あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第1話(第83話)
冬から春になると、遠くの景色が見えにくくなるという。
春の季節にはかすみが立つかららしい。
春霞(はるがすみ)というそうだ。
そんなものをわたしは一度も意識したことがなかったけれど。
空を見上げたり、遠くの景色を見たり、そんな時間がある人は、よっぽど暇なんだろうなって思う。
すくなくとも、わたしにはそんな時間はなかった。
そもそも、毎年のように例年より暖冬だと言われているのに、今でもそんなものがあるのかな。
そもそも、かすみって何? ってレベル。
仙人とかが食べるやつ? おいしいのかな。
でも、亀仙人って普通のご飯食べてたよね。
あ、カスミソウって花があることくらいは一応知ってるよ。
どんな花かも知らないし、あれ? 花じゃなかった? 草だった? ってくらいだけど。
春霞とか仙人とかと関係あるのかどうかも知らないけど。
まだ一応この国には四季があるけれど、このまま地球温暖化が続いたら、そのうち夏と冬しかなくなるんじゃないかなって思う。
夏はいらないなって、わたしは思う。
わたしは夏が嫌い。
夏休みが大嫌い。
2009年の4月、わたしは高校二年生になった。
わたしはひどい花粉症で、春はあまり好きじゃなかった。
女子校だったら思いっきり鼻をかんだり、はーっくしょんって大きなくしゃみをした後で、おらーとかちくしょーとか、家みたいに叫んだりできたのかもしれない。
けれど、共学だとどうしても男の子の目が気になって、あざとく、かわいく、くしゅんとか、きゅふんっていうくしゃみをせざるを得なくなってしまう。
同い年の男の子よりも精神年齢が高いと言われている思春期の女の子は、小学生の頃からそうやって、あざとく生きることを覚えはじめる。
え? あざとい女子が嫌い?
でも、そういうこと言う女の子って、大体ブスだから、わたしは相手になんかしないし、男の子から相手にもされないでしょ?
その子はそれでいいって思ってるんだから、別にいいんじゃない?
夏も好きじゃない。
地球温暖化のせいか、年々暑くなっている気がするし、おしゃれが好きなわたしにとって、重ね着がしにくい季節は嫌いだった。
暑いせいで女の子におかしなことをする人が増えるし、被害者は女の子なのに、肌を露出してる方が悪いって言われるのは、本当に納得がいかない。
あと、去年の夏にいやなことがあったから、本当に夏は嫌い。
秋も嫌い。また稲とかの花粉が飛ぶから。
わたしは四季の中で冬だけが好き。
一番おしゃれが楽しめるし、こたつも好きだし、みかんも好き。
でも、こたつで丸くなる猫は嫌い。
猫アレルギーだから。
猫好きの人も嫌い。
自分の飼い猫を大切にするのはいいことだけど、身近な人のことよりも飼い猫を一番優先するから。
わたしは今日も鼻を一日中グズグズさせながら、薬のせいでぼんやりとした頭で上の空で授業を聞いていた。
わたしが通う横浜市立青西高校では、去年の夏休みに、立て続けに事件が起きた。
わたしのクラスの、山汐凛って女の子がバスケ部員の男子にレイプされたり、男子バスケ部員全員が覚醒剤をやってて逮捕されたり、それからレイプされた凛って子は、これまた同じクラスの加藤麻衣って女の子に売春を強要してて、麻衣って子が体を売って稼いだお金を全部巻き上げてたりとか。
全部警察沙汰になって、テレビのニュースでも毎日のように取り上げられて、学校名も生徒の名前も伏せられていたけれど、ネットの匿名の掲示板とか、そのまとめサイトなんかでは、全部実名がさらされてるって、おにーちゃんが言ってた。
夏休みが明けて、学校に行ったら、山汐凛とか加藤麻衣だけじゃなくて、同じクラスの1/3くらいがいなくなっていた。
冬休みが明けたら、さらに半分いなくなっていた。
みんな転校したみたいだった。
それだけでもかなりの大惨事なのに、3つの事件を、人気の小説家がケータイ小説なんかにしてしまった。
あんな、主人公と作者の名前が大体同じで、どれも「実話をもとにした」っていうのが売り文句の、セックスとドラッグとレイプとDVばっかりの内容で、全部まとめたら日本中の中高生の全員が犯罪者か犯罪被害者になりそうなくらいに似たような話ばっかりで、何がおもしろいのかまったくわからない、素人が自分の性癖や恋愛観をネットに好き放題書きちらしただけの小説が、なんで何百万部も売れたりするのか、全く意味がわからなかった。
そこに、人気の小説家が道場破りみたいにやってきて、恋空とか赤い糸とかよりも大ヒットさせてしまった。
わたしの通う学校は、たちまち聖地になってしまって、巡礼にやってくる信者たちが、後を絶たなくなった。
巡礼者たちへの対策として、学校側はわたしたちに、きつい緘口令(かんこうれい)を出した。
事件のことも、被害者になった生徒のことも、加害者になった生徒のことも、何も知らないふりをしなければいけなかった。
毎朝のショートホームルームでは、「三猿三復唱(さんえん さんふくしょう)」という儀式が行われるようになった。
担任の棗先生が、「見ざる、聞かざる、言わざる」って言った後で、わたしたちが、それを復唱する。
それを三回もしなくちゃいけなくなった。
先生もめんどくさそうにしていた。
おかげで、3年間しかないわたしの高校生活の1年目は台無し。
このままこの高校に居続けて卒業したりしたら、きっと一生、「あぁ、あの高校出身なんだ」って言われ続けるんだろうなって思う。
転校した子たちは、その子たちもその親も本当に頭がいいなって、わたしは思った。
          
