレに視線を向けた。彼らが悪いわけじゃないが、状況的に誤解するのは仕方ない。降りたルシファーは地に伏せたセーレの首筋を撫でた。


「別に息子が悪いわけじゃないぞ。人族の兵力が少なすぎた。辺境なんだから、もっと兵力を置いてると想定した作戦だったんだ」


 慰めるルシファーの髪を掴んだまま、リリスは眠りそうになっていた。ぐらぐら揺れる首が、ついに後ろに倒れ、慌ててルシファーが支える。子供は突然寝るが、かくんと首が折れる姿は心臓に悪い。


「びっくりした」


 眠るリリスの姿を見ていたセーレが、小声で提案した。


「我が君、こちらでお休みになられては」


 くるりと襟巻きのように丸くなったセーレが、大きな尻尾でルシファーの背を促す。小山サイズの巨大なクッションに、素直に寄りかかった。座った身体が沈みこみそうな毛皮に包まれると、ふわりと尻尾が乗せられる。


「そういや、よく初代の上で昼寝したな」


 過去を懐かしく思い出すルシファーに、今代のセーレは喉を鳴らした。目を細めたセーレが先祖の昔話を好むのは知っている。


「アイツは寂しがりやで、子狼の頃は一人で寝られなかった。一緒にベッドで寝てたんだが、ある日重さで壊して……あの時はベールに叱られたな。『犬は外で飼う動物です』だったか。そしたらアイツが『犬じゃない!』ってきゃんきゃん騒いで、なぜかオレまで部屋から追い出されたんだぞ」


 くすくす笑いながら毛皮をなでてやる。代替わりしても、フェンリルはずっと魔王の忠実な眷属であり続けた。名も忠義も継承して、彼らは常に傍にいてくれる。人の身長より大きな尻尾がぶんぶん振られた。


「代替わりしたら、お前はどうするんだ?」


 寿命で亡くなった先代の跡を引き継いだセーレと違い、今回の代替わりはセーレが2頭となる。ならば群れを明け渡した今のセーレはどうするのか。心配を滲ませたルシファーの言葉に、セーレは淡々と答えた。


「群れと名を息子に継承すれば、我は自由です。我が君のお傍にありたいと願っております」

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