《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

4-2グロードの敗北

 ザミュエン砦――。


 城壁の上――歩廊アリュールから、ホウロ王国側の丘陵をグロードは見渡した。すでに大軍がこちらに向かって進行して来ている。10万という軍勢はまるで大地が蠢いているかのように見えた。


「このタイミングで攻めてきたということは、ホウロ王国の情報網もバカには出来ないな」
 と、グロードの隣に立っているルスブンが言う。
 その横顔は剣の切っ先のように凛々しかった。白銀の瞳や髪が、ますます剣の刀身を連想させる。戦気を孕んだ風が、ルスブンの髪をなびかせていた。


「どういう意味だ」
 と、グロードは尋ねた。


「相手は情報をつかんだのだ。グロード魔術師長」


 ルスブンに魔術師長と呼ばれると、ようやく自分のことを認めてくれたか……という心地になる。
 悪い気はしない。


「だから情報とは何の事だ?」


「この帝国の国境での戦線に、常に勝利をもたらしてきたのは、ネロ魔術師長だった。その人物が解任されたと聞いて、こうして大挙して攻めてきたのだろう」


「なんだ、そんなことか」
 と、グロードはため息を吐き落とした。


「一蹴できるようなことではないと思うが」


「相手はこちらをナめてかかっている。なら好機だ。先任の魔術師長よりも、優れた男が魔術師長になった。そのことを教えてやるチャンスというわけだ」


「ホウロ王国を、甘く見ないほうが良い」
 と、ルスブンがグロードのことを睨んだ。


「ルスブン副官。お前はもうオレの副官なんだ。先任の話はオレの前でするな。オレの機嫌を取るようなことを言え」


 魔術師長と呼ばれてセッカク心地が良くなっていたのに、ネロ・テイルの話をされると、いっきに白けてしまう。
 常に比較されている気がして落ち着かないのだ。


 ネロ・テイルは学歴のない在野の魔術師だ。一方で、グロードは名門の魔法学園を卒業した魔術師だ。
 どちらが優秀かは、明白であるはずだ。


「見ての通り、私は他人に媚びるのが苦手なのだ」


「せめて上司には、その口のきき方を改めるべきだな。オレの副官なら、オレの前でかしずいて見ろよ」


「そろそろご指示を」
 と、軽くかわされた。


(ちっ)
 と、胸裏で舌打ちをした。


 この気の強そうな女を屈服させてやりたいと思う。この戦いにまぎれて、あわよくば強姦してやろうとすら目論んでいた。グロードの頭のなかでは、ルスブンを何度も犯している。このプライドの女に、性的な羞恥心をあたえる場面を想像すると、下腹部に熱を感じる。大きな乳房をしているのは、法衣の上からでもわかる。
 今はそんなことを考えている場合ではないな――と自制した。


「敵の魔法砲撃に備えて、魔防壁シールドの準備をしておくように伝えろ」
「わかった」
 ルスブンは伝令に指示を出していた。
 

 この戦いで結果を出せば、ルスブンもオレのことを認めざるを得ないはずだ――とグロードはほくそ笑んだ。


 ホウロ王国の部隊。総勢10万が、ザミュエン砦の前に並び終えたようだ。聞いていた通り前方には騎兵が配備されている。対して、マクベス帝国は、このザミュエン砦に拠って戦う予定だ。
予定通り敵の魔法による砲撃がはじまった。


 撃ちつけてきたのは岩玉ロック・ボールと言われる魔法だった。なんのひねりもない、ただの岩の球だ。火球ファイヤー・ボール水球ウォーター・ボールと言われる魔法は、直線的に魔法が飛ぶ。それにたいしては岩球ロック・ボールは放物線弾道を描く。


「バカめ。岩球ロック・ボールなど、こちらには届きもしねェよ」
「いや。これは空堀を埋めようとしているのだ」 
 と、ルスブンが指摘した。


「なに?」


 言われてみれば、空堀に岩が転がり落ちてゆく。空堀が埋められてしまっては、騎兵による突撃を許すことになる。


岩球ロック・ボールを防ぐように指示を出したほうが良いと思うが? ネロ魔術師長なら、すぐに対処できていたのに……」
 ルスブンが嘆くように言う。


「ヤカマシイッ。オレだってわかっていたさッ。魔術師部隊。魔防壁シールド展開!」
 と、グロードが指示を出した。


 さすがに帝国魔術師部隊は優秀だ。半透明な巨大な一枚の盾が、砦の城壁をさらに守護するように展開された。ホウロ王国軍が射出してくる岩球ロック・ボールが、魔防壁シールドによって弾き返されていた。


