あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第16話(第60話)
「妹の麻衣が消えたのは、ぼくのせいかもしれないんだ」
わたしが知りたかったことを話し終えたあとで、加藤学は言った。
「妹さんに何かしたの?」
「何かしたと言えばしたし、何もしていないと言えば何もしていない……
だから、これは、ぼくの思い込みかもしれないのだけれど……」
彼は、たった一時間程度で、いや、たぶん時間ではなく妹のことを考えた瞬間に、アリスの家を訪ねてきたばかりの頃の彼に戻ってしまった。
「話して」
わたしは言った。
わたしは自分が彼の言うような、アリスや加藤麻衣を救える人間だとは思えなかった。
けれど、彼の言うことは信じられると思った。
彼がそう言うなら、わたしはアリスや加藤麻衣を救えるのかも知れないと。
だから、そんなわたしなら、彼のことも救えるのではないかと思った。
「ぼくは、『夏雲』を書いているとき、まさか『秋雨』を書くことになるとは思わなかったから、今月は本来違う本が出るはずだったんだよ」
それは、可能世界、あるいは並行世界、つまりはパラレルワールドを題材とした小説だったそうだ。
彼の妹が産まれるとき、一度母子ともに大変危険な状態になったらしい。
幸い、妹は無事産まれ、母親も一命を取り留めた。
それは医師曰く奇跡のようなものだったという。
だから、彼は奇跡が起こらなかった世界が、どこかに存在するのではないかと考えた。
その世界において、自分は普通の大学生に過ぎず、小説家になっていないだろう、と仮定した。
そんな彼のもとに、奇跡が起きた世界から妹がやってくる……
そんな物語を書こうとしていたという。
「ぼくが書こうとしていた物語の通りに、妹は友達の目の前で神隠しに遭うかのように消えたんだ……」
彼は、言った。
自分は他人にどう思われようが構わなかったと。
けれど、妹の前でだけはかっこいい兄であろうとしていたと。
だから、こどものころから、妹の前でだけは、どんな無理難題でも、できると虚勢を張って生きてきたのだと。
妹に好かれたかったから。
妹が好きだったから。
だけど、彼の思う通りにはいかなかった。
虚勢を張り続けてきたことで、彼は妹に傲慢な兄だと勘違いされ、ひどく嫌われてしまったという。
「だから、ぼくは妹の誤解を解きたくて、その物語を書こうとしていた。
でも、たぶん妹は、別の世界に行ってしまったんだ。
そこには、妹が知るぼくではないぼくがいて、きっと妹と幸せに暮らしているんだと思う」
わたしは何も言えなかった。
神隠しやパラレルワールドへの転移なんて実際に起きるはずがないと思った。
だけど、山汐凛の話を聞いてしまったあとだったから。
そんなことがあるはずがないと思っていたことが、現実にはある。起きる。
この世界では何が起きても不思議ではないような気がしていた。
わたしは近くにあるスーパーまで連れていってもらうことにした。
3人で笑い合いながら紅茶を飲んだように、3人で晩御飯を食べたいと思ったから。
ケータリングじゃなくて、わたしが料理を作りたいと思ったから。
スーパーの中で彼は買い物かごを持ってくれた。
わたしに作れる料理なんて限られていたけれど、レパートリーのどれでも披露できるように具材を揃えた。
彼の笑顔が、また見たかったから。
「今日は本当にありがとうございました」
わたしは深々と頭を下げた。
「こちらこそ。あんなにおいしいオムライスを食べたのははじめてだよ」
と、彼は言った。
そして、わたしに名刺をくれた。
「今日は本当にありがとう。
何か動くときは必ずその名刺の電話番号かメールアドレスに連絡をして。
それから、ぼくに会いたいときとか。
声が聞きたいと思ってくれたら、いつでも連絡してくれていいから」
わたしをからかうように彼はそう言った。
「毎日しちゃいますよ?」
だから、わたしはそう答えた。
「かまわないよ。
ぼくはたぶん、羽衣ちゃんのことを好きになると思う」
「わたしも学さんのことを好きになると思います」
彼の妹のことは何も言えなかったけれど、わたしには彼にできることがあるのではないかとずっと考えていた。
「わたしやアリスといっしょに暮らしてみませんか?」
