あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第24話(第68話)
「羽衣ちゃんは何も悪くない」
加藤学はわたしを抱きしめて、そう言ってくれた。
「ぼくの考えが甘かったんだ。
夏目メイがどれだけ恐ろしい女か、ぼくはわかっていたはずなのに。
だから羽衣ちゃんは悪くない。自分を責めないで。
ぼくのせいなんだ」
わたしはもう、何も考えたくなかった。
学に抱いて欲しかった。
わたしがもう何も考えなくてすむくらいに。
わたしが彼を求めると、彼は口にしなくてもわたしの気持ちに答えてくれた。
わたしたちは、互いに体を求め合い、そして眠り、眠るとふたりともおそろしい夢を見た。
だから、起きるとまた体を求め合った。
何日間かそんなことを繰り返して、そしてわたしたちはようやくお腹がすくようになった。
けれど出かけるのも料理をするのも億劫で、冷凍庫にあった冷凍食品のパスタやピラフをレンジで温めて食べることにした。
「この家にいつまでもいるのは危険かもしれない」
ピラフを食べながら学は言った。
「この家は、あの女に知られている。それに、いつアリスちゃんのお母さんが帰ってくるかもわからない」
わたしたちはもう夏目メイの名前を口にすることさえ、お互いに恐ろしかった。
あの村の名前のように■■■■と伏せてしまいたいくらいだった。
それでも、この数日間、彼はわたしが眠っている間に、知り合いのハッカーに依頼して、夏目メイの家から回収した四台の携帯電話の中身を調べてもらったりしてくれていた。
彼があの状況下で携帯電話を四台とも夏目メイの家から持ち出せたのは、固定電話のすぐそばに四台とも無造作に置かれていたからだという。
結果としては、壊れていた内藤美嘉の携帯電話からそれらしきプログラムが見つかり、他の三台についても似たようなプログラムは見つかったという。
しかし、どれが山汐凛の人格であり、どれが夏目メイの人格であり、どれが山汐紡の人格なのかまではわからなかったということだった。
それを判別するためには、プログラム化された人格をパソコン上で起動させるエミュレータが必要になるという。
エミュレータというもののことは、聞いたことがあった。
インターネットに違法にアップロードされたゲームソフトのデータを、専用のゲーム機ではなくパソコン上で遊ぶためのソフトのことを、兄がそう呼んでいた。
学は、そのハッカー「シノバズ」にそのエミュレータの開発を依頼したそうだ。
それはつまり、人の脳を完全に再現させるとまではいかなくとも、少なくともプログラム化された人格を起動し、会話などができるレベルの人工脳を作るということだった。
それが完成すれば、プログラムを少しいじるだけで、全く別の人格を作り出すこともできるようになるらしかった。
同時に、学は別の問題についても考えていた。
山汐凛を主人格とする、山汐紡、夏目メイ、内藤美嘉の人格が、学が考えている通りに携帯電話に中にデジタルデータ化されたプログラムとして人格を移していて、携帯電話を壊したり初期化したりするだけでその人格を殺すことができるのだとしたら、なぜ夏目メイは内藤美嘉をナナセという男をレイプさせる必要があったのか、という問題だった。
夏目メイの目的は、普通の女の子になることだ。
そのためには、主人格である山汐凛を別人格に降格させ、別人格をすべて消し、夏目メイという人格の、多重人格ではないひとりの少女になることが必要だ。
けれど、「普通の女の子」は、二十代のうちに結婚し、三十までには子どもを産みたいと考えるはずだった。
別人格のひとりに過ぎない内藤美嘉を消すために、子どもが産めない体になる必要はなかったし、ましてやレイプされる必要もなければ、その様子をインターネットで生配信される必要もなかった。
学はひとつの結論に達した。
「夏目メイの目的は、普通の女の子になることかもしれない。
だけど、それは山汐凛の体で、ではないんだ」
シノバズというハッカーは、プログラム化された4つの人格のコピーを自分のパソコンにペーストした。
だから、わたしたちの目の前には、四台の携帯電話があった。
「夏目メイの目的は、誰か別の女の子の身体に、まるで多重人格が狐憑きと呼ばれていた頃のように憑依すること。
そして、これまでに培ってきたノウハウを活かして、憑依した肉体の主人格を別人格に貶め、デジタルデータ化して消去し、その女の子として生きていくこと」
そのとき、わたしたちの目の前で夏目メイの携帯電話が鳴った。
公衆電話からだった。
「どうやら彼女は、新しい身体を羽衣ちゃんに決めたようだね」
君のことはぼくが必ず守るよ、彼はそう言って、夏目メイの携帯電話に出た。
          
