あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第29話(第73話)
「ぼくが、夏目メイだから」
加藤学は、そう言った。
その声は夏目メイの声だった。
わたしは、あわてて車から出ようとした。
けれど、助手席のドアにはロックがかかっていた。
「チャイルドロックをかけさせてもらったわ。悪い子が車から外に出ないように」
「どうして……あんたがここに……」
夏目メイは本当に、携帯電話を使って、相手に憑依することができるということ?
わたしには、何が起きているのかわからなかった。
逃げなければと思った。
けれど、逃げられない。
何もできない。
わたしには、目の前にいる学の身体を放ってはおけない。
「あんたさ、電話の声が、自分の声も相手の声も作り物だって知ってる?」
わたしは首を横に振った。
「電話ってね、固定電話なら回線、携帯電話なら電波を使って、遠くはなれた人に声をデータとしてリアルタイムに相手に届けるわけでしょう?
でもね、人間の声ってね、すごく容量が重いの。
録音したもののデータ容量を見るとわかりやすいんだけどさ、一番一般的で一番容量が小さく抑えられるmp3ファイルでも、たった数分で何MBにもなるんだよ。
だからね、それだけの重いデータをリアルタイムでやりとりするのは、不可能なの。
でもね、できてるでしょ。
それにはちょっとしたからくりがあるの。
たとえばあんたが、アリスに電話をかけたとするでしょ?
すると、あんたの声も、アリスの声も、電話会社のコンピュータの中にある声のサンプルから、自動的に似た声に瞬時に変換されるの。
そうすることでデータとしてすごく軽いものになるし、すごく似てるから違和感もない。
でも、あんたがアリスの声だって思って聞いてる声は、勝手に変換された別の誰かの声なのよ。
アリスがあんたの声だって思って聞いてる声もそう。
わたしが何を言いたいかわかる?」
わたしは、また首を横に振った。
「シュウがアリスの声だと思って聞いていた声も、アリスがシュウの声だと思って聞いていた声も、全部作り物だってこと。
シュウは、アリスの本当の声すら知らないまま、死んだの。笑えるでしょ?」
笑えるわけがなかった。
「アリスも、シュウの本当の声を知らない。
二度と聞くことができない。
わたしがシュウを殺したから」
夏目メイは、またわたしを怒らせようとしているのだ。
その手にはもう、わたしは乗らない。
わたしは今、学を夏目メイから取り返さなければいけない。
いつから学が夏目メイに憑依されていたのかはわからない。
けれど、少なくともあの■■■村で夏目メイに出会う前までは、学は学だったはずだ。
学は、わたしを好きになってくれた。
わたしも学を好きになった。
わたしたちはお互いに、わたしは学を、学はわたしを守ろうとしていた。
わたしは自分の身体を夏目メイに明け渡した上で、わたしが彼女に対して行った暴行の罪で、皮肉にも彼女が逮捕されるという、彼女にとって最悪のケースへ向かわせようとしていた。
だから、学は、わたしを夏目メイから守るために、自分が犠牲になることを選んだのだ。
わたしは自分のことしか、兄やアリスが夏目メイにされたことの復讐のことしか考えていなかったけれど、学はいつもわたしのことだけを考えてくれていた。
学はきっと、自分のことはもういいから逃げろ、というだろう。
だけど、そんなにもわたしのことを想ってくれる人は、今までもこれからもきっと彼だけだ。
わたしは、彼を救わなきゃいけない。
諦めたり、手放したりしたら、絶対に取り返しがつかなくなる。
兄を、シュウを失ってしまったアリスのように、死ぬほど後悔する。
わたしは、そんなのはいやだ。
「前みたいになぐりかかってこないんだ? つまんないわね」
夏目メイはそう言って、まぁいいわと言うと話を続けた。
「わたしは作り物の声に乗せて、わたしの人格そのものを、電波を使って電話相手に送ることができる。
だから、わたしは、今ここにいる。
そういうことよ」
加藤学は、そう言った。
その声は夏目メイの声だった。
わたしは、あわてて車から出ようとした。
けれど、助手席のドアにはロックがかかっていた。
「チャイルドロックをかけさせてもらったわ。悪い子が車から外に出ないように」
「どうして……あんたがここに……」
夏目メイは本当に、携帯電話を使って、相手に憑依することができるということ?
