あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。

雨野美哉(あめの みかな)

第1話(第116話)

高校の制服が夏服に変わる頃、わたしのクラスにふたりの女の子が転校してきた。
山汐芽衣(やましお めい)と雨野みかな(あめの みかな)という名前の、ふたりともかわいい女の子だった。

田舎町の高校に、ある日突然都会から転校生が来るだなんて、一昔前のラブコメじゃないんだから、とわたしは思ったけれど、同じ日に同じ横浜から転校生が来るなんてラブコメでも珍しいなと思ったのをよく覚えている。


雨野みかなは、一言で言えば「あざとい」女の子だった。
男子ウケはいいけれど、女子からは嫌われる、同性の友達はいなさそうなイメージだった。

担任から自己紹介をするように促されると、まるでテレビに出始めたばかりのアイドルがするみたいに、自分のかわいさをアピールした。

あらかじめ考えてきた台本がきっとあったのだろう。
それなりに緊張はしていたらしく、少し声が震え上ずってはいたけれど、それすらも演技じゃないかと思えるほど、あざとかった。
おまけに、一人称が「わたし」等ではなく、自分の下の名前の「みかな」だった。

だから、わたしの彼女に対する第一印象は、こんな田舎の男子相手に無理してキャラ作りなんかしなくても充分にかわいいのに、という冷ややかなものだった。


その一方で、 もうひとりの転校生である山汐芽衣は、人見知りをする子なのか、担任に自己紹介を促されても、自分の名前と、よろしくおねがいします、しか言えなかった。

おまけに、自分の名前で一回噛んだ後に、よろしくおねがいしますでもまた噛んだ。

そんな彼女を、優しい目で雨野みかなは見守っていた。
かわいい妹を見守るような、むしろ母親のような優しい目だった。

だからわたしには、ふたりが横浜にいるころからの知り合いなのだと、なんとなくわかった。
雨野みかなのわざとらしいくらいにあざとい自己紹介は、皆の目をなるべく自分に向けるためのものだったのかもしれないと思った。

だから、わたしの第一印象はすぐに「友達思いの、面倒見のいい女の子」、そんな風に上書きされた。


わたしは男子に友達を紹介したことはなかったけれど、世間では「女子が言うかわいいは信じられない、大体自分よりかわいくない子を連れてくる」と言われているらしい。
けれど、山汐芽衣も雨野みかなも本当にお世辞でも嘘でもなく、クラス中の男子が一目惚れとまではいかないまでも全員が興味を抱くくらい、そしてわたしを含むクラスメイトの女子たちとは比べ物にならないほどかわいい女の子だった。


転校初日の朝のショートホームルームが終わると、彼女たちは漫画やドラマみたいにクラスメイトたちから質問責めにあうはめになった。

わたしは、高校のある□□市の隣の■■■村に住んでいた。
新しい住人を迎えたことが戦後一度もないような田舎で育ったため、本当にこういうことがあるんだな、と思った。

□□市は、国が進めていた市町村合併により、■■■村ほど閉鎖的ではないにしても、さして変わらないような田舎のいくつかの町や村が合併し、数年前に市になったばかりだった。
■■■村は合併を頑なに拒否した。

だから、いくら同じ市とはいえ、彼女たちが住んでいた横浜市と□□市の間には、10年経とうが100年経とうが、絶対に越えることができないような大きな壁があった。

興味本位で他人のプライバシーにずけずけと土足で踏み込んで、本当に田舎のこどもはデリカシーがなくてしょうがないなと思った。


しかし、今思えば、クラスの中でひとりだけ、ちゃんと年相応の精神年齢に成長していたわたしにとって、それは好都合だったのだと思う。


雨野みかなは、クラスメイトたちから質問責めに対して、答えられる範囲のものは答え、踏み込まれたくないことはうまくごまかしてかわしてはいたけれど、山汐芽衣はそうじゃなかった。

何も答えることができず、泣きそうな顔で、みかなの方ばかりを見ていた。

みかなもそんな芽衣のことを気にしていたけれど、四方八方をむさ苦しい男子たちに囲まれて、身動きがとれないでいた。

そんなときに、わたしと雨野みかなの目があった。


――お願いできる?


みかなの顔は、わたしにそう言っているように見えた。

だからわたしは、まかせて、という顔をした。


そして、わたしは、

「山汐さん!!」

大きな声で彼女を呼んだ。

「わたしのこと覚えてない!?」


覚えているわけがない。
今日はじめて会ったのだから。

彼女はわたしのことをまだ認識すらしていないに違いないのだから。

だから、皆の気を引くことさえできたなら、台詞はなんでもよかった。


突然のことに驚いている皆をかきわけて、わたしは彼女の手を取るった。彼女だけに聞こえるように耳元で「すぐ助けてあげる」とだけ言って、彼女を教室から連れ出した。


教室を出るときに、もう一度、雨野みかなと目があった。

その顔は、確かに、

――ありがとう。

と、言っているように、わたしには見えた。


          

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