あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第4話(第86話)
去年の12月に、おにーちゃんを訪ねてきた男の人がいた。
たぶんその人が来たのも、わたしがひとりだけ気になった巡礼者の女の子を見かけたのと同じで、冬休みの前のことだったと思う。
その人の顔を、わたしはどこかで見たことがあるような気がした。
たぶん芸能人とか文化人で、テレビとかで見たことがあったのだと思う。
その人は、おにーちゃんがひきこもりだということを知っていて、わたしに茶色い紙袋を渡すと、
「お兄さんに話は通してあるから。
よろしく伝えておいてね、みかなちゃん」
と言った。
みかな、というのはわたしの名前だ。
雨野みかな。
おにーちゃんは、雨野 孝道(あめの たかみ)。
たかみち、じゃなくて、たかみ。
孝道は「こうどう」と読む場合、孝行の道、親をうやまいつかえる道、という意味になる。つまりは親孝行だ。
ひきこもりの長男には皮肉な名前だなっていつも思う。
わたしの名前まで知っているということは、きっとおにーちゃんとすごく仲がいい人なんだな、と思った。
おにーちゃんは、仕事とプライベートをしっかり分ける人だと思うし、この人に住所を教えていることも意外だった。
わたし以外にも、おにーちゃんが心を開ける人がいることを嬉しく思う一方で、やきもちをやいてしまうわたしがいて、なんだかもやもやした。
手渡された茶色い紙袋は、それなりに重くて、中身が気になったわたしは、見てもいいですか? と聞いた。
なんとなくだけど、拳銃が入っているような気がした。
すると、その人は、いいよ、と言って、
「でも、拳銃とかじゃないよ。ただの携帯電話」
と、言って笑った。
わたしは、どうしてわたしが中身が拳銃なんじゃないかと思ったことがわかったんだろう、って不思議だった。
中身は本当に携帯電話だった。
重いと感じたのは、四台も入っていたからだった。
四台のうち、一台は壊れているように見えた。
「上がっていかれますか? おにーちゃんのお友達が来てくれたの、はじめてなんです」
わたしはそう言ったけれど、その人は首を横に振った。
「ごめんね。そうしたいのはやまやまなんだけど、早く帰らないといけないんだ」
本当に申し訳なさそうに、そう言った。
「ぼくの大切な人がね、今すごく心をすり減らしているんだ。
目を覚ましたときに、そばにぼくがいないと、きっと泣いてしまうから」
その顔はとても優しくて、とても不安げで、本当に大切な人なんだなとわたしは思った。
「じゃあ、ぼくはこれで」
その人は、わたしの家のすぐそばに停めていた車に向かって歩いていこうとして、途中で足を止めた。
振り返ってわたしを見ると、
「みかなちゃんは、お兄さんが好きかい?」
と聞いた。
「好きですよ」
と、わたしは答えた。
もちろん恋愛的な意味ではなく、兄として。家族として。だったけれど。
「みかなちゃんはまだ知らないかもしれないけど、お兄さんはとてもすごい人なんだ。
ぼくがお兄さんに依頼したのは、その携帯電話の中に入っている、あるプログラムの解析にすぎないんだけど、それを解析できるのはたぶん世界でお兄さんだけなんだ。
そして、きっとそれはお兄さんの知的好奇心をとても刺激する。
近い将来、お兄さんは、今の医療技術ではどうにもならないような、たくさんの人を救うことになると思う」
それは、にわかには信じられない話だったけれど、その人の言うことはなぜだか信じられると思った。
「なるべく、お兄さんのそばにいてあげて。
ぼくにも妹がいるけれど、兄っていう生き物は、妹にかっこいいところを見せたいもんなんだ」
そう言って、その人は車に乗り込んだ。
その人の言う通り、その四台の携帯電話は、おにーちゃんの知的好奇心をとても刺激した。
食べたり、寝たり、ということを、忘れてしまうくらいに。
わたしは、ただ見ていることしかできなくて、おにーちゃんが何の解析を依頼され、そしてたった四台の携帯電話とパソコンで一体何をするのか、まるでわからなかったけれど、ずっとおにーちゃんがすることを見ていたいと思った。
          