春の季節にはかすみが立つかららしい。
春霞(はるがすみ)というそうだ。
そんなものをわたしは一度も意識したことがなかったけれど。
空を見上げたり、遠くの景色を見たり、そんな時間がある人は、よっぽど暇なんだろうなって思う。
すくなくとも、わたしにはそんな時間はなかった。
そもそも、毎年のように例年より暖冬だと言われているのに、今でもそんなものがあるのかな。
そもそも、かすみって何? ってレベル。
仙人とかが食べるやつ? おいしいのかな。
でも、亀仙人って普通のご飯食べてたよね。
あ、カスミソウって花があることくらいは一応知ってるよ。
どんな花かも知らないし、あれ? 花じゃなかった? 草だった? ってくらいだけど。
春霞とか仙人とかと関係あるのかどうかも知らないけど。
まだ一応この国には四季があるけれど、このまま地球温暖化が続いたら、そのうち夏と冬しかなくなるんじゃないかなって思う。
夏はいらないなって、わたしは思う。
わたしは夏が嫌い。
夏休みが大嫌い。
2009年の4月、わたしは高校二年生になった。
わたしはひどい花粉症で、春はあまり好きじゃなかった。
女子校だったら思いっきり鼻をかんだり、はーっくしょんって大きなくしゃみをした後で、おらーとかちくしょーとか、家みたいに叫んだりできたのかもしれない。
けれど、共学だとどうしても男の子の目が気になって、あざとく、かわいく、くしゅんとか、きゅふんっていうくしゃみをせざるを得なくなってしまう。
同い年の男の子よりも精神年齢が高いと言われている思春期の女の子は、小学生の頃からそうやって、あざとく生きることを覚えはじめる。
え? あざとい女子が嫌い?
でも、そういうこと言う女の子って、大体ブスだから、わたしは相手になんかしないし、男の子から相手にもされないでしょ?
その子はそれでいいって思ってるんだから、別にいいんじゃない?
夏も好きじゃない。
地球温暖化のせいか、年々暑くなっている気がするし、おしゃれが好きなわたしにとって、重ね着がしにくい季節は嫌いだった。
暑いせいで女の子におかしなことをする人が増えるし、被害者は女の子なのに、肌を露出してる方が悪いって言われるのは、本当に納得がいかない。
あと、去年の夏にいやなことがあったから、本当に夏は嫌い。
秋も嫌い。また稲とかの花粉が飛ぶから。
わたしは四季の中で冬だけが好き。
一番おしゃれが楽しめるし、こたつも好きだし、みかんも好き。
でも、こたつで丸くなる猫は嫌い。
猫アレルギーだから。
猫好きの人も嫌い。
自分の飼い猫を大切にするのはいいことだけど、身近な人のことよりも飼い猫を一番優先するから。
わたしは今日も鼻を一日中グズグズさせながら、薬のせいでぼんやりとした頭で上の空で授業を聞いていた。
わたしが通う横浜市立青西高校では、去年の夏休みに、立て続けに事件が起きた。
わたしのクラスの、山汐凛って女の子がバスケ部員の男子にレイプされたり、男子バスケ部員全員が覚醒剤をやってて逮捕されたり、それからレイプされた凛って子は、これまた同じクラスの加藤麻衣って女の子に売春を強要してて、麻衣って子が体を売って稼いだお金を全部巻き上げてたりとか。
全部警察沙汰になって、テレビのニュースでも毎日のように取り上げられて、学校名も生徒の名前も伏せられていたけれど、ネットの匿名の掲示板とか、そのまとめサイトなんかでは、全部実名がさらされてるって、おにーちゃんが言ってた。
夏休みが明けて、学校に行ったら、山汐凛とか加藤麻衣だけじゃなくて、同じクラスの1/3くらいがいなくなっていた。
冬休みが明けたら、さらに半分いなくなっていた。
みんな転校したみたいだった。
それだけでもかなりの大惨事なのに、3つの事件を、人気の小説家がケータイ小説なんかにしてしまった。
あんな、主人公と作者の名前が大体同じで、どれも「実話をもとにした」っていうのが売り文句の、セックスとドラッグとレイプとDVばっかりの内容で、全部まとめたら日本中の中高生の全員が犯罪者か犯罪被害者になりそうなくらいに似たような話ばっかりで、何がおもしろいのかまったくわからない、素人が自分の性癖や恋愛観をネットに好き放題書きちらしただけの小説が、なんで何百万部も売れたりするのか、全く意味がわからなかった。
そこに、人気の小説家が道場破りみたいにやってきて、恋空とか赤い糸とかよりも大ヒットさせてしまった。
わたしの通う学校は、たちまち聖地になってしまって、巡礼にやってくる信者たちが、後を絶たなくなった。
巡礼者たちへの対策として、学校側はわたしたちに、きつい緘口令(かんこうれい)を出した。
事件のことも、被害者になった生徒のことも、加害者になった生徒のことも、何も知らないふりをしなければいけなかった。
毎朝のショートホームルームでは、「三猿三復唱(さんえん さんふくしょう)」という儀式が行われるようになった。
担任の棗先生が、「見ざる、聞かざる、言わざる」って言った後で、わたしたちが、それを復唱する。
それを三回もしなくちゃいけなくなった。
先生もめんどくさそうにしていた。
おかげで、3年間しかないわたしの高校生活の1年目は台無し。
このままこの高校に居続けて卒業したりしたら、きっと一生、「あぁ、あの高校出身なんだ」って言われ続けるんだろうなって思う。
転校した子たちは、その子たちもその親も本当に頭がいいなって、わたしは思った。
          
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