わたしは、そう言っていた。
          
わたしが知りたかったことを話し終えたあとで、加藤学は言った。
「妹さんに何かしたの?」
「何かしたと言えばしたし、何もしていないと言えば何もしていない……
だから、これは、ぼくの思い込みかもしれないのだけれど……」
彼は、たった一時間程度で、いや、たぶん時間ではなく妹のことを考えた瞬間に、アリスの家を訪ねてきたばかりの頃の彼に戻ってしまった。
「話して」
わたしは言った。
わたしは自分が彼の言うような、アリスや加藤麻衣を救える人間だとは思えなかった。
けれど、彼の言うことは信じられると思った。
彼がそう言うなら、わたしはアリスや加藤麻衣を救えるのかも知れないと。
だから、そんなわたしなら、彼のことも救えるのではないかと思った。
「ぼくは、『夏雲』を書いているとき、まさか『秋雨』を書くことになるとは思わなかったから、今月は本来違う本が出るはずだったんだよ」
それは、可能世界、あるいは並行世界、つまりはパラレルワールドを題材とした小説だったそうだ。
彼の妹が産まれるとき、一度母子ともに大変危険な状態になったらしい。
幸い、妹は無事産まれ、母親も一命を取り留めた。
それは医師曰く奇跡のようなものだったという。
だから、彼は奇跡が起こらなかった世界が、どこかに存在するのではないかと考えた。
その世界において、自分は普通の大学生に過ぎず、小説家になっていないだろう、と仮定した。
そんな彼のもとに、奇跡が起きた世界から妹がやってくる……
そんな物語を書こうとしていたという。
「ぼくが書こうとしていた物語の通りに、妹は友達の目の前で神隠しに遭うかのように消えたんだ……」
彼は、言った。
自分は他人にどう思われようが構わなかったと。
けれど、妹の前でだけはかっこいい兄であろうとしていたと。
だから、こどものころから、妹の前でだけは、どんな無理難題でも、できると虚勢を張って生きてきたのだと。
妹に好かれたかったから。
妹が好きだったから。
だけど、彼の思う通りにはいかなかった。
虚勢を張り続けてきたことで、彼は妹に傲慢な兄だと勘違いされ、ひどく嫌われてしまったという。
「だから、ぼくは妹の誤解を解きたくて、その物語を書こうとしていた。
でも、たぶん妹は、別の世界に行ってしまったんだ。
そこには、妹が知るぼくではないぼくがいて、きっと妹と幸せに暮らしているんだと思う」
わたしは何も言えなかった。
神隠しやパラレルワールドへの転移なんて実際に起きるはずがないと思った。
だけど、山汐凛の話を聞いてしまったあとだったから。
そんなことがあるはずがないと思っていたことが、現実にはある。起きる。
この世界では何が起きても不思議ではないような気がしていた。
わたしは近くにあるスーパーまで連れていってもらうことにした。
3人で笑い合いながら紅茶を飲んだように、3人で晩御飯を食べたいと思ったから。
ケータリングじゃなくて、わたしが料理を作りたいと思ったから。
スーパーの中で彼は買い物かごを持ってくれた。
わたしに作れる料理なんて限られていたけれど、レパートリーのどれでも披露できるように具材を揃えた。
彼の笑顔が、また見たかったから。
「今日は本当にありがとうございました」
わたしは深々と頭を下げた。
「こちらこそ。あんなにおいしいオムライスを食べたのははじめてだよ」
と、彼は言った。
そして、わたしに名刺をくれた。
「今日は本当にありがとう。
何か動くときは必ずその名刺の電話番号かメールアドレスに連絡をして。
それから、ぼくに会いたいときとか。
声が聞きたいと思ってくれたら、いつでも連絡してくれていいから」
わたしをからかうように彼はそう言った。
「毎日しちゃいますよ?」
だから、わたしはそう答えた。
「かまわないよ。
ぼくはたぶん、羽衣ちゃんのことを好きになると思う」
「わたしも学さんのことを好きになると思います」
彼の妹のことは何も言えなかったけれど、わたしには彼にできることがあるのではないかとずっと考えていた。
「わたしやアリスといっしょに暮らしてみませんか?」
わたしは、そう言っていた。
          
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