《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

3-4エルフと奴隷制度

 ブティックでコタルディを買った。1度だけ、ティヌは試着した。が、それだけだった。ブティックを出たときには、抱えて持っていた。


「着たままで良かったのに」
 と、オレが言うと、ティヌはかぶりを振った。


「汚してしまいますから」
「汚しても、すぐに魔法ですぐに洗濯できるさ」
「いえ。ワッチが汚したくないのです。御主人さまにいただいた衣装として、大切に持っておくのですよ」


 まるで奪われることを阻止するかのように、強く抱きしめていた。どうやら右手の調子は良いようだ。


「着なくちゃ服の意味はないぜ」
「ワッチがこのようなものを着ていると目立つと思いますし」
「それはそうか」


 エルフはふつう、襤褸ボロきれと言って良いようなチュニックを着衣している。ティヌだけ特別豪勢なものを着ていると目立つことだろう。試着しているときもブティックの店員たちが、怪訝な顔をしていた。


「屋敷のなかでだけ、ときおり着させていただくのですよ」
「まぁ、ティヌがそれで良いのなら」
「あの――……」
 と、ティヌがオレの機嫌をうかがうような声を発した。


 ティヌはオレの後ろから、身を縮めてついてくる。オレの歩幅がすこし大きいのかもしれない。ティヌに合わせることにした。けれどやはりティヌは決してオレの隣には並ぼうとはせず、後ろから付いて来るだけだった。


「どうした?」
「御主人さまの名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「そう言えば、まだ名乗っていなかったっけ? そりゃ悪いことをしたな。オレがどこの誰かもわからなかったわけだ」


 ティヌの名前も、ティヌ本人の口から聞いたものではない。買い取った権利書に記されていたのだ。


「ご主人さまの名前が気になったものですから」


「それは、すこしはオレのことを信用してくれるようになった――ということで良いのかな?」


 コクリ、とティヌは小さくうなずいた。
 まだ完全に警戒心が解けているようには見えなかったけれど、それでも充分オレにとっては喜ばしいことだった。


「オレの名前は、ネロ・テイルだ。いちおう先日まで、帝国魔術師長をやっていた。もうクビになったけどな」


「えっ」
 と、ティヌが意外そうな顔をした。


「どうかしたか?」


「御主人さまの名前は、ウワサには聞いたことがありました。エルフの奴隷制度にたいして異論を唱えている御方がいる――と。まさかご主人さまが、ネロさまだなんて思ってもいませんでした」


 不思議な生き物でも見たような表情でティヌは、オレのことを見てきた。そんなティヌをオレは逆に見つめていた。
 はじめて見る表情だった。


「そいつは嬉しいね。オレの名前を知っていてくれたのか」


「エルフたちのあいだでは、有名な名前です。きっとネロさまが、助けに来てくれる。エルフたちのあいだでは、そう言われていますから」


「まるで英雄のような扱いだな」


「エルフたちにとっては、そういう風聞ぐらいにしか希望がないのです」


「そういう風に見られていたとあれば、こっちもプレッシャーを感じるな。焦燥感というか、早く助けたいとは思っているんだが」


 ティヌが雑踏にまきこまれたりしないように、オレは常に後ろを気にして歩いている。が、そうしているとオレのほうが他人に衝突してしまう。正面から歩いてくる男と肩が衝突した。さいわいにも軽く謝るだけで済んだ。


 公園のベンチに腰かけることにした。
 ウンディルネの噴水。
 ここは――。


「はじめてティヌを見かけた場所だな」


「御主人さまは、どうしてワッチのことを買い取ってくださったのですか?」


 ティヌはなかなかベンチに座ろうとしなかった。隣に座るように促す。遠慮がちに腰かけた。ティヌの足は地面に届いていなかった。


「エルフの奴隷制度にたいして異議を唱えている身だからな。とりあえずエルフと仲良くしようと思ったんだ」


「ワッチでなくては、いけなかったのですか?」


「いや、そんなことはないよ。ただ、偶然目についたものだから」


 ここから裏路地が見える。そこでティヌが蹴られていた。それに口をはさんだのが、ティヌを買ったキッカケだった。
 何かひとつでも違っていれば、買い取っていたのは別のエルフだったかもしれない。その話をすると、ティヌの白い顔色が青ざめていた。


「ワッチは運が良かったのですね。御主人さまに出会えたと思えば、ディカルドに殺されかけて良かったのですよ」


「ディカルド?」


「ワッチの以前の雇い主なのです」


 ああ。あの猿みたいな男のことか。
 特にこれといった印象はない。ティヌの顔にヤケドを負わせた男だと思うと腹立たしい。けれど、この世界ではエルフを粗末に扱うことは珍しくもない。ちくいち腹を立てていれば精神がもたない。


「ティヌはどう思ってるんだ? この現状のことを。エルフが奴隷として、使役されるこの世界について」


「仕方がないか――と」
 と、ティヌはうつむいた。


「甘んじて受け入れるか」


「エルフはゴブリンの派生ですし、人間たちはエルフを嫌っていますから」


 神話の時代に、モンスターが群れをなして人間たちを襲撃したことがある。大きな戦争だったと聞く。その頃から、人間はモンスターにたいして強い憎悪のようなものを抱くようになった。冒険者たちもコゾってモンスターを撃退している。そのモンスターの派生だと言うのだから、エルフもたしかに嫌われる対象ではあるのだろう。


「そういう思想から、変えていく必要があるのかもしれないな」


「御主人さまは立派なのです」


「立派ではないさ」
 と、オレは静かに否定した。


 なにを持ってして立派と言うのか。
 この世界の価値観に足並みをそろえられないオレは、立派とは言えないだろう。博愛主義者でも、人道主義者でもない。戦争では幾人も敵兵を殺してきているのだ。ただ、エルフが可愛いと感じる性癖なのだ。性癖が立派というのは、なんだか変な感じだ。


 奴隷制度を廃止するというのは、下手をすると国を潰すことにもなりかねない。奴隷の供給が間に合わずに滅んだ国がある。奴隷を使えなければ、生産性が落ちる。そこを他国に支配され、今度は自分たちが奴隷になる可能性も考えられる。奴隷たちを解放しても、結局は同じ主人のもとで労働していたという事例だってある。


 鉱山の採掘に支障をきたすかもしれない。農場の奴隷を解放すれば食糧難に陥るかもしれない。そもそも解放した奴隷たちの世話は、どうやってするのかという問題だってある。


 エルフの奴隷解放が、良い結果を生むとは限らない。
 ワガママだと言われれば、ワガママである。


「自分のことを正しいと思うほど、オレは傲慢ではないよ。間違えていると思うほど利口でもないけれどね」


「でも、ご主人さまのことを、ワッチは良い人だと思うのですよ」


 ティヌはオレの顔を見てそう言った。照れ臭そうにすると、またすぐにうつむいてしまった。


「エルフたちからしてみれば、そう見えるかもしれないがな。他の人たちからしてみれば迷惑な話だろ。奴隷を解放するってことは、他人の労働力を奪うってことにもなるんだから」


 エルフには好かれても、人からは嫌われる。
 もっとも、誰からも好かれようとしているわけではない。


「難しいのですよ」
 と、ティヌが首をかしげた。


「ティヌにこんな話をしても仕方ないか。さて、屋敷に帰ろうじゃないか」
 と、オレは立ち上がった。

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