あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第24話(第139話)
「始めるよ、真依」
梨沙は言った。
「女王の力を信じてないって言ってくれた彼に、とっておきのやつ見せてあげよ?」
梨沙は記憶を失くしていなかった。
それどころか、まるで知らないはずのことまですべてを知っているかのようだった。
窓の外が急に暗くなり始めていた。
わたしは梨沙に手を引かれて、窓のそばに連れられていった。
去年の秋、こんな風に寝入と空を眺めたのを思い出した。
土曜か日曜の昼間だった。
晴れた空に大きな雲があった。
『どんなに苦しいときもつらいときも、ほんとに、いつも見上げれば大っきな雲があるんだね。
わたしもね、これからは、それに向かって歩いて行こうと思うんだ』
寝入はあのとき、そう言った。
何そのポエム、って正直思った。
でも、雲を見上げる彼女の目はとても真剣で、茶化してはいけない気がした。
そして、彼女はその日、わたしにあの本を貸してくれた。
あのとき、もしかしたら寝入は変わろうとしていたのかもしれなかった。
わたしたちは、夏にふたりでアニメを見て、そこに出てくる自分たちに似た境遇の女の子に憧れた。
秋に寝入は、一冊のケータイ小説を読んで、それをわたしに貸してくれた。
野島伸司のドラマじゃないんだからって思うくらい、主人公の女の子の身に次々とつらいことが起きる、読み進めるのがつらいくらいの物語だった。
結局最後まで読めなかった。
読み終わる前に寝入がいなくなってしまったから。
寝入はわたしが読み終わるのを待っていてくれたのかもしれない。
わたしといっしょに変わるための一歩を踏み出そうとしていたのかもしれない。
月が太陽を信じられない速度で覆い隠そうとしていた。
皆既日食が始まっていた。
今日、皆既日食が起きるなんていう話は新聞には載っていなかったし、朝のニュース番組でも話題にしてはいなかった。
「これは……まさか真依ちゃんと梨沙ちゃんが……?」
孝道も、そのあり得ない光景を見つめていた。
『シノバズ、この家のまわりにいる男たちを特定した。
君が危惧しているような者たちではなかったよ』
いつの間にか、ツムギが戻ってきていた。
「それは、公安部の人間についても調べた上での結果か?」
『君が一番危惧しているのは、君が一条と呼ぶ、一度は自分の死すらも偽装した、本当の顔も名前もわからない男のことだろう?
公安のことは、真っ先に調べたよ』
そうか、とだけ孝道は言い、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「そうだよな……
一条さんがぼくを裏切るわけないよな……」
『今回の事件の黒幕が、何者なのかについては君自身の手でたどり着くべきだ。
そこまでが、シノバズとしての君が、一条から依頼された仕事のはずだろう?
一条には現状を知らせておいた。すぐに警察が動くはずだ。
この国にとって、君の存在は、もはやなくてはならない存在だからね。
自衛隊はこの国に向けて発射されたミサイルを迎撃はできても、ミサイルの発射を未然に食い止めることはできない。
一条が所属する警察だって同じだ。
自衛隊や警察も、国外からや国内で起きることに対して後手にまわることしかできない。
先手をうち、けれど誰ひとり血を流すことなく未然に防ぐことができるのは、君だけだ。
君はもはや、国防の要とも言える存在なんだよ。
だから一条が君をこの村に寄越したのは、君がこれまで守り続け、そしてこれからも守り続けていくこの国が、60年以上もひた隠しにしてきた闇の部分を伝えるためだ。
君にはそれを知る権利があり、知る義務があると一条は考えた。
それを知っても尚、君がこの国を守るための道を、自分と共に歩んでくれると信じていたからだ。
けれど、彼は君が守ろうとしているものが、この国じゃないということも理解していた。
君はこの国ではなく、この国に住む人々を守ろうとしていることをね。
彼が守ろうとしているものも、きみと同じだからね。
君は10年もの間、パソコンの画面の向こうにいる誰かだけを助けてきた。
自分の部屋にとじこもり、みかなにしか心を開かなかった。
一条や学を部屋に招き入れるさえしなかった。
けれど君は芽衣と出会い、部屋から出ることを決めた。
ぼくの大切な妹を守るために、みかなと共に親を捨て、家さえも出た。
それにはとても感謝してる。いくら感謝の言葉を並べても伝えきれないほど、ぼくたちは君に感謝してる。
だけどね、シノバズ。
君は気づいていないようだけれど、それによって君にはそれまでにはなかった弱さが生まれてしまったんだよ。
きっと君は、パソコンの画面の向こうにいる見ず知らずの誰かを救うとき、あまり感情の起伏がなかったはずだ。
けれど、目の前にいる人たちを救うようになって、感情の起伏が生まれるようになった。
今の君は真依ちゃんにあの頃の自分を重ねてる。重ねすぎている。
なぜだか、わかるかい?
