《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

5-1幸福の朝食

 ようやく、ティヌはオレとの生活に馴染んできたようだ。


 オレが朝食を作っているあいだに、ティヌが朝刊を取りに行ってくれた。朝食はたいてい夕食の残り物になる。昨日のハンバーグが残っていた。トマトの輪切りとサラダ菜を、食パンではさんで、魔法で焼き上げることにした。


 ひとりで食べるときは、こんなに凝った料理をしない。解任になって、1人で暮らしていたら、寂しかったことだろう。ティヌを買って正解だったな、と思った。


 解任になったときはショックだったし、屈辱的だった。だが、こうして暮らしてみると、悠々自適である。


 皿に盛りつけていると、ティヌが戻ってきた。


「今日の朝の新聞を買ってきたのですよ」
「サンキュ」


 受け取った。魔法で空中に浮かべて開けてみる。


「最近は、帝都の雰囲気がすこし暗くなってきたのですよ」


「たしかにな」


 どうやら戦のほうが芳しくないらしい。ホウロ王国軍との国境にあったザミュエン砦が、ホウロ王国軍に突破された。それから連戦連敗だと聞いている。今日の新聞にもその件が書かれていた。


 このナロ・ワールドにおいて最大国であったマクベス帝国が、こんない簡単に崩れていくものか……と他人事のように見ていた。


 コーヒー豆。空中に浮かべて、魔法で削る。茶色い粉がオレの手元で浮かんでいる。それをドリップパックに詰める。湯を淹れると、モカの甘い香りがたちのぼった。このコーヒー豆にしても、奴隷がいるから安価で手に入っている。帝国が弱体化していくのなら、もう簡単には手に入らないかもしれない。


「コーヒーって美味しいのです?」
「飲んでみるか?」
「よろしいのですか?」
「どうぞ。モカだから甘くて飲みやすいと思う」
 と、オレのコップを差し出した。


 ティヌはオドロオドロシイものを覗きこむかのように、白いカップを覗きこんでいた。すこしススる。とたんにティヌの顔が、いまにも泣き出しそうなものになった。


「トッテモオイシイノデスよ。デスガ、ワッチはもうジュウブンなのです」


 言葉がカタコトになっている。笑った。
 いちおう気を遣っているのだろう。


「ムリをすることはない。嫌いな人にとっては、ただ苦いだけの飲み物だから」


「ワッチにはご主人さまの作る朝ごはんのほうが、口に合っているのです」
 と、特製のハンバーガーにかぶりついていた。焼きあげた食パンがサクッと音をたてていた。


「嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 ふとティヌは神妙な表情をした。


「チョット前までは、こんなに美味しいものを食べたことはなかったのです。だんだんとご主人さまに甘やかされていることに、慣れてくる自分が怖くなるのです」


「ほお」
 と、ティヌの正面の席にオレも腰かけることにした。


「だんだんと、ご主人さまの御好意が当たり前のものに感じて来るんじゃないか……って」


「当たり前のものに感じたらダメなのか?」


「感謝の気持ちが薄れてしまうのですよ。悪い娘になってしまうのです」


 その言いかたが、妙に子どもっぽかったので、微笑ましい気分になった。もっともティヌにとっては笑えない相談なのだろう。


「なんならもう少しワガママを言ってくれて構わないぜ。試しに今日の夕食の要望でも聞こうじゃないか」


「ご主人さまの作るものなら、なんでも良いのです」


 ティヌがそう答えるあいだに、すこし間があった。
 何か要望があるのかもしれない。


「そんなこと言うなら、泥団子を作って出すかもしれないぜ」


 冗談を言ったつもりなのだが、
「ご主人さまの作るものなら、泥団子でもいただくのですよ」
 と、マジメに返された。


 もしかして泥団子を食べたことがあるのかもしれない、とすら思わせられた。


「なんでも良いって言うのが、作り手としてはイチバン困るんだけどな」
「ワッチはきっと罰が当たるのです」
「どうして?」
「エルフのくせに、こんなに贅沢しているから……」


 ティヌはときおり、卑屈なことを言う。けれど、それはティヌ本来の性格ではないように見えた。奴隷としての生活が、ティヌにそのような考え方を植え付けてしまったのだ。ときおり見せる明るさこそが、本来のティヌである気もする。そしてその明るさを引き出そうとして、オレは躍起になっている。


「いちおうオレは、ティヌの所有権を持ってる。雇い主とでも言えば良いか?」


「はい」


「なら、罰を与えるのも主人のつとめだ。そのオレ以外に、ティヌに罰を与えるヤツなんていないだろ」


「ですが……」


「心配はいらないって。この日々は永遠に続く。約束するよ」
 と、オレは指をさしだした。


 ティヌははにかむような笑みを見せると、オレの指に小さな指をからめてきたのだった。


 チリンチリン……ベルが鳴る。


「おっと。無粋な来客が来たようだ」
 モカをひとくちススって席を立つことにした。間接キスだな、と思った。

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