魔王様、溺愛しすぎです!

necoaya

45. 絆されて収まりました

 期待しているのだろう。一番にお迎えにきたと思っているらしい。そのきらきらした眼差しに勝てず、そっと抱き上げた。純白の髪をきゅっと掴んで笑う幼子の姿に、身体の力が抜ける。


「良かったぁ、リリスが無事で」


「ルー! あう、だあう」


「今日は帰ったほうが良いかしら。もうお昼寝しないでしょうし」


 苦笑いしたミュルミュール先生に挨拶をして玄関を出ると、呆れ顔のアスタロトが待っていた。怒っているかと思えば、そうでもないらしい。


「怒らないのか?」


「怒られることをしたと理解しているのに? 午後もきちんと仕事をしてもらえれば構いませんよ。部屋が風でひどい有様です。あと……ベール大公閣下がお呼びです」


 淡々と告げた彼の言葉のラストで、ルシファーの顔が引きつった。その表情が不思議なのか、リリスは赤い目を瞬きながら両手をルシファーの頬に伸ばす。包む形になり、咄嗟に笑顔を作ってリリスに向き直った。


「何か言ってた?」


「いいえ。お呼びするようにと」


 アスタロトも大公だ。同格のベールをわざわざ敬称で呼ぶときは、ベールが怒っている時だけだった。もしかして、窓から出たのがバレたのだろうか。


「…そう」


「早く対応されたほうが被害が少ないと思います」


 頷いて歩き出すルシファーの腕の中で、リリスは普段よりすこし遅いお昼寝に入っていた。








「先日、テラスからの出入りは禁止としました。覚えていらっしゃいますよね、陛下」


 疑問を使わないのは、肯定しか受け付けないというベールの無言の圧力だった。殊勝な顔をして頷く。


「覚えている」


「ならば、今日の事態は」


「リリスが危険だと思った。今後も同じように感じれば、テラスから出る」


 約束も状況次第と言い切ったルシファーは、堂々としている。執務室で向かい合う2人の間に火花が散った。ソファで午後のお茶の用意を始めたアスタロトは我関せずだ。


「だああ…! めっ!」


 ぺちっと可愛い音がして、ルシファーの頬に小さな手が貼り付いた。リリス本人は叩いたつもりだろうが、まったく痛くない。その上可愛い。もう一度言うが、食べてしまいそうなほど可愛い。


「リリス、大人のお話だぞ」


 ぷっと頬を膨らませたルシファーに、さきほど火花を散らした際の威厳はなかった。リリスは首を横に振り、ベールとルシファーを交互に見る。


「めっ、ルー、めっ」


 なぜかルシファーだけが叱られる状況に、ついに魔王の気持ちが折れた。ぎゅっと抱き締めたリリスに頬ずりして「わかったよぉ」と情けない声を漏らす。


「テラスから出ない。だが、本当の緊急事態は別だぞ」


 どうしても例外を作りたいルシファーの抵抗に、ベールは頭を押さえながら頷いた。正直、リリスの仕草に毒気を抜かれてしまい、これ以上抗議する気になれない。


「わかりました……そうしましょう」


 珍しく妥協したベールに首をかしげながら、ルシファーはソファへ移動した。リリスを膝の上に乗せて、最近買ったばかりの食事用エプロンを装着させる。これが意外と便利で、エプロンの下部がくるんと丸まってスプーンのような格好をしていた。そのため、食べ物を落とす幼児に最適なのだ。


「たまには人族もいい発明するな」


 人族の都で見つけたらしいステイ・エプロンをつけたリリスに、茶菓子のクッキーを差し出す。


「うまうまでちゅよ~」


「うま、うま」


 繰り返しながら口に運び、もぐもぐ咀嚼する。その口の端から半分ほどクッキーが零れ落ち、エプロンのスプーン部分に転がった。それを再びリリスが手で握り、口に運ぶ。


 離乳食の頃から食事はルシファーが与えているが、最近になってお菓子は自由に食べさせていた。汚れた手を拭いてやるが、すぐにリリスはまたお菓子を欲しがる。


 面倒を見るルシファーの幸せそうな様子を、向かい側でアスタロトとベールが微笑ましく見守った。

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