魔王様、溺愛しすぎです!
48. 羨ましくないけど、尊敬しますよ
「なんでもリリス嬢に言い寄った奴がいて、陛下が出撃を指示したらしい」
「戦争か?」
「大公閣下達が何とかしてくれるだろう」
「にしても……「「「迷惑だよな、その言い寄った奴」」」」
締めくくった言葉を溜め息混じりに吐き出しながらも、魔王領の住民の顔に悲壮感はなかった。この国で戦争が起きても、戦うのは貴族階級以上と決まっている。圧倒的な魔力量を誇る魔王ルシファーが降臨すれば、戦場は一方的な虐殺と変わらなかった。
そのため自分達が戦場に行く必要がない民は、無責任に戦争を賭けの対象として楽しむ。胴元バアルがこの噂を利用しないはずがなかった。
「さあ賭けた! 戦争がある、ない。どっちだ!」
「俺はお小遣いすべて戦争ありに賭ける」
「なしに銀貨5枚!」
「じゃあ、私はありに金貨1枚ね」
艶かしい声で参加を告げるフード姿の女性が金貨を差し出す。6本の腕を持つ助手は、慣れた様子で手帳に書き込んだ。ベルゼビュート金貨1枚……と。
「民の間で戦争の噂が広まっています」
明日は人族の砦を襲うという夜、リリスにプリンを食べさせながらルシファーが首をかしげた。
「何が問題だ?」
「戦争ではなく、報復ですよ。誤解は早めに訂正した方がよいでしょう」
「そうだな、その辺は任せる。リリス、食べ物で遊んじゃいけません」
プリンを半分ほど食べたところで、お腹いっぱいになったのか。リリスは手でプリンを潰している。握った時の感触が楽しいようだ。すでにプリンは液体状になっていた。
「めっ?」
「そう、ダメ」
「ルー、あーぁ」
口をあけろと握ったプリンを差し出すリリス。さすがにないと思ったアスタロトだが、ルシファーは気にした様子なくリリスの指から崩れたプリンを食べる。
「次に潰したら、もうプリンを上げないぞ」
言い聞かせながら、残ったプリンをリリスの手から食べていく魔王。真っ白な髪にプリン塗れの手が絡みついても、くすくす笑いながら許していた。
「……羨ましくありませんが、尊敬はします」
アスタロトが今まで押し付けられて育てたのは、基本的に自分のことを自分で出来る者ばかりだった。卵の頃は手がかかったが孵れば手がかからなかった神龍や、食事や散歩だけで済んだ灰色魔狼を思い出す。妖精族の子も自分で食事や着替えができた。
ここまで幼い子供の世話はしたことがない。ましてや人族はもっとも手がかかる種族で、成長が遅いくせに非力すぎて脆く壊しそうだった。
「ん? 尊敬?」
不思議そうなルシファーの口元は、プリンを擦り付けるリリスのせいでべたべただ。同様に彼女もプリンで黒髪が頬に張り付いていた。
「リリス、こっち向いてごらん」
さっき侍女が風呂に入れたばかりでは……そんなことを考えながら見ていたアスタロトの前で、ルシファーはリリスの頬についたプリンの欠片をぺろりと舐め取った。擽ったいリリスが、きゃっきゃと声を上げて笑う。
「これでよし。もう一回パパとお風呂しようか」
「あ、ぃ!」
保育園で同年代の子供と遊び、普段からルシファーが話しかける。リリスの言葉に対する理解力は高かった。先日はドラゴンが使う言語をまぜて話していたくらいだ。多種族が通う保育園であるため、飛び交う数種類の言語をつまみ食いのように拾って覚えるらしい。
「リリスは賢いな」
親バカここに極まれり。失礼なことを考えながら、アスタロトはタオルや着替えを用意して後を追った。
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