魔王様、溺愛しすぎです!
06. 大きな乳だからって何も出ません
「あら、あたくしなら来ておりますわよ」
ピンクの巻き毛の美女は、豊満すぎて零れそうな胸を白いドレスに包んでいた。普段は見向きもしない胸のふくらみを見たルシファーは、そそくさと玉座の階段を飛び降りる。
胸元の谷間を覗きながら、にっこり笑った。間近で整った顔による満面の笑みを向けられたベルゼビュート大公が頬を染める。そんな彼女に、腕の中でぐずる赤子を差し出した。
「ちょっと飲ませてやってくれ、ベルゼ」
「は?」
「だから、この子に乳をやってくれ」
聞こえたが信じられなくて聞き返した言葉を繰り返され、ベルゼビュートは顔を真っ赤にして抗議する。
「ちょっと、あたくしは母乳なんて出ないわよっ!!」
「え? そんなに大きい乳ぶらさげてるのに? 使えないな」
魔王の暴言に、大きな火球をいくつも投げつける。最初の2つは方向が見当違いだが、3つ目は手を翳して消した。人の大きさほどもある炎が一瞬で消滅する。
「危ないだろ、赤ちゃんがいるんだぞ!」
「さっきの失礼な発言を取り消してくださいっ!」
「……ベルゼ、かわいそう」
「確かに失礼でしたね」
ルキフェルとベールも彼女の味方に回るのをみて、さすがに言葉が悪かったと反省する。ルシファーが謝罪を口にしようとした瞬間、ベルゼビュートの上に現れた大きな水が破裂して彼女をびしょ濡れにした。
水が飛び散ったため、ルキフェルはベールに抱きかかえられている。咄嗟に結界を張った魔王も腕の中の子と無事だった。
「何これっ! アスタロトね?!」
「仮にもルシファー様は魔王陛下なのですから、そのように噛み付いてはいけませんよ」
にっこり笑いながら一言ずつ区切るアスタロトの姿に、普段は口うるさいベールも黙った。怒ったアスタロトに逆らうのは、命がけなのだ。ある意味、魔王すら押さえ込む最強バージョンだった。
そのため仮にもという枕詞は無視される。ここでうっかり突っ込んだが最後、どんな報復を受けるかわからないからだ。ベールもルキフェルも、魔王自身でさえ口を噤んだ。
「でも……先に失礼なこと言ったのは」
「陛下ですね。それがなにか?」
だからどうしたと切り返され、ベルゼビュートは唇を噛み締める。悔しそうだが、これ以上何を言っても受け付けられないと理解したらしい。
「はい、そこまで。アスタロトは頭を冷やす。ベルゼは身体を乾かそうか」
ぱちんと指を鳴らしてアスタロトの上にコップ1杯ほどの水を落とし、ベルゼビュートの髪や服を温風で乾かした。仲裁は早めにしないと、禍根を残す。明らかに自分が悪かったので、ルシファーは睨み合う2人の間に立ちふさがった。
ぐずった赤子に指を咥えさせながら、美女に頭を下げる。
「ベルゼ、オレが悪かった。女性なら授乳できると思ったんだ」
「もういいですわ……あなた様が知っているはずありませんもの。産後でないと授乳はできませんのよ。先頃子供を生んだ娘を知っています」
「なら……」
オレが出向くと口にする前に、ベルゼビュートが手を前に出して首を横に振った。ピンクの巻き毛がふわふわと風に遊ぶ。髪と同じ色の大きなピンクの瞳が細められた。
「あなた様がいらしたら、大騒ぎになります。あたくしが母乳をもらってきますわ」
「え?」
驚いたように目を見開くルシファーが、爆弾発言をする。
「乳を持ってくるのか?」
「え?」
今度はベルゼビュートが首をかしげた。少し考えて、意味をよく噛み砕いてから、呆れ顔になる。アスタロトは不機嫌そうに眉を寄せたまま、ベールとルキフェルは頭を抱えている。
玉座の間に微妙な沈黙が落ちた。
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