《完結》解任された帝国最強の魔術師。奴隷エルフちゃんを救ってスローライフを送ってます。え? 帝国が滅びかけているから戻ってきてくれ? 条件次第では考えてやらんこともない。

執筆用bot E-021番 

2-2ルスブンVSグロード

 直接魔法をブツけるのは、命の危険になる。
 ルスブンとグロードは互いに風船を装備することになった。ヒモを腰に巻きつけて、風船本来は互いの頭上辺りに浮かんでいる。帝国の魔術師が魔法の模擬戦でよくやる方法だった。相手の風船を魔法によって割ることが出来れば勝利。逆に割られたら負け。ルスブンの頭上には白い風船。グロードの頭上には赤い風船がくくりつけられていた。


「よーい。はじめッ」
 と、別の魔術師が審判役になった。


 多くの魔術師たちが、ルスブンとグロードの対峙を取り囲んでいた。帝国魔術師はみんな黒い法衣を着用している。黒い雲に包囲されているような心地だった。この模擬戦は城の中庭で行われている。白銀の城塔が審判をするかのように見下ろしていた。また南中の太陽も、この決闘を観覧するかのようだった。


「ふぅ」
 と、ルスブンは息を小さく吐きだした。


 グロードは勝利を確信したような笑みを浮かべている。よほど魔術師としての自信があるのだろう。


「かかって来ると良い。来ないのならば、こちらから行くぞ」
 と、グロードは手をルスブンのほうに突き出した。手のひらから、真っ赤な魔法陣が展開される。魔法陣の大きさは、人の顔よりすこし大きい程度だ。魔法陣の中央から、炎のカタマリが射出された。火球ファイヤー・ボールだ。


 魔術師としては基本中の基本の魔法だ。どんな魔術師でもたいていは扱える魔法だが、使い手によってその大きさは異なる。魔力を込めれば込めるほど、大きなものになる。グロードが放ってきたのは、魔法陣の大きさと同じく、人の顔ほどの大きさだった。決して大きいとは言えないけれど、ただの牽制かもしれない。


 魔防壁シールドを展開する。火球ファイヤー・ボールは、ルスブンの眼前ではじけて消えた。風船を割られずに済んだ。


 あの人と対峙したときは、ぜんぜん違う――と思った。


 先日まで帝国魔術師長だったネロとはトウゼンながら、よくこうして模擬選を行った。ルスブンのほうからねだって、相手をしてもらっていた。ネロの魔力は、帝国魔術師たちと比べても群を抜いていた。こうして対峙していても、威圧感がぜんぜん違っていた。


「ならば、こちらも」


 グロードの実力がわからないので、出方をうかがうという意味でも、同じく火球ファイヤー・ボールを放つことにした。手のひらを突き出す。ルスブンの手の先に、真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。とにかく最初は隙の少ない魔法で、相手の出方をうかがうことが肝要だと教えてくれたのもネロだった。


 ルスブンの放った火球ファイヤー・ボール
 グロードも魔防壁シールドで対処していた。


 弾けとんだルスブンの火球ファイヤー・ボールが真っ赤な炎の花を、周囲に咲かせた。
 互いに牽制の意味を込めて、火球ファイヤー・ボールを撃ちこんだ。ルスブンだけでなく、グロードのほうも上手く対処してきた。


(なるほど)


 名門の魔法学園を卒業したと豪語するだけはあって、基本的な魔術師としての実力は備わっているようだ。
 だからこそ、物足りない。


 ネロの戦い方は、独創的であり、実力も申し分なかった。かつての長だった人物と、新しく就任した人物と、どうしても比較してしまう。


岩の手ロック・ハンド
 と、グロードがとなえた。
 べつに言葉がなくとも魔法を発動することはできる。ただ、気合を発するためにも、声に出す者はすくなくなかった。


 中庭の地面をえぐって、巨大な2本の腕が生えてきた。それがルスブンの風船を叩き潰そうと襲いかかってくる。


 初撃。水平チョップ。かがんでかわした。岩の手ロック・ハンドの巻き起こした風によって、ルスブンの風船と髪の毛が大きく揺れた。


 2撃目。ルスブンの風船を狙ってデコピンをしてきた。さすがにすべては、かわしきれない。魔術師は接近戦に弱いのだ。


水弾ウォーター・バレット


 人差し指を前方に向ける。指の先に青い魔法陣が展開される。青魔法。ルスブンがもっとも得意とする魔法だった。水が小さな塊となって、岩でできた手を撃った。岩が穿たれてゆき、その破片が周囲に散った。岩の手はついにその形を保っていられなかったようだ。砕け散った。


「なるほど。たしかになかなかの魔術師だ。しかしっ」
 とグロードが、半径1メートルほどの魔法陣を展開した。色。赤だ。ということは、赤魔法。魔法陣の大きさは、発動する魔法の大きさでもある。そういう魔法は発動までに隙が生じる。


 その間隙を突く。


 指先ほどの大きさの魔法陣が展開される。またしても、ルスブンが得意とする青魔法だった。


氷針アイス・ニードル


 名前の通り、氷でできた針がグロードの頭上に浮かぶ風船めがけて射出された。パチン。グロードの風船が弾けた。


「勝者。ルスブン・シェミン!」
 と、審判をつとめていた魔術師がそう声をあげた。おーっ。歓声があがった。グロードの召喚していた岩の手の破片は、魔力の塵となって霧散していった。


 ルスブンは脱力した。


 あのネロの後釜として来たと聞いていたから、よほど優れた魔術師なのだろうと期待していた。ネロのことをバカにしているようだから、見返してやりたい気持ちはあった。しかしそれと同じく、グロードという新任の魔術師長にたいして期待もあった。見事なまでに裏切られた。


(この程度の魔術師が、師匠の後釜だなんて……)


 どうにかして、師匠に戻って来てもらう必要がある。そう思った。そうでなければ、帝国魔術師の実力がいちじるしく衰退するのは目に見えている。


「卑怯だっ」
 と、グロードが顔を真っ赤にして歩み寄ってきた。


「卑怯? ちゃんと審判を立てて勝負をしていたではないか」


「違うな。オレが魔法を発動していたら、オレが勝っていた。なのに貴様は、オレが発動するよりも前に、オレの風船を割ったではないか」


「実戦では、相手は待ってはくれない」


 はっ、と怒気と侮蔑のいりまじったような吐息を、グロードは吐きだした。


「これは実戦ではない! 互いの魔力を見せ合うのが目的ではないか。それとも相手の隙を突くような卑怯なやり方を、ネロが教えていたのか」


「お言葉だが、師匠のことを卑怯と言っているように聞こえるのだが」


「その通りだとも。ヤツは学歴もないくせに、帝国魔術師長の座にいた卑怯者だ」


「それは聞き捨てならない。師匠はあなたより、優れた魔術師であったと、私はそう思っている」


「貴様ッ」


 瞬間。
 ルスブンの視界がくらんだ。
 何が起こったのか、一瞬、わからなかった。頬を張られたのだと気づいたときには、ルスブンは地面に倒れていた。地面の芝にダンゴ虫が這っているのが見えた。グロードがゴブリンのような形相で、ルスブンのことを見下ろしていた。


「誰がなんと言おうと、新しく帝国魔術師長に任命されたのは、このオレなのだ。このオレを侮辱するようなことを言った貴様は、一週間の謹慎だ」


 そう怒鳴り散らかすと、グロードはその場から逃げるように去って行った。その後ろ姿を見つめていた。真っ赤な長髪が風に揺られていた。


(師匠……)
 と、ルスブンは、ネロのことを恋しく思った。

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