君は今、みかなよりも、その子に惹かれ始めているからだよ。
だから、以前の君なら判断を間違えないはずのところでつまづいてしまったんだ。
彼女は君が思っているほど弱くない。
彼女と梨沙ちゃんがこれから何をするつもりなのかは、ぼくにもわからない。
けれど、彼女たちがこの皆既日食を起こしたことは間違いない。
だから、今は見守ろう。
君が本当の意味ではじめて恋をした女の子が、これから何をするのか、どれだけ強い女の子なのか』
梨沙がわたしの手を握った。
わたしはその手を握り返す。
梨沙の持つ、女王の記憶がわたしに流れ込んでくるのを感じた。
太陽が完全に隠れたとき、わたしはこの身体に流れる血に刻まれた、女王の記憶を取り戻していた。
          
梨沙は言った。
「女王の力を信じてないって言ってくれた彼に、とっておきのやつ見せてあげよ?」
梨沙は記憶を失くしていなかった。
それどころか、まるで知らないはずのことまですべてを知っているかのようだった。
窓の外が急に暗くなり始めていた。
わたしは梨沙に手を引かれて、窓のそばに連れられていった。
去年の秋、こんな風に寝入と空を眺めたのを思い出した。
土曜か日曜の昼間だった。
晴れた空に大きな雲があった。
『どんなに苦しいときもつらいときも、ほんとに、いつも見上げれば大っきな雲があるんだね。
わたしもね、これからは、それに向かって歩いて行こうと思うんだ』
寝入はあのとき、そう言った。
何そのポエム、って正直思った。
でも、雲を見上げる彼女の目はとても真剣で、茶化してはいけない気がした。
そして、彼女はその日、わたしにあの本を貸してくれた。
あのとき、もしかしたら寝入は変わろうとしていたのかもしれなかった。
わたしたちは、夏にふたりでアニメを見て、そこに出てくる自分たちに似た境遇の女の子に憧れた。
秋に寝入は、一冊のケータイ小説を読んで、それをわたしに貸してくれた。
野島伸司のドラマじゃないんだからって思うくらい、主人公の女の子の身に次々とつらいことが起きる、読み進めるのがつらいくらいの物語だった。
結局最後まで読めなかった。
読み終わる前に寝入がいなくなってしまったから。
寝入はわたしが読み終わるのを待っていてくれたのかもしれない。
わたしといっしょに変わるための一歩を踏み出そうとしていたのかもしれない。
月が太陽を信じられない速度で覆い隠そうとしていた。
皆既日食が始まっていた。
今日、皆既日食が起きるなんていう話は新聞には載っていなかったし、朝のニュース番組でも話題にしてはいなかった。
「これは……まさか真依ちゃんと梨沙ちゃんが……?」
孝道も、そのあり得ない光景を見つめていた。
『シノバズ、この家のまわりにいる男たちを特定した。
君が危惧しているような者たちではなかったよ』
いつの間にか、ツムギが戻ってきていた。
「それは、公安部の人間についても調べた上での結果か?」
『君が一番危惧しているのは、君が一条と呼ぶ、一度は自分の死すらも偽装した、本当の顔も名前もわからない男のことだろう?
公安のことは、真っ先に調べたよ』
そうか、とだけ孝道は言い、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。
「そうだよな……
一条さんがぼくを裏切るわけないよな……」
『今回の事件の黒幕が、何者なのかについては君自身の手でたどり着くべきだ。
そこまでが、シノバズとしての君が、一条から依頼された仕事のはずだろう?
一条には現状を知らせておいた。すぐに警察が動くはずだ。
この国にとって、君の存在は、もはやなくてはならない存在だからね。
自衛隊はこの国に向けて発射されたミサイルを迎撃はできても、ミサイルの発射を未然に食い止めることはできない。
一条が所属する警察だって同じだ。
自衛隊や警察も、国外からや国内で起きることに対して後手にまわることしかできない。
先手をうち、けれど誰ひとり血を流すことなく未然に防ぐことができるのは、君だけだ。
君はもはや、国防の要とも言える存在なんだよ。
だから一条が君をこの村に寄越したのは、君がこれまで守り続け、そしてこれからも守り続けていくこの国が、60年以上もひた隠しにしてきた闇の部分を伝えるためだ。
君にはそれを知る権利があり、知る義務があると一条は考えた。
それを知っても尚、君がこの国を守るための道を、自分と共に歩んでくれると信じていたからだ。
けれど、彼は君が守ろうとしているものが、この国じゃないということも理解していた。
君はこの国ではなく、この国に住む人々を守ろうとしていることをね。
彼が守ろうとしているものも、きみと同じだからね。
君は10年もの間、パソコンの画面の向こうにいる誰かだけを助けてきた。
自分の部屋にとじこもり、みかなにしか心を開かなかった。
一条や学を部屋に招き入れるさえしなかった。
けれど君は芽衣と出会い、部屋から出ることを決めた。
ぼくの大切な妹を守るために、みかなと共に親を捨て、家さえも出た。
それにはとても感謝してる。いくら感謝の言葉を並べても伝えきれないほど、ぼくたちは君に感謝してる。
だけどね、シノバズ。
君は気づいていないようだけれど、それによって君にはそれまでにはなかった弱さが生まれてしまったんだよ。
きっと君は、パソコンの画面の向こうにいる見ず知らずの誰かを救うとき、あまり感情の起伏がなかったはずだ。
けれど、目の前にいる人たちを救うようになって、感情の起伏が生まれるようになった。
今の君は真依ちゃんにあの頃の自分を重ねてる。重ねすぎている。
なぜだか、わかるかい?
君は今、みかなよりも、その子に惹かれ始めているからだよ。
だから、以前の君なら判断を間違えないはずのところでつまづいてしまったんだ。
彼女は君が思っているほど弱くない。
彼女と梨沙ちゃんがこれから何をするつもりなのかは、ぼくにもわからない。
けれど、彼女たちがこの皆既日食を起こしたことは間違いない。
だから、今は見守ろう。
君が本当の意味ではじめて恋をした女の子が、これから何をするのか、どれだけ強い女の子なのか』
梨沙がわたしの手を握った。
わたしはその手を握り返す。
梨沙の持つ、女王の記憶がわたしに流れ込んでくるのを感じた。
太陽が完全に隠れたとき、わたしはこの身体に流れる血に刻まれた、女王の記憶を取り戻していた。
          
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