ディスカウントショップで兄がわたしを18禁コーナーに連れていこうとしています。

雨野美哉(あめの みかな)

「これは、おにーちゃんと佳代ちゃんとわたしの物語」①

佳代ちゃんがうちにしばらく住むことが決まった10月13日のお昼過ぎ、わたしたちはおにーちゃんの運転で、佳代ちゃんも連れてダイソーやセリアに行きました。
やっぱり前に来たときと比べると、ハロウィンコーナーの規模がかなり縮小されていました。
半分もないくらい。

予想はしてたけど、季節の移り変わりってなんだかすごく残酷。
ハロウィンはまだこれからなのに、どんどん売場の規模が縮小されて、もう二ヶ月後のクリスマスのコーナーができてるんだもん。お正月のものもあったし。

でも、それがきっと商売っていうものなんだよね。

ハロウィンまでまだ2週間以上あるけれど、商品は良いものから売れていくから、今お店に残っているものは、たぶんもうお店にとっては売れ残りのようなもの。
もしかしたら来年も店舗に並べられることができるのかもしれないけど、ハロウィンが過ぎたらもう売れなくなってしまうから、お店としては一個でも多くさばきたいんだろうな。
でも、仕入れ値の問題があるから、なかなか半額とか、三個で100円とかにはできないだろうし……

確かダイソーって、ものすっごく薄利多売で100円のものは大体60円とかで仕入れてるんじゃなかったかな……
200円とか300円のものとか、それから500円や1000円のものがあるから、全部が全部原価率60パーセントってわけじゃないとは思うけど……


おにーちゃんは7月の半ばにお仕事をやめるまで、ゲームセンターを一店舗まかされていたから、きっと大変だったんだろうな……

わたしは、そんなことを不意に思いました。
ゲームセンターの景品だって、季節ものが結構あるし……

市内にもゲームセンターはあったけど、おにーちゃんはお仕事をやめてから一度も遊びに行ったりはしていませんでした。

おにーちゃんは確か、ドラム式洗濯機みたいな形をした、すごく大きな音ゲーが大好きで(そんなに上手じゃないから、エンジョイ勢? っていうやつ)、仮面ライダー電王の変身ベルトについてくるデンライナーのパスに、バナパスっていうのかな? 自分のゲームデータを記録できるICカード? を入れてたりしてたような気がするんだけど……

わたしが中学生の頃や高校に入学したばかりの頃、おにーちゃんはわたしをよくゲームセンターに連れていってくれていました。
わたしには、おにーちゃんがデンライナーのパスをかざして音ゲーをするのが、すごくかっこよく見えて、うらやましくてしかたなかった。
おにーちゃんにおねだりして、高校の入学祝いに電王のベルトを買ってもらって、わたしもデンライナーのパスにSuicaを入れてたっけ。
そしたら、おにーちゃんが、「その発想はなかった……」って顔をしてて、すっごくおもしろかったな。むしろ、最初にそっちを思いつくと思ったから。

おにーちゃんはきっと、自分が働いていた会社のお店じゃなくても、ゲームセンターという存在自体が怖くなってしまったんだと思います。

鬼滅の刃も、すごく人気だけど、今年に入ってからずっとお店の儲けを出すために景品を扱いすぎてたから、どうしてもお仕事のことを思い出してしまうみたいで、アニメも漫画も手を出していませんでした。

おにーちゃんが働いていたお店は、社員はおにーちゃんひとりだけ、あとはアルバイトの人たち数人いるだけでした。
他のお店にはちゃんと店長がいて、その下に社員がひとりかふたりはいたのに、でもおにーちゃんは店長でもなんでもなかった。
週に2、3回、偉い人が顔を出すだけ。

おにーちゃんはもう思い出すのも嫌みたいで、あまり多くを語りたがらなかったけど、その偉い人のパワハラが原因で、そのお店は何人も店長や社員が数年で辞めていっているお店でした。

そんな上司がいるお店だということを、おにーちゃんに教えてくれる人はいなかったし、おにーちゃんはさらに上の人たちに、副社長にまで、SOSを三年間出し続けたけど、誰も助けてはくれなくて、結局おにーちゃんも潰された。

