あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第6話(第121話)
雨野みかなのセーラー服についた山汐芽衣の口紅やファンデーションを落とし、それをハンガーにかけ庭に干すと、わたしは璧隣家(かべどなりけ)に足を運んだ。
わたしは寝入(ねいる)が死んでからも、生前と同じように、毎日璧隣家(かべどなりけ)に足を運んでいた。
ここに来れば、寝入に会える気がした。
話が出来る気がした。
けれど、一度も寝入はわたしの前に姿を現すことはなかった。
話しかけてくれることもなかった。
それでも、わたしは毎日寝入に会いに行くのだ。
もう半年もの間、誰も住んでおらず、これかも誰も住むことがないだろう璧隣家の前に、引っ越し業者のトラックが停まっていた。
業者の作業員らしいふたりの男が、北欧家具を運びながら、
「ここ、事故物件だろ? 例の一家心中の」
「あぁ、でもこれだけの家がただ同然で手に入るなら、そんなの気にしないって奴なら買うんじゃないか」
そんなことを話していた。
双璧の家の片割れである「璧隣」の家を、ただ同然で売りに出した?
一体誰が?
この村は、外部から人を招き入れたことがないと聞いていた。
少なくとも戦後は一度もなかったはずだった。
村の者は、村の者と結婚し、子を産み、その血を段々と濃くしていく。
近親相姦もこの村ではよくあることだった。
村が市町村合併を頑なに拒んだのも、そういった風習があったからだ。
それなのに、村の外の人間を、よりによって「璧隣」の、寝入の家に招き入れるなんて。
昨日まで確かにあったはずの「璧隣」の表札ははずされていた。
あたらしい家主らしい男が、
「この村、本当に携帯電話がつながらないんですね」
と、引っ越し業者の男に声をかけていた。
「あぁ、でもすぐお隣の□□市にまでいけば使えるよ」
「携帯電話に縛られる生活から抜け出したかったから、ちょうどいいです。
パソコンでインターネットさえ使えれば仕事はできるんで」
「ははっ、さすが都会からわざわざこんな田舎に引っ越してくる人は言うことが違うねぇ」
そんな会話を交わしていた。
家主はまだ二十代半ばくらいの男で、わたしに気がつくと、
「この村の子かい?」
と、訊いた。
わたしは、返事をしなかった。
男をにらみ、自宅へと踵を返した。
この村はおかしい。
わたしが失意の中で家に帰る途中、何人かの村人に声をかけられた。
村人たちは、璧隣家の存在すら忘れていた。
誰も、璧隣家や寝入のことを覚えていないだけでなく、代々にわたり双璧の家が村を治めてきたことさえ、何を言っているんだ? という顔をした。
父でさえ。母でさえ。兄でさえ。姉たちでさえ。
皆同じ顔をした。
寝入たち家族が殺された去年の冬もそうだった。
わたしの頭はおかしくなりそうだった。
もしかしたら、とっくにおかしくなっていたのかも知れない。
村の人たちが言っていることが本当で、わたしがおかしなことを言っているのかもしれない。
わたしは、わたしも彼らのようになろうと思った。
その方がきっと楽になれるから。
          
わたしは寝入(ねいる)が死んでからも、生前と同じように、毎日璧隣家(かべどなりけ)に足を運んでいた。
ここに来れば、寝入に会える気がした。
話が出来る気がした。
けれど、一度も寝入はわたしの前に姿を現すことはなかった。
話しかけてくれることもなかった。
それでも、わたしは毎日寝入に会いに行くのだ。
もう半年もの間、誰も住んでおらず、これかも誰も住むことがないだろう璧隣家の前に、引っ越し業者のトラックが停まっていた。
業者の作業員らしいふたりの男が、北欧家具を運びながら、
「ここ、事故物件だろ? 例の一家心中の」
「あぁ、でもこれだけの家がただ同然で手に入るなら、そんなの気にしないって奴なら買うんじゃないか」
そんなことを話していた。
双璧の家の片割れである「璧隣」の家を、ただ同然で売りに出した?
一体誰が?
この村は、外部から人を招き入れたことがないと聞いていた。
少なくとも戦後は一度もなかったはずだった。
村の者は、村の者と結婚し、子を産み、その血を段々と濃くしていく。
近親相姦もこの村ではよくあることだった。
村が市町村合併を頑なに拒んだのも、そういった風習があったからだ。
それなのに、村の外の人間を、よりによって「璧隣」の、寝入の家に招き入れるなんて。
昨日まで確かにあったはずの「璧隣」の表札ははずされていた。
あたらしい家主らしい男が、
「この村、本当に携帯電話がつながらないんですね」
と、引っ越し業者の男に声をかけていた。
「あぁ、でもすぐお隣の□□市にまでいけば使えるよ」
「携帯電話に縛られる生活から抜け出したかったから、ちょうどいいです。
パソコンでインターネットさえ使えれば仕事はできるんで」
「ははっ、さすが都会からわざわざこんな田舎に引っ越してくる人は言うことが違うねぇ」
そんな会話を交わしていた。
家主はまだ二十代半ばくらいの男で、わたしに気がつくと、
「この村の子かい?」
と、訊いた。
わたしは、返事をしなかった。
男をにらみ、自宅へと踵を返した。
この村はおかしい。
わたしが失意の中で家に帰る途中、何人かの村人に声をかけられた。
村人たちは、璧隣家の存在すら忘れていた。
誰も、璧隣家や寝入のことを覚えていないだけでなく、代々にわたり双璧の家が村を治めてきたことさえ、何を言っているんだ? という顔をした。
父でさえ。母でさえ。兄でさえ。姉たちでさえ。
皆同じ顔をした。
寝入たち家族が殺された去年の冬もそうだった。
わたしの頭はおかしくなりそうだった。
もしかしたら、とっくにおかしくなっていたのかも知れない。
村の人たちが言っていることが本当で、わたしがおかしなことを言っているのかもしれない。
わたしは、わたしも彼らのようになろうと思った。
その方がきっと楽になれるから。
          
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