ディスカウントショップで兄がわたしを18禁コーナーに連れていこうとしています。

雨野美哉(あめの みかな)

2020/08/16 後編

それが何を意味するか、わたしにはすぐにわかっってしまいました。。

――この人、わたしにお会計させようとしている!!

詳しいことは、またの機会に話そうと思うんだけど……

おにーちゃんは、昨日3年ぶりに、お仕事じゃない誕生日を迎えることができたのに、朝一からどこかのおバカさんが、おにーちゃんを暗黒面(ダークサイド)に引きずり下ろすようなLINEを送ってきたせいで、完全に心を閉ざして、部屋に引きこもってしまっていました。

今日、こんな風に元気になって、わたしとデートしてくれるなんて、ゆうべは思いもしないくらいでした。

だから、今日はわたしにとって、おにーちゃんの誕生日のやり直しの日だったのです。

「しかたない!!
このコーナーにある、スケスケでえちえちな下着? ベビードール? ネグリジェ? を3つ買ってくれるなら、お会計係をしてあげようじゃないか!」

わたしはおにーちゃんにそう言って、えちえちなランジェリーを手にとりました。

「なっ……! 1ランジェリー、330円(税込み)だと……!?
前言撤回……、5個なら……5個なら引き受ける……」

おにーちゃんは、全然OKって顔で、わたしといっしょにえちえちなランジェリーを、あーでもない、こーでもないと言いながら選んで、結局その5個は、全部おにーちゃんの好みのものになってしまいました。

そこまでしてもらった(?)以上、今さら引けるわけもなく……
わたしは、おにーちゃんから財布を預かって、レジの行列に並びました。

わたしは、そんなえちえちなものしか入っていない買い物カゴを持って、ソーシャルディスタンスを守りながら、ファミリーなお客さんばっかりの列に並んでいるだけで恥ずかしくて死にそうでした。

それなのに、それなのに! おにーちゃんは天然なのか、わざとなのか、レジの向こうの出入り口付近でスマホをいじっていました。

ときどき、スマホから顔をあげてはわたしを見て、ニヤニヤ笑ったり。


絶対わざとだ!!!


おそらくレジのおねーさんは、えちえちなもののバーコードを読み取るのにも慣れてしまっていて、淡々と無事にお会計は終わりました。

「袋はいりますか?」

と聞かれて、わたしは先月からレジ袋が有料化されていたことをすっかり忘れていたことに気づきました。

「あ、はい、いります」

わたしがそう答えると、

「では、こちらの商品を一度紙袋に包ませていただきますね」

と、えちえちなグッズを他のお客さんに悟られないように、茶色い紙袋に包み始めたのでした。

わたしはまさか、そんな茶色い紙袋の儀式があるなんて知るはずもなく、涙目でおにーちゃんを見ました。

おにーちゃんは、さっきよりもニヤニヤしていました。

まさかそこまで計算ずくで、わたしをはずかしめようという魂胆だったとは……

おにーちゃんのお財布だから、わたしのお財布は痛くないけど……


でも、心が痛い!!


茶色い紙袋の儀式が終わり、おねーさんはそれをレジ袋に入れてくれると、わたしに手渡してくれました。

「あ、あ、ありがとう……ございます……」

レジ袋を受け取ったわたしは、恥ずかしくて死んでしまいたい、そんな気持ちでおにーちゃんのそばへと歩いていきました。


「まさか、オ◯ホールを買わされるなんて……
おとーさん、おかーさん……ごめんなさい。
わたし、汚れちゃった……
悲しい……」

「お、寺山修司?」

「中原中也だよ!!
泣くぞ!? こどもみたいにビービー泣くぞ!」

「ご、ごめん! でも楽しかったろ? また来ような!!」


こ、こいつ、まじで言ってんのか。



家へと帰る車の中で、

「使ったら、感想言ったほうがいい?」

おにーちゃんは運転をしながら、助手席のわたしに言いました。

「いらない。聞きたくない」

「なんでだよ~」


世間的に、うちのおにーちゃんは、見た目は中の上くらいには入ると思います。

3年前には実家を出たのも、それまで大学を出てからずっとフリーターか、契約社員止まりだったり、漫画原作で新人賞を取ったりして、でも全然売れなかったおにーちゃんが、真剣に結婚を考えるくらい好きな女の人ができたからでした。

1年以内に必ず正社員になるから結婚を前提に、っていう条件を、おにーちゃんは自分からその人に提示して、お付き合いをはじめたばかりだったから。

だけど、おにーちゃんは1年以内に正社員にはなれたけど、その人にプロポーズをしたら断られてしまいました。


わたしは、おにーちゃんのこういうところが、きっとプロポーズを断られたり、
それからずっと彼女ができない原因なんだろなぁ……

なんて、車の窓から見える、見慣れた景色を眺めながら思いました。


「そのどすけべランジェリーは、何に使うの?
え、もしかして、彼氏できた、とか?」

どすけべランジェリーて。

「できてませんー。毎晩暑いから、パジャマにするだけですー」

「でもさ、いつもお風呂上がってから寝る直前まで、ぼくの部屋にいるよね?
今日からそのどすけべランジェリーでぼくの部屋に来るの?」


おにーちゃんの言葉に、わたしは「どすけべランジェリー」を着て、おにーちゃんの部屋でいつものように無防備に、おにーちゃんのベッドに寝転がったりしている自分を想像してしまいました。

顔が、さっきの茶色い紙袋の儀式のときよりも、もっと熱くなって真っ赤になっているのが自分でわかりました。


「ていうか! その、どすけべランジェリーって言い方、やめて?
わたし、まだ……まだ、だから!!」

「あ、まだなんだ?」


言ってしまってから、わたしはとんでもないことをおにーちゃんに暴露してしまったことに気づいて、顔が熱くなるどころか、沸騰しました。


「え? あ、え、えーっと、どすけべランジェリーは、まだ、着たことが、ない、だけ……だよ?」

「へー、まだなんだ~、へ~~」


おにーちゃんは、うれしそうにニヤニヤ笑って言いました。

わたしはまさかおにーちゃんに、たった一日で、ううん、たった数時間で、こんなにもマウントとられるなんて思いもよらずに、本当にビービー泣きました。

まさか本当に泣くとは思ってなかったおにーちゃんが大慌てでわたしを慰めようとするのを見て、

いつかわたしのことを本気で好きにさせてあげるんだから。

わたしは、そう思ったのです。


          

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