わたしの大切な人の心や体をぼろぼろにしたそいつの顔をわたしは知らないけど、でも名前や住所、電話番号は知っていました。
おにーちゃんがそいつの連絡先をスマホから消してしまう前に、わたしはこっそりメモしていたから。
おにーちゃん、スマホにロックかけない人だし。だからって勝手に見るのはいけないことだから、二度としてないけど。

嘘です、ごめんなさい。
おにーちゃんと付き合うことになる直前まで毎日チェックしてました!!てへぺろ。

わたしは、そいつの連絡先をメモしたときに、LINEやメールのやりとりも三年分バックアップしていて、一通り読んでいました。
だから、おにーちゃんから聞かなくても、そいつがおにーちゃんにどれだけひどいパワハラをしてたか知っていたし、きっとお店で顔を合わせたときとかはもっとひどいことを言われたり、されたりしてたんだろうなってことが容易に想像がつきました。
それから、そいつが、自分の娘と同じ年のアルバイトの女の子に手を出してることとかも、わたしは知っていました。
だからわたしは、奥さんと娘にいつばらそうかな、なんて考えたりもしていました。

わたしの大切な人の人生をめちゃくちゃにしてくれた報いは必ず受けさせる。
今度はわたしが、そいつの家庭とか社会的な立場とか人生を、全部めちゃくちゃにしてやる。

7月や8月のわたしは、そんなことをいつも考えていたけれど、そういうのって思い立ったときにやらないとだめみたい。
今のわたしは、そんなやつのために時間を割くのがもったいないって思ってしまうから。
次の犠牲者がまた生まれるのは目に見えてたけど、もうおにーちゃんやわたしには関係のない話だったし、会社がおにーちゃんよりもそいつを重宝した結果、次の犠牲者が出るだけなんだから。
だから、本当にどうでもよかった。

え? 今散々時間を割いてたろって?

ほ、ほんとだ……くそう……でも、もう少しだけ……


おにーちゃんがお休みの日にそいつが来るのならいいんだけど、そうじゃなくて、そいつはおにーちゃんがいる日にあら探しをしに来て、毎回2時間以上の説教と仕事を増やして帰っていくだけ。
週に2日はアルバイトの人たちだけで店をまわしてたみたいでした。

だから、休みの日でも何か問題が起きたりすれば、おにーちゃんに電話がかかってかかってきたりする。場合によっては、店までかけつけなきゃいけないこともある。
そんなの、休みじゃないよね。
一番ひどいときは23連勤させられたって言ってた。
おにーちゃんの代わりに、わたしが労働基準監督署に行きたいくらい。


わたしはふと、おにーちゃんがわたしと同じようにお仕事のことを思い出してたりしないか不安になりましたが、佳代ちゃんと楽しそうに商品を選んでいるのを見て安心しました。

でも、うん、佳代ちゃん?
ちょーっとおにーちゃんにくっつきすぎじゃないかな? 死にたいのかな? かな?


ちょっと話が脱線しちゃったけど……

市内にあるイオンタウンのダイソーやピアゴの中のセリア、それからお馴染みのディスカウントショップで、リビングの飾り付けの部材は十分すぎるほどに揃いました。
前に少し買ってた分もあったし。


わたしが過去に二回? 三回? 連れていかれた18禁コーナーがあるディスカウントショップで、佳代ちゃんとふたりでハロウィングッズを見ていると、

「そういえば、みかなとひろゆきお兄ちゃんの結婚のお祝い、わたし何にもあげてないよね?」

まさか今度は、突然そんなことを言い出した幼なじみに、18禁コーナーに連れていかれてるとは思いもよらなかったけど……


ピンクローターとか、おにーちゃんのざびえるより立派なバイブとか、あと口に入っても体に害がないローションとか……
幼なじみの女の子から、おとなのおもちゃを大量に結婚祝いでもらうとか、うん、やっぱりこのびっち、頭おかしい。
ありがたく使わせてもらうけどね!

佳代ちゃんは、その18禁コーナーにある、うちにも何着かすでにある、えっちなスケスケのベビードールやネグリジェを手に取ると言いました。


「ひろゆきお兄ちゃんとみかなは、ハロウィンにするコスプレは、もう決まってるの?」


わたしは、ハロウィンのことだけじゃなくて、もっと大切なことを忘れていたことに、そのときようやく気づいたのです。


「あ、うん、一応、ふたりとも衣装は準備してあるよ……」


セーラー服が2着……


やっべー……


          

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