あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第8話(第123話)

彼は、璧隣家の一家殺人は、「村ぐるみでの隠蔽」だと言った。
「県警をも巻き込み、一家殺人を一家心中に仕立て上げた」のだと。

村を治める「双璧」の家の片割れに何かがあれば、すぐに村人たちが気づくはずだと。

例えば郵便受け。
新聞や郵便物が回収されていなければ、一週間もしないうちに必ず誰かが不審に思うはずだと。
誰も不審に思わないように回収していた者がいるはずだと。


それに職場や学校だ。

わたしの幼なじみだった寝入(ねいる)の父であり、璧隣家の当主であった璧隣朝月(かべどなり あさつき)は、わたしの母と同様、ふたりとも村を治める村長のような役割であり、村役場にはふたりのためにそれぞれ用意された部屋があった。
わたしの母は毎日数時間程度を村役場で過ごす。それは寝入の父も同じはずだった。
何の連絡もなく、役場に顔を出さない日が続けば、必ず誰かが不審に思う。
しかし、1ヶ月間誰もそれを問題視していなかったということになる。

寝入の母・昼子(ひるこ)は専業主婦だったが、姉の夜子(やこ)は□□市の商業高校を卒業後、市内の小さな会社で経理の仕事をしていた。
彼女の無断欠勤も1ヶ月間誰も問題視していなかった。


「真依ちゃんは、寝入ちゃんから何か連絡は?」

「パソコンにメールが来ていました。この村は携帯電話が使えないから」

「どんな内容だった?」

「1ヶ月くらい、病院に入院するって……
でも何の病気かも教えてもらえなくて。
お見舞いに行きたいからどこの病院か教えてって返事をしたけど、遠いところだからって教えてくれなかった。
お母さんがいっしょだから心配いらないって。
学校の先生も、どこに入院しているかまでは知らなかった…」


薄々は勘づいていた。

寝入は入院などしていなかった。
わたしにメールが送られてきたときにはすでに殺されていたのだと。

わたしがたびたび見かけた女の子、つまりは山汐芽衣が、四人を殺したと思い込んでしまってはいたけれど。

わたしの家や母と同じくらいにこの村にとってなくてはならない存在のはずの寝入の家や父の異変にどうして誰も1ヶ月もの間も気づかなかったのだろうと。

異変に気づきながらも気づかないふりを村人全員にさせることができる人物はひとりだけだ。

そのひとりは、璧隣の血筋を絶やすことで最も特をする人物。


「隠蔽を指示しているのは、わたしの母ですか?」


わたしは尋ねた。

しかし、彼は「まだわからない」とだけ言った。

「真依ちゃんのお母さんに隠蔽を指示した人間がいるかもしれない」

どういう意味だろう。

「この村のことを少しでも知っている者なら、誰だって君のお母さんを疑うとは思わないかい?」

確かに彼の言う通りだった。

そんな単純な事件だったらわざわざ警視庁がぼくに捜査協力を依頼するはずがない、と彼は言った。

「この村ができたのがいつなのか。
戦前までは確かにあった歴史的資料や伝承、なぜそれが戦後にはすべて失われてしまっていたのか。
そもそもこの村は一体何なのか。
ぼくが知りたいことと、たぶん君が知りたいことは同じだよ。
そのすべてを解明することがぼくに与えられた役割なんだ。
それが事件の黒幕を暴く鍵になると、ぼくに捜査協力を求めた警視庁の刑事は言ったよ」


わたしは、彼は一体何者なのだろう、と思った。
たまにテレビでやっている、FBI等に捜査協力をしているというインチキくさい超能力者か何かなのだろうか?


「みかなや芽衣は何も知らないけどね。
だから、君はこれまで通り普通に生活してくれていい。
できれば、みかなや芽衣と仲良くしてあげてくれると嬉しいかな」

そして、彼は言った。

「君をこの村から、返璧の家から、双璧の家の次期党首という呪縛から解放してあげるよ」


それは、わたしと寝入の、幼い頃からの夢だった。

          

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