わたしには、何が起きているのかわからなかった。
逃げなければと思った。
けれど、逃げられない。
何もできない。
わたしには、目の前にいる学の身体を放ってはおけない。
「あんたさ、電話の声が、自分の声も相手の声も作り物だって知ってる?」
わたしは首を横に振った。
「電話ってね、固定電話なら回線、携帯電話なら電波を使って、遠くはなれた人に声をデータとしてリアルタイムに相手に届けるわけでしょう?
でもね、人間の声ってね、すごく容量が重いの。
録音したもののデータ容量を見るとわかりやすいんだけどさ、一番一般的で一番容量が小さく抑えられるmp3ファイルでも、たった数分で何MBにもなるんだよ。
だからね、それだけの重いデータをリアルタイムでやりとりするのは、不可能なの。
でもね、できてるでしょ。
それにはちょっとしたからくりがあるの。
たとえばあんたが、アリスに電話をかけたとするでしょ?
すると、あんたの声も、アリスの声も、電話会社のコンピュータの中にある声のサンプルから、自動的に似た声に瞬時に変換されるの。
そうすることでデータとしてすごく軽いものになるし、すごく似てるから違和感もない。
でも、あんたがアリスの声だって思って聞いてる声は、勝手に変換された別の誰かの声なのよ。
アリスがあんたの声だって思って聞いてる声もそう。
わたしが何を言いたいかわかる?」
わたしは、また首を横に振った。
「シュウがアリスの声だと思って聞いていた声も、アリスがシュウの声だと思って聞いていた声も、全部作り物だってこと。
シュウは、アリスの本当の声すら知らないまま、死んだの。笑えるでしょ?」
笑えるわけがなかった。
「アリスも、シュウの本当の声を知らない。
二度と聞くことができない。
わたしがシュウを殺したから」
夏目メイは、またわたしを怒らせようとしているのだ。
その手にはもう、わたしは乗らない。
わたしは今、学を夏目メイから取り返さなければいけない。
いつから学が夏目メイに憑依されていたのかはわからない。
けれど、少なくともあの■■■村で夏目メイに出会う前までは、学は学だったはずだ。
学は、わたしを好きになってくれた。
わたしも学を好きになった。
わたしたちはお互いに、わたしは学を、学はわたしを守ろうとしていた。
わたしは自分の身体を夏目メイに明け渡した上で、わたしが彼女に対して行った暴行の罪で、皮肉にも彼女が逮捕されるという、彼女にとって最悪のケースへ向かわせようとしていた。
だから、学は、わたしを夏目メイから守るために、自分が犠牲になることを選んだのだ。
わたしは自分のことしか、兄やアリスが夏目メイにされたことの復讐のことしか考えていなかったけれど、学はいつもわたしのことだけを考えてくれていた。
学はきっと、自分のことはもういいから逃げろ、というだろう。
だけど、そんなにもわたしのことを想ってくれる人は、今までもこれからもきっと彼だけだ。
わたしは、彼を救わなきゃいけない。
諦めたり、手放したりしたら、絶対に取り返しがつかなくなる。
兄を、シュウを失ってしまったアリスのように、死ぬほど後悔する。
わたしは、そんなのはいやだ。
「前みたいになぐりかかってこないんだ? つまんないわね」
夏目メイはそう言って、まぁいいわと言うと話を続けた。
「わたしは作り物の声に乗せて、わたしの人格そのものを、電波を使って電話相手に送ることができる。
だから、わたしは、今ここにいる。
そういうことよ」
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