加藤学はわたしを抱きしめて、そう言ってくれた。
「ぼくの考えが甘かったんだ。
夏目メイがどれだけ恐ろしい女か、ぼくはわかっていたはずなのに。
だから羽衣ちゃんは悪くない。自分を責めないで。
ぼくのせいなんだ」
わたしはもう、何も考えたくなかった。
学に抱いて欲しかった。
わたしがもう何も考えなくてすむくらいに。
わたしが彼を求めると、彼は口にしなくてもわたしの気持ちに答えてくれた。
わたしたちは、互いに体を求め合い、そして眠り、眠るとふたりともおそろしい夢を見た。
だから、起きるとまた体を求め合った。
何日間かそんなことを繰り返して、そしてわたしたちはようやくお腹がすくようになった。
けれど出かけるのも料理をするのも億劫で、冷凍庫にあった冷凍食品のパスタやピラフをレンジで温めて食べることにした。
「この家にいつまでもいるのは危険かもしれない」
ピラフを食べながら学は言った。
「この家は、あの女に知られている。それに、いつアリスちゃんのお母さんが帰ってくるかもわからない」
わたしたちはもう夏目メイの名前を口にすることさえ、お互いに恐ろしかった。
あの村の名前のように■■■■と伏せてしまいたいくらいだった。
それでも、この数日間、彼はわたしが眠っている間に、知り合いのハッカーに依頼して、夏目メイの家から回収した四台の携帯電話の中身を調べてもらったりしてくれていた。
彼があの状況下で携帯電話を四台とも夏目メイの家から持ち出せたのは、固定電話のすぐそばに四台とも無造作に置かれていたからだという。
結果としては、壊れていた内藤美嘉の携帯電話からそれらしきプログラムが見つかり、他の三台についても似たようなプログラムは見つかったという。
しかし、どれが山汐凛の人格であり、どれが夏目メイの人格であり、どれが山汐紡の人格なのかまではわからなかったということだった。
それを判別するためには、プログラム化された人格をパソコン上で起動させるエミュレータが必要になるという。
エミュレータというもののことは、聞いたことがあった。
インターネットに違法にアップロードされたゲームソフトのデータを、専用のゲーム機ではなくパソコン上で遊ぶためのソフトのことを、兄がそう呼んでいた。
学は、そのハッカー「シノバズ」にそのエミュレータの開発を依頼したそうだ。
それはつまり、人の脳を完全に再現させるとまではいかなくとも、少なくともプログラム化された人格を起動し、会話などができるレベルの人工脳を作るということだった。
それが完成すれば、プログラムを少しいじるだけで、全く別の人格を作り出すこともできるようになるらしかった。
同時に、学は別の問題についても考えていた。
山汐凛を主人格とする、山汐紡、夏目メイ、内藤美嘉の人格が、学が考えている通りに携帯電話に中にデジタルデータ化されたプログラムとして人格を移していて、携帯電話を壊したり初期化したりするだけでその人格を殺すことができるのだとしたら、なぜ夏目メイは内藤美嘉をナナセという男をレイプさせる必要があったのか、という問題だった。
夏目メイの目的は、普通の女の子になることだ。
そのためには、主人格である山汐凛を別人格に降格させ、別人格をすべて消し、夏目メイという人格の、多重人格ではないひとりの少女になることが必要だ。
けれど、「普通の女の子」は、二十代のうちに結婚し、三十までには子どもを産みたいと考えるはずだった。
別人格のひとりに過ぎない内藤美嘉を消すために、子どもが産めない体になる必要はなかったし、ましてやレイプされる必要もなければ、その様子をインターネットで生配信される必要もなかった。
学はひとつの結論に達した。
「夏目メイの目的は、普通の女の子になることかもしれない。
だけど、それは山汐凛の体で、ではないんだ」
シノバズというハッカーは、プログラム化された4つの人格のコピーを自分のパソコンにペーストした。
だから、わたしたちの目の前には、四台の携帯電話があった。
「夏目メイの目的は、誰か別の女の子の身体に、まるで多重人格が狐憑きと呼ばれていた頃のように憑依すること。
そして、これまでに培ってきたノウハウを活かして、憑依した肉体の主人格を別人格に貶め、デジタルデータ化して消去し、その女の子として生きていくこと」
そのとき、わたしたちの目の前で夏目メイの携帯電話が鳴った。
公衆電話からだった。
「どうやら彼女は、新しい身体を羽衣ちゃんに決めたようだね」
君のことはぼくが必ず守るよ、彼はそう言って、夏目メイの携帯電話に出た。
          
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