《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

3-1割れた壺

「大丈夫か?」


 ルスブンが屋敷に来ることは想定していた。帝国騎士長として戻って来て欲しそうだったが、それはムリな話だ。皇帝陛下の命令で解任されたのだ。この国では、皇帝陛下の言葉はゼッタイ的なものだ。ルスブンは悄然とした様子で引き返して行った。


 何かが割れる音がしたので、2階に上がってみた。廊下に飾ってあった壺を、ティヌが割ったらしい。


 割れた壺のカケラが床に散乱していた。ティヌがその前で座り込んでいた。オレが近づくと怯えたような顔を向けてきた。窓辺からさしこむ夕日がティヌの、エメラルドの瞳に浮かべる涙を輝かせていた。


「も、申し訳ありません。ワッチはただ、おトイレの場所を尋ねようと思っただけなのです。決して壺を割ろうと思ったわけではないのです」


 あまりに怯えている様子なので、話しかけることすら躊躇われた。下手をすると、この壺のようにティヌの心も砕けてしまいそうだった。


「ケガはなかったか?」
「ワッチ――でしょうか」
「この屋敷にはオレとティヌしかいないからな。来客があったけれど、もうここにはいない」
「ワッチは、大丈夫ですが」
「なら良かった」


 抱き起そうとした。ひっ、と短い悲鳴をあげてティヌは身を引いた。


「折檻はご勘弁ください」


 それほどまでに怯えられることをした覚えはない。ティヌが怯えているのは、今までの経験則なのだろう。今までよほどひどい扱いを受けていたのだ。オレもまたティヌからしてみれば、恐怖の対象なのだ。だからオレの作った料理にも手をつけようとしないのだ。悲懐がこみ上げてきた。オレ自身が恐怖の対象として見られることにも、ティヌの歩んできた道にも、そしてこの世界の価値観にたいしても悲嘆せずにはいられなかった。ティヌの左の頬にあるヤケドの痕跡が、世の中の悪意を浮き彫りにしているかのようだった。


「折檻なんてしないさ。オレはティヌのことを買い取ったが、べつに奴隷として買ったわけじゃない」


「もちろんでございます、ご主人さま」
「こんな壺は簡単に直る。見ていると良い」


 指。パチン。鳴らす。
 壺のまわりに白い魔法陣が浮かび上がった。壺が意志を持ったかのように動き出した。ガチャガチャと音を鳴らしながら重なり合っていく。アッという間に、砕ける前の壺が完成した。
 純白の陶器の壺だ。


「ほらな」
「あ、あの。申し訳ありませんでした」
「トレイは、この通路を奥に行ったところだ」
「はい」


 ティヌは放心したように立ち上がると、トイレのほうへと歩いて行った。


 どうしたものか。
 ティヌの心を解きほぐすには、もうすこし時間をかける必要がありそうだ。幸いと言うべきか、仕事がないので、時間はたっぷりとある。今まで帝国騎士長として働いていた分の稼ぎもある。
 ユックリやっていこう。


 に――しても。


 エルフもトイレに行くんだな、と思った。生物なんだから、そりゃトイレぐらいは行くだろうが、オレはそんなことも知らなかったのだ。エルフの奴隷解放を訴えるにしても、まずはエルフの生態から知るべきだった。


 ティヌがトイレから出てきた。
 相変わらず申し訳なさそうな顔をしている。


「右腕の調子はどうだ?」
「あ、はい。明日からは働けそうです」
「ティヌの仕事は、オレの作る飯を食って、オレの話し相手になることだ。べつに右手を動かす必要はないぜ」


 ホントウは仕事というよりも、自然な状態で接してもらいたい。だが、とりあえずは仕事を言っておいたほうが、実行に移してくれそうな気がした。話し相手になることはさておき、食事はチャント摂取してくれないと心配だ。


「……はい」
 と、ティヌはかすかにうなずいた。


「昼飯は食えたか?」
「はい、いえ、あの……申し訳ありません」


 この様子だと食べてないのだろう。まるで口癖のように謝罪の言葉を口にするのも、見ていると胸が痛い。謝られると、なんだか悪いことをしてしまったような心地になる。


「腹は減ってるんだろ?」
「……」


「1階にもキッチンとダイニングがあるんだ。そっちのほうが広いから、料理をしやすい。夕食はそっちでしようじゃないか」


 ティヌが陰鬱とした調子なので、オレはあえて明朗とした言い方をした。


「はい」
 まるで肯定しなければ、殺されるとでも思っているかのようだった。 

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