たぶんその人が来たのも、わたしがひとりだけ気になった巡礼者の女の子を見かけたのと同じで、冬休みの前のことだったと思う。
その人の顔を、わたしはどこかで見たことがあるような気がした。
たぶん芸能人とか文化人で、テレビとかで見たことがあったのだと思う。
その人は、おにーちゃんがひきこもりだということを知っていて、わたしに茶色い紙袋を渡すと、
「お兄さんに話は通してあるから。
よろしく伝えておいてね、みかなちゃん」
と言った。
みかな、というのはわたしの名前だ。
雨野みかな。
おにーちゃんは、雨野 孝道(あめの たかみ)。
たかみち、じゃなくて、たかみ。
孝道は「こうどう」と読む場合、孝行の道、親をうやまいつかえる道、という意味になる。つまりは親孝行だ。
ひきこもりの長男には皮肉な名前だなっていつも思う。
わたしの名前まで知っているということは、きっとおにーちゃんとすごく仲がいい人なんだな、と思った。
おにーちゃんは、仕事とプライベートをしっかり分ける人だと思うし、この人に住所を教えていることも意外だった。
わたし以外にも、おにーちゃんが心を開ける人がいることを嬉しく思う一方で、やきもちをやいてしまうわたしがいて、なんだかもやもやした。
手渡された茶色い紙袋は、それなりに重くて、中身が気になったわたしは、見てもいいですか? と聞いた。
なんとなくだけど、拳銃が入っているような気がした。
すると、その人は、いいよ、と言って、
「でも、拳銃とかじゃないよ。ただの携帯電話」
と、言って笑った。
わたしは、どうしてわたしが中身が拳銃なんじゃないかと思ったことがわかったんだろう、って不思議だった。
中身は本当に携帯電話だった。
重いと感じたのは、四台も入っていたからだった。
四台のうち、一台は壊れているように見えた。
「上がっていかれますか? おにーちゃんのお友達が来てくれたの、はじめてなんです」
わたしはそう言ったけれど、その人は首を横に振った。
「ごめんね。そうしたいのはやまやまなんだけど、早く帰らないといけないんだ」
本当に申し訳なさそうに、そう言った。
「ぼくの大切な人がね、今すごく心をすり減らしているんだ。
目を覚ましたときに、そばにぼくがいないと、きっと泣いてしまうから」
その顔はとても優しくて、とても不安げで、本当に大切な人なんだなとわたしは思った。
「じゃあ、ぼくはこれで」
その人は、わたしの家のすぐそばに停めていた車に向かって歩いていこうとして、途中で足を止めた。
振り返ってわたしを見ると、
「みかなちゃんは、お兄さんが好きかい?」
と聞いた。
「好きですよ」
と、わたしは答えた。
もちろん恋愛的な意味ではなく、兄として。家族として。だったけれど。
「みかなちゃんはまだ知らないかもしれないけど、お兄さんはとてもすごい人なんだ。
ぼくがお兄さんに依頼したのは、その携帯電話の中に入っている、あるプログラムの解析にすぎないんだけど、それを解析できるのはたぶん世界でお兄さんだけなんだ。
そして、きっとそれはお兄さんの知的好奇心をとても刺激する。
近い将来、お兄さんは、今の医療技術ではどうにもならないような、たくさんの人を救うことになると思う」
それは、にわかには信じられない話だったけれど、その人の言うことはなぜだか信じられると思った。
「なるべく、お兄さんのそばにいてあげて。
ぼくにも妹がいるけれど、兄っていう生き物は、妹にかっこいいところを見せたいもんなんだ」
そう言って、その人は車に乗り込んだ。
その人の言う通り、その四台の携帯電話は、おにーちゃんの知的好奇心をとても刺激した。
食べたり、寝たり、ということを、忘れてしまうくらいに。
わたしは、ただ見ていることしかできなくて、おにーちゃんが何の解析を依頼され、そしてたった四台の携帯電話とパソコンで一体何をするのか、まるでわからなかったけれど、ずっとおにーちゃんがすることを見ていたいと思った。
          
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