あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第10話(第54話)
わたしがこれからしようとしていることは、とてもいけないことだった。
実際に起きた事件や実話を元にしたフィクション、あるいはノンフィクションについて、読者が作者に対して、どこまでが実話で、どこからが創作なのかを尋ねるのはタブーだということは、まだ高校生のわたしにもわかった。
わたしは、将来小説家になりたいと思っていたから。
二代目花房ルリヲと、その父親の初代花房ルリヲに憧れて、小説家になりたいと思ったから。
たとえば仮に、わたしが将来の夢を叶えられたとして、たとえ叶えられなかったとしても、ケータイ小説サイトか、それとも次に流行る小説投稿サイトに、
「ディスカウントショップで兄がわたしを18禁コーナーに連れていこうとしています」
なんていう、19歳の大学一年生の女の子が、血の繋がった実の兄のことが大好きで大好きで仕方ないといった、主人公の女の子がわたし自身の、実話を元にしたノンフィクションという体(てい)の、兄を亡くしたわたしにとってはフィクションでしかない兄妹ラブコメを書くとする。
これは本当に仮の話で、絶対にそんなことはありえないのだけれど。
その作品に対して読者から、どこまでが実話なの? とか、本当に19歳の女の子が書いてるの? とか、本当はアラフォーのおじさんが書いてるんじゃないの? とか聞かれたら、たぶんその作品を書く気が失せてしまうと思う。
読んでくれたことや、興味を持ってくれたことには、本当にありがたいと思う一方で、そんな風に思ってしまうと思う。
そして、読者が絶対に望んでいないようなシリアスな展開に段々と話をもっていって、主人公たちが抱えている問題が解決したのかしていないのかさえよくわからないような状態で唐突に物語を終わらせてしまうと思う。
すぐに別の作品を書き始めてしまうと思う。
二代目花房ルリヲは、夏雲、秋雨と続いたシリーズにはまだ続きがあり、冬と春の物語の全四部作の構想があると、雑誌やネット記事のインタビューで答えていた。
わたしがこれからしようとしていることは、四部作を二部までで終わらせてしまいかねないことだった。
わたしがシュウの妹だと告げれば、死んだ兄だけでなく、自分も小説の登場人物になりたくて、近寄ってきたのではないか? そんな風に思われても仕方がないことだった。
けれど、それでも、わたしは、二代目花房ルリヲに会って、直接「夏雲」の真相を聞きたいと思った。
夏目メイに会いたいと思った。
わたしには、その方法しか思い付かなかった。
「アリスはこれでも文学教授の娘だから、出版社に知り合いもいるし、あの男の名前を使えば、羽衣を二代目花房ルリヲに会わせてあげることはできる」
父親を毛嫌いしているどころか、憎んでいるアリスですら、
「でも、羽衣がしようとしてることは、絶対にしちゃいけないことだよ」
と言った。
「アリスたちは、無断で小説の登場人物にされたわけじゃないの。
彼はちゃんとわたしたちひとりひとりに、と言っても連絡がとれる相手だけだけど、許可をとってから小説を書いてる。
どこまでなら書いていいのか、どこからはだめなのか、ちゃんと直接会って取材をしてから書いてる。
アリスは、直接会うのはいやだったから電話だったけど。
彼は、デビュー作からベストセラーになるような作品を毎月のように次々に書いて、低予算で撮った自主制作映画も世界中で公開されるくらいにヒットして、天狗になってるって言う人もいるけど、そうじゃない。
すごくまじめで、繊細な人。たぶんシュウと同じくらい」
そこまで言われても、わたしの気持ちは変わらなかった。
「羽衣がどうしてもっていうなら、わたしはそれをかなえてあげるけどね」
アリスはそう言って、夏雲の出版社はどこだった? と、わたしに聞いた。
わたしが、出版社名を調べることすらなく答えると、
「羽衣は本当に彼の書く小説が好きなんだね」
と言った。
そして、すぐにその出版社に電話をかけてくれた。
「夏雲」のシュウの妹が、今わたしの家にいる。
二代目花房ルリヲに会いたがっている。
アリスが、二代目花房ルリヲの担当編集者にそう告げると、ちょうどその出版社の編集部に彼がいたようだった。
アリスは住所を伝えて電話を切ると、
「彼、一時間くらいでここに来るって」
わたしにそう言った。
結果だけを先に記しておくとすれば、四部作の残りの二部を彼が書くのは、12年後にさせてしまうことになる。
わたしの身勝手のせいで。
          
実際に起きた事件や実話を元にしたフィクション、あるいはノンフィクションについて、読者が作者に対して、どこまでが実話で、どこからが創作なのかを尋ねるのはタブーだということは、まだ高校生のわたしにもわかった。
わたしは、将来小説家になりたいと思っていたから。
二代目花房ルリヲと、その父親の初代花房ルリヲに憧れて、小説家になりたいと思ったから。
たとえば仮に、わたしが将来の夢を叶えられたとして、たとえ叶えられなかったとしても、ケータイ小説サイトか、それとも次に流行る小説投稿サイトに、
「ディスカウントショップで兄がわたしを18禁コーナーに連れていこうとしています」
なんていう、19歳の大学一年生の女の子が、血の繋がった実の兄のことが大好きで大好きで仕方ないといった、主人公の女の子がわたし自身の、実話を元にしたノンフィクションという体(てい)の、兄を亡くしたわたしにとってはフィクションでしかない兄妹ラブコメを書くとする。
これは本当に仮の話で、絶対にそんなことはありえないのだけれど。
その作品に対して読者から、どこまでが実話なの? とか、本当に19歳の女の子が書いてるの? とか、本当はアラフォーのおじさんが書いてるんじゃないの? とか聞かれたら、たぶんその作品を書く気が失せてしまうと思う。
読んでくれたことや、興味を持ってくれたことには、本当にありがたいと思う一方で、そんな風に思ってしまうと思う。
そして、読者が絶対に望んでいないようなシリアスな展開に段々と話をもっていって、主人公たちが抱えている問題が解決したのかしていないのかさえよくわからないような状態で唐突に物語を終わらせてしまうと思う。
すぐに別の作品を書き始めてしまうと思う。
二代目花房ルリヲは、夏雲、秋雨と続いたシリーズにはまだ続きがