あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第7話(第122話)

どれだけ頭がおかしくなりそうでも、わたしが寝入(ねいる)のことを忘れられるわけがなかった。

気がつくと、わたしは再び璧隣家の前にいた。


引っ越し業者のトラックはもうなかった。

先ほど見かけたあたらしい家主が、璧隣家(かべどなりけ)の表札があった跡に指で触れ、何か思い詰めたような表情をしていた。


「まさか、村人の誰も璧隣家のことを知らないと言い出すとは、さすがに予想外だったな」

と、独り言を口にした。

「だが、村人たちだけだ。
引っ越し業者のふたりは、□□市の人間だったようだったし。
璧隣家の名は口にはしなかったが、一家心中があった事故物件という認識は確かにあるようだった。
村人たちにはその認識すらないようだった」


彼は何かを知っていた。

あるいは調べにきた?


「村人たちからの情報収集が不可能となると、さすがに厄介だな……
今回ばかりはさすがのぼくにもお手上げかもしれない……」

そう言って、家の中に戻ろうとして、彼はわたしに気づいた。

「ああ、さっきの」

と彼は言い、

「さきほどは、ちゃんとご挨拶できなくてすみません。
今日この村に引っ越してきた、雨野と言います」

と、名乗った。


雨野?

まさか、彼はみかなの兄だろうか?
雨野みかなや山汐芽衣がこの家に住むのだろうか。

■■■村は皆、苗字に「璧」の字が入っているからなんの参考にもならないけれど、□□市でも雨野なんていう苗字は聞いたことがなかった。わたしの苗字ほどではないにしろめずらしいだろう苗字だった。


「ここはいい村だね。
マナブやウイやアリスから聞いてはいたけれど、とても空気がきれいだ。
村全体がまるでパワースポットのように感じるよ」

彼は、わたしが知らない彼の知り合いの名前を口にした。

なんだか不自然な気がした。
わざわざ友達の名前を出さなくても、「友達から聞いてはいたけれど」で充分なはずだった。


けれど、その知り合いが男女で3人であることに気づいたわたしは、探りを入れられているのだとわかった。

彼は、わたしが知りたいことを、村人たちが皆知らないと言うことを調べにきたのだ。


「そのお友達がこの村に来たのは、もしかして、去年の冬、12月のことですか?」

だから、わたしはそう訊いた。

彼はとても驚いた顔をした。

「わたしはちゃんと覚えていますよ。この家が璧隣の家だったことを」

と、続けた。


すると、彼は、

「君は、もしかして、返璧 真依(たまがえし まより)さん?」

と言った。

わたしは頷いた。

おそらく、一家心中とされた事件を殺人事件だと訴え続けている村人がひとりだけいることを、彼は知っていたのだ。

だとすれば、わたしの名前を知っていたとしても不思議はなかった。

だから、雨野みかなはわたしを知っていたのだろう。

いや、違う。

彼は今の今まで、わたしを返璧 真依と認識していなかった。

顔までは知らなかったのだ。


彼は、

「もう、みかなと芽衣には会った?」

と言った。

わたしはまた頷いた。


「きっと驚いただろうね。
同じクラスに君が去年の冬にこの家に出入りするのを何度も見た女の子が転校してきたんだから」

わたしがまだ制服姿のままであるのを見て、

「だから、早退したのかな?」

彼はすべてお見通しのようだった。

「君はたぶん、ぼくの妹のみかなといっしょにいた、芽衣を疑ってるんだよね。
でも、彼女は殺人には一切関与していないよ。
彼女がここで、亡くなられた四人の遺体と1ヶ月近くいっしょに住んでいたのは確かだけど」

と、言った。


芽衣は、本当に身寄りがなく、行く当てもなく、昨年の冬は家出少女のような生活を送っていたという。

家出少女のような生活、というものがわたしにはわからなかったけれど。
再放送で観た「家なき子」のようなものだろうか? レミではなく、安達祐実の方の。
公園で寝泊まりし、食べるものもなく、水だけで飢えをしのぐような。

そして、何の因果かこの村に迷い込んでしまった?

そんなことがあるのだろうか?

芽衣にもどうやってこの村にたどり着いたのか記憶はないそうだった。

おそらくは、飲み物か食べ物をわけてもらえないかと、璧隣の家の門戸を叩いたのではないか、ということだった。

家には鍵がかかっていなかっため、忍び込んでお金や食糧をわずかばかり拝借するつもりが、家の者はすでに何者かによって殺されており、そして四人の変死体と1ヶ月生活を共にしたのではないか、と。


「ぼくは君の味方だよ。
一応、警察に与(くみ)する者になるのかな。
でも、璧隣家の一家殺人事件を一家心中とした■■県警とは一切関係がない。
警視庁から捜査依頼を受けて、県警をも巻き込んだ村ぐるみの殺人事件の隠蔽を暴きにきたんだ」


彼はそう言った。

わたしはなぜか、この男の人の言うことは信じられる、と思った。

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