異世界転移? いいえ、異世界帰還です。異世界を滅亡の危機から救ったら、今度はぼくの世界が滅亡の危機に瀕してました。

雨野美哉(あめの みかな)

第5話 The most important thing is to change the way we look at the world.

「わかってる。でもこれしか方法がない。
ステラは、まずぼくを空に飛ばしてくれ。大気圏に限りなく近いところまで。
そして、ぼくが術を発動したら、その範囲を拡大して。
この世界だけじゃなく、ステラの世界まで届くくらいに」

できるわけないじゃない、とステラは瞳に涙をためて言った。

「ステラ、ぼくは君と君が生まれたあの世界を守りたい」

「そのために、わたしにあなたを人でなくさせろと?」

「人でなくなったとしても、世界を見守ることができる。
太陽や月と同じように、君をずっと見続けていられる。
君は数百年の時を生きられるけれど、ぼくは数十年しか生きられない。
その数十年すら、同じ世界に生きることもできない」

だからお願いだ、やらせてくれ、とレンジは言った。


「わかったわ。でも、わたしもあなたといっしょにその結界の一部になる。
たぶんそうしなければ、ふたつの世界にあなたの力を届かせることはできない。
ふたつの世界の放射性物質をすべて浄化し続けない限り、人はまた同じことを繰り返してしまうだろうから」

ステラはレンジの手を握った。

「あなたがわたしのことをそんなに好きでいてくれるように、わたしも、たとえ生きる世界が違っても、あなたの子どもを生んで育てたいと思うくらいあなたが好きよ。
だから、あなたの子どもを生むかわりに、あなたとひとつになって、わたしもふたつの世界を見守るわ」



――見てよ、ほら。ちょっと目を離してるうちにすぐイチャイチャしだすの、このふたり。それをそばでずーっと見せられてたわたしの気も知らないでさー。

――にーちゃんもねーちゃんも、そういうところあるよな。こんな状況だってのに空気読めないっつーか。まぁ、こんな状況だからこそかもしれねーけど。

――そういうところがほっとけないっていうか、かわいくてしかたないんだけどね。

――そうだな。俺にはかみさんも子どももいねーけど、このふたりを見てると自分のこどもみたいに思うことがある。何とか力になってやらなきゃなってな。

――レンジは俺の息子だぞ。勝手にお前の息子にするな。

――私は一応はステラの育ての親になるわけだが、さすがに箱入り娘にしすぎたなと反省している。

――お前らなぁ、ふたりとも親父らしいこと全然してなかったろうが。

――だな。最後くらい、父親らしいところを見せてやらなきゃな。

――私も、最後くらいは育ての親としての役割を果たさせてもらうとしよう。

――俺ならレンジの身体を元の人間に戻してやれるが、お前らは何ができる?

――私はステラの体を元に戻すだけじゃなく、魔人でなくし、ただの人にしてやることも可能だろう。

――俺ならたぶん、レンジが今持ってる力を使いこなせる。

――じゃ、わたしがステラの代わりをしたらいいんだね。

――俺はサトシの補佐にまわる。だからブライ、お前は

――君に言われなくてもわかっている。ピノアの補佐をすればいいのだろう?



レンジもステラも、そんなやりとりがあったことさえ知らぬまま、

「行こうか」

「えぇ、あなたといっしょなら、どこへだってついていくわ」

そして、自分たちが持っていた力をすべて失っていることに気づいた。


空には、五角形が敷き詰められたかのような、蜂の巣に似たハニカム構造の結界がすでに張られていた。

ふたりには何が起こったのかわからなかった。


けれど、

「がんばったふたりへのご褒美だよ」

今はもういない、ふたりにとって大切な女の子の声が聞こえた。



やられたわね、とステラは笑った。

そうだね、とレンジも笑った。



「もしどこかに避難してくれたりしてて無事でいてくれたら、母さんと妹に会ってくれないかな」

レンジは、ステラに言った。
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。

その顔を見て、レンジはようやくこの世界にも守る価値があり、自分の居場所があるということに気づいた。

気づくのが遅すぎたかもしれない。

けれど、いくら遅くても、気づくことさえできたなら世界は変わる。

ひとりの人間に、世界を変えることなんてできない。
たとえどんな力を持っていたとしても。

世界を変えることはできなくても、自分を変えることはできる。

自分が世界の見方を変えるだけで、世界は変わる。



答えは、レンジの中に最初からあったのだ。





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