 岩球ロック・ボールが通じないとわかったのか、すぐにその攻撃はやんだ。今度は、グロードのいる場所に直接、火球ファイヤー・ボールを撃ちつけてきた。


「どうやら、指揮官――つまり、グロード魔術師長の居場所が割りだされたようだ」


「面白い。この程度の魔法なら、居場所が割れても問題はない」


 火球ファイヤー・ボールが無数に飛来してくるが、ひとつひとつはたいした大きさではない。
「続けて、魔防壁シールドで防ぎきれ」
 と、指示を出した。


 岩球ロック・ボールと同じく、火球ファイヤー・ボール魔防壁シールドの前に霧散していく。


 魔防壁シールドそのものは半透明であるため、外の様子を見通すことが出来る。火球ファイヤー・ボールが散っては、空中に火の花を咲かせていく様は壮観だった。


「なんだ。この程度か」
 ルスブンが口酸っぱくして油断するなと言ってきたから、どんなものかと警戒していた。この程度ならなにも問題はない。


(そりゃそうか)


 あのネロという男に出来ていたのなら、自分に出来ないはずがないのだ。グロードの自信が傲慢にふくらんだ。


 刹那――。
 そのグロードの自信を撃ち砕くかのように、ひときわ巨大な火球ファイヤー・ボールが飛来してきた。
 グロードは目を向いた。


 隕石でも接近してきたのではないかと疑うほどの大きさだったのだ。砦の城壁の手前に張られた魔防壁シールドと、その巨大な火球ファイヤー・ボールはしばし拮抗していた。が、不意に帝国魔術師の張っていた魔防壁シールドに、ピシッ、と亀裂が入った。ひとつ亀裂が入ると、2本、3本と入っていく。ガラスが割れるようにして、ついに魔防壁シールドが割れた。


魔防壁シールド展開!」
 と、グロード自身も眼前に魔防壁シールドを張った。しかし、魔術師部隊が結集して張っていた魔防壁シールドが破られたのだ。グロード一人が張った魔防壁シールドなど紙切れ同然だった。


「うわぁッ」


 火球ファイヤー・ボールは、グロードのみならず、グロードの立っていた歩廊アリュールもろとも吹き飛ばした。吹き飛ばされたグロードは、中庭に落っこちることになった。


 ……周囲。
 中庭は騒然としていた。ホウロ王国軍と思われる騎馬隊と、帝国騎士たちが入り混じっていた。下手をするとグロードも蹴り飛ばされそうだ。


「何がどうなった?」


 どうやらグロードは気絶していたらしかった。歩廊アリュールから叩き落とされたのだ。気絶ぐらいするというものだ。むしろ、気絶で済んだことが奇跡である。


「敵の火球ファイヤー・ボールによって歩廊アリュールごと吹き飛ばされたのだ。こちらの魔術師が麻痺したと見るやいなや、敵の騎兵が突っ込んできた」
 と、近くにいたルスブンが教えてくれた。


「あの火球ファイヤー・ボールはふつうではなかった」


 気絶する前に見た、巨大な火球ファイヤー・ボールを思い出して、グロードはそう呟いた。
 あれにはいったい、どれほどの魔力が練り込まれていたのか。尋常な魔力では、あそこまで巨大なものにはならない。


「あれは、ホウロ王国の、豪魔のウィルによる魔法だろう」


「豪魔のウィルだと?」


「6大王国魔術師がひとり。豪魔のウィル。その魔力たるや、このナロ・ワールドにおいても屈指のものだと言われている。私たち帝国魔術師でもあれほどの魔法を止めるのは難しい」


「当たり前だ。オレに止められなかったものが、お前らに止められてたまるもんか」


「止められるとすれば、ネロ魔術師長ぐらいであろう。もっとももうここにはいないが」
 ルスブンは残念そうにかぶりをふる。


「バカな……」


 あれほどの魔力を、ネロが止めていたというのか……。このオレに止められなかったものを、ネロが止めていたというのか。
 グロードはその事実を認めたくはなかった。


「とりあえず、命令を出したほうが良いか――と思うが」


 ルスブンは辺りを見渡してそう言った。ホウロ王国軍に突入によって、砦のなかは混乱していた。


「魔術師部隊は?」


「帝国魔術師部隊はそれほどヤワではない。こういうときには3人一組になって、生き残っているはずだ。そうネロ魔術師長から教えられている」


 いまさらネロ魔術師長という名前を出されても、いちいち目くじらを立てている場合ではなかった。


「撤退だ」
「は?」


 ルスブンは信じられないというような顔で、いまだシリモチをついているグロードを見下ろしてきた。


「豪魔のウィルとか言ったか? あんな魔法を使えるヤツがいるのなら、勝てる見込みはない。さっさと撤退するぞ」


 あんな魔法を放つヤツがいるだなんて、魔法学園では教わらなかった。相手にすれば間違いなく死ぬ。
 さっさとこの場から立ち去りたかった。


「だが、ここを撤退すると、ザミュエン砦は間違いなく陥落するぞ。ゲイン将軍を放っておくわけにもいかない。まだほかの魔術師たちも残っているのだ」


「構うもんか。それよりも、今は自分の命のほうが大切だ」
「はぁ」
 と、ルスブンはため息を落としていた。そのため息は、あきらかにグロードへの落胆がふくまれていた。が、こんなところで死にたくはない。


 ルスブンを連れて砦を後にした。馬で逃げて行く際に、振り返った。ザミュエン砦から火の手があがっていた。


 ザミュエン砦――陥落。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品