あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第31話(第113話)第四部「春霞」鬼の章之伍
「まさかあんたとこうして、また肩を並べて歩くなんてね」
あたしは夏目メイに言った。
「城戸女学園で一緒だった頃以来だからね」
夏目メイは答えた。
「結衣には、アリスにも、ゆきにも、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。 あの頃のわたしは、本当におかしくなっていた」
「あんたのせいじゃないでしょ。
凛の祖父が、凛や母親の目の前で紡を殺さなければ、紡はきっといいお兄さんになっていたし、あんたも芽衣として産まれることができた。
今、紡と凛、それからあんたに愛される芽衣のような、かわいい妹になっていた。
凛の母親に小久保晴美なんていう別人格が産まれることはなかった」
「結衣にそう言ってもらえると、うれしいよ」
彼女は本当に変わった。
あたしの知る夏目メイじゃなかった。
「あんた、普通の女の子になりたいって言ってたよね」
「そうだね」
「気づいてないかもしれないから教えてあげるけど、あんたはもうとっくに普通の女の子だよ」
夏目メイは、紡が作り出した人格管理システムによって凛の脳内に残った、それぞれの人格が持つ強い欲望や負の感情を、山汐芽衣が姉である凛を想い、その受け皿となることで変化した人格だ。
実際には人格管理システムは、凛の中に潜んでいた小久保晴美が作り出したものだったし、芽衣が受け皿となったのは小久保晴美の人格から漏れた欲望や負の感情に過ぎなかったのだけれど。
メイはそれを抑え込むことができるようになっただけではなく、夏目メイになる前の山汐芽衣を自分から切り離した。
芽衣には夏目メイとしての記憶はあってはいけないものだから、と。
自分が犯した罪の責任は芽衣には何もないものだから、と。
「あんたは、普通の女の子どころか、家族想いのめちゃくちゃいい女じゃん」
「……ありがとう。アリスやゆきや、それから麻衣もそんな風に言ってくれるかな」
「アリスやゆきはわからないけど、麻衣は最初から、あんたのことも含めて凛の全部を受け入れようとしてくれてたんでしょ。大丈夫だよ」
あたしがこんな風に本音をメイに伝えたのは、たぶん死期を悟っていたからだと思う。
メイがまじめにあたしの話を聞いてくれていたのも、きっと彼女もまた死期を悟っているのだと思った。
あたしたちは、たぶんもうすぐ死ぬ。
小久保晴美に殺されるのだ。
「あたしは、あんたを麻衣と変わらないくらい大切な友達だと思ってる。
あたしは、この身体を、雨野みかなを、たとえあたしが死んだり消えたりすることになっても守るつもりだよ。
借り物だからね、この身体は。
そこのシスコンのハッカーのためにも、怪我ひとつさせないつもり。
だから、あんたは」
「わかってる。
たとえわたしが死んだり消えたりしたとしても、凛や紡や芽衣たちのことは必ず守るつもりだよ」
そこには、あたしやメイ、シノバズ、戸田刑事だけでなく轟がいた。
だけど、誰もあたしたちの会話に割って入ってきたりはしなかった。
轟はともかく、シノバズも戸田も、たぶんあたしたちの覚悟に気づいているのだ。
あたしとメイの話が終わると、
「結衣さん、メイさん、悪いけどあとは警察にまかせてくれないかな」
戸田は言った。
戸田は、機動隊に出動命令を出せる立場の人に話を付けており、いつでも機動隊は出動可能だそうだった。
「警察だけじゃ、心許ないから、ぼくも残るけどね」
シノバズが言った。
そして、
「轟さんだっけ?
