魔王様、溺愛しすぎです!
11. すっかりお母さんが板について
執務室に飛び込んだ魔族に「しー」と唇に指を当てて、声を殺すように促す。慌てて自分の口を塞いだ侍従が、手にした書類を机の上に置いた。緊急扱いの赤いスタンプが押された書類を右手でめくり、内容を確認してサインを行う。
その間、ずっと左腕に赤子を抱いていた。乳母を雇う話を蹴ったため、日中の執務もリリス片手にこなすのが日常である。前後にすこし身体を揺すって、起こさないように気遣う姿は魔王と呼ぶより、お母さんの方が似合った。
「ほら、もっていけ」
指を咥えて眠るリリスの髪はすこし長くなった。魔王の指くらいの長さになった髪は毎朝丁寧に梳いてやり、天辺で赤いリボンで結ぶのが日課だ。今日もちょんと跳ねた赤いリボンから覗く黒髪が愛らしかった。
「ふっ…ぅ……」
泣き出す前に大きく息を吸い込む赤ん坊特有の仕草に気付いて、ルシファーは立ち上がる。揺すって抱き直し、泣く前におしゃぶりを咥えさせた。目が覚めてしまったのだろう。
「よしよし、イイコだ。リリス」
あやしながら窓辺に近づき、ふと気付いて振り返った。
「どうした? まだ書類があるのか」
「あ……失礼いたしました」
慌てて一礼して出て行く侍従を見送る。ほぼ毎日同じ光景を見ているくせに、未だに育児をする魔王を前に固まるのだ。ルシファーは首をかしげるが、周囲の側近達は理由をよく理解していた。
曰く「今まで1週間もすれば飽きていた魔王陛下が、未だにリリスの面倒を見ている」のが不思議で仕方ないのだろう。毎日見ても、毎日驚くほどに。
大きな赤い瞳で見つめてくるリリスは、捨てられた時点で生後1ヶ月程たっていたらしい。あっという間に成長する姿から、ルシファーは目が放せなかった。
少しでも力加減を間違えたら壊れてしまいそうな、脆くて弱い生き物だ。今までの神龍の卵や灰色魔狼の子は放っておいても、勝手に大きくなった気がする。しかしこの子は手を離したら、次の瞬間に動かなくなりそうな怖さがあった。
この場にアスタロトがいたら、甘いルシファーの考えに全力で反論しただろう。勝手に大きくなったのではなく、神龍の卵を温めて孵し、灰色魔狼の子に餌を与えて面倒を見たのは彼なのだから。
「可愛いなぁ」
おしゃぶりをもぐもぐしながら、差し出された指をきゅっと握る小さな手がお気に入りだった。赤ん坊特有の吸い付く肌が気持ちいい。ルシファーの人差し指を握る手は意外と力が強く、必死に握り締めてくる。
「リリス、早く大きくなれ」
囁いて、黒髪に触れる。魔王城に勤める魔族は、魔力量が多い者ばかりだった。そのため黒髪は極めて少ない。色が濃いのは弱い証拠で嫌いだったのに、この黒髪は素直に美しいと感じた。それどころか長く伸ばして欲しいとさえ思う。
「いや、ゆっくりがいいな」
このまま抱いている時間が長いほうが嬉しい。早く大きくなったら、こうして腕の中にいてくれなくなるだろう。灰色魔狼の子がよい例で、わずか100年程で小山の大きさとなり、今では群れを率いる長だった。それはそれでいいが、リリスはもっとゆっくり手元で育てたい。
きゅっきゅと手を握っては離す仕草に気付き、ルシファーは慌てて動いた。右手で空間を切り取ると、温度を維持して保管した牛乳を取り出す。アスタロトが用意した哺乳瓶に入れて、一度咥えて温度を確かめてから与える。
おしゃぶりを外すと、泣き出してしまった。お腹がすいたのと、お気に入りのおしゃぶりがなくなったのが重なったため、勢いよく泣き声を放つ。
「はいはい、リリス。ご飯だぞ」
哺乳瓶を口元へ持っていくと、さきほどまで指を握っていた手が哺乳瓶へ伸ばされた。そのまま吸い付いて飲み始める。可愛い姿に頬を緩めながら、ルシファーは授乳を続けた。
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