地上で待機してる、鬼頭組の皆さんといっしょに、このふたりを連れて逃げてもらえる?」
と、言った。
あたしは何を言ってるんだろうと思った。
「もし、ここに小島さち、小久保晴美がいなくて、携帯電話だけが置かれていた場合、金児陽三の家の地下に彼女がいる。
小久保晴美のいる場所に大量破壊兵器がある場合がある。
その場合はどうするの?」
だから、反論した。
「その可能性も視野に入れた上で戸田刑事に動いてもらってる。
ついでに、天禍天詠の旧アジトも。
ぼくは、もう誰も死なせたくないんだ。
それが、肉体を持たない人格だけの存在であっても。
ひとりの人間であることに変わりはないから。
それに、小久保晴美との決着はぼくがつける。
だから、ごめんね」
シノバズはそう言うと、スプレーのようなものを、あたしとメイの顔に吹き掛けた。
あたしは意識を失っていく中で、悔しいと思うと同時に、雨野みかながこの男を兄妹なのに心から愛する理由がようやくわかった。
こんな兄貴がそばにいたら、他の男なんてきっと一度も目にもはいらなかったんだろうな、と思った。
          
あたしは夏目メイに言った。
「城戸女学園で一緒だった頃以来だからね」
夏目メイは答えた。
「結衣には、アリスにも、ゆきにも、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。 あの頃のわたしは、本当におかしくなっていた」
「あんたのせいじゃないでしょ。
凛の祖父が、凛や母親の目の前で紡を殺さなければ、紡はきっといいお兄さんになっていたし、あんたも芽衣として産まれることができた。
今、紡と凛、それからあんたに愛される芽衣のような、かわいい妹になっていた。
凛の母親に小久保晴美なんていう別人格が産まれることはなかった」
「結衣にそう言ってもらえると、うれしいよ」
彼女は本当に変わった。
あたしの知る夏目メイじゃなかった。
「あんた、普通の女の子になりたいって言ってたよね」
「そうだね」
「気づいてないかもしれないから教えてあげるけど、あんたはもうとっくに普通の女の子だよ」
夏目メイは、紡が作り出した人格管理システムによって凛の脳内に残った、それぞれの人格が持つ強い欲望や負の感情を、山汐芽衣が姉である凛を想い、その受け皿となることで変化した人格だ。
実際には人格管理システムは、凛の中に潜んでいた小久保晴美が作り出したものだったし、芽衣が受け皿となったのは小久保晴美の人格から漏れた欲望や負の感情に過ぎなかったのだけれど。
メイはそれを抑え込むことができるようになっただけではなく、夏目メイになる前の山汐芽衣を自分から切り離した。
芽衣には夏目メイとしての記憶はあってはいけないものだから、と。
自分が犯した罪の責任は芽衣には何もないものだから、と。
「あんたは、普通の女の子どころか、家族想いのめちゃくちゃいい女じゃん」
「……ありがとう。アリスやゆきや、それから麻衣もそんな風に言ってくれるかな」
「アリスやゆきはわからないけど、麻衣は最初から、あんたのことも含めて凛の全部を受け入れようとしてくれてたんでしょ。大丈夫だよ」
あたしがこんな風に本音をメイに伝えたのは、たぶん死期を悟っていたからだと思う。
メイがまじめにあたしの話を聞いてくれていたのも、きっと彼女もまた死期を悟っているのだと思った。
あたしたちは、たぶんもうすぐ死ぬ。
小久保晴美に殺されるのだ。
「あたしは、あんたを麻衣と変わらないくらい大切な友達だと思ってる。
あたしは、この身体を、雨野みかなを、たとえあたしが死んだり消えたりすることになっても守るつもりだよ。
借り物だからね、この身体は。
そこのシスコンのハッカーのためにも、怪我ひとつさせないつもり。
だから、あんたは」
「わかってる。
たとえわたしが死んだり消えたりしたとしても、凛や紡や芽衣たちのことは必ず守るつもりだよ」
そこには、あたしやメイ、シノバズ、戸田刑事だけでなく轟がいた。
だけど、誰もあたしたちの会話に割って入ってきたりはしなかった。
轟はともかく、シノバズも戸田も、たぶんあたしたちの覚悟に気づいているのだ。
あたしとメイの話が終わると、
「結衣さん、メイさん、悪いけどあとは警察にまかせてくれないかな」
戸田は言った。
戸田は、機動隊に出動命令を出せる立場の人に話を付けており、いつでも機動隊は出動可能だそうだった。
「警察だけじゃ、心許ないから、ぼくも残るけどね」
シノバズが言った。
そして、
「轟さんだっけ?
地上で待機してる、鬼頭組の皆さんといっしょに、このふたりを連れて逃げてもらえる?」
と、言った。
あたしは何を言ってるんだろうと思った。
「もし、ここに小島さち、小久保晴美がいなくて、携帯電話だけが置かれていた場合、金児陽三の家の地下に彼女がいる。
小久保晴美のいる場所に大量破壊兵器がある場合がある。
その場合はどうするの?」
だから、反論した。
「その可能性も視野に入れた上で戸田刑事に動いてもらってる。
ついでに、天禍天詠の旧アジトも。
ぼくは、もう誰も死なせたくないんだ。
それが、肉体を持たない人格だけの存在であっても。
ひとりの人間であることに変わりはないから。
それに、小久保晴美との決着はぼくがつける。
だから、ごめんね」
シノバズはそう言うと、スプレーのようなものを、あたしとメイの顔に吹き掛けた。
あたしは意識を失っていく中で、悔しいと思うと同時に、雨野みかながこの男を兄妹なのに心から愛する理由がようやくわかった。
こんな兄貴がそばにいたら、他の男なんてきっと一度も目にもはいらなかったんだろうな、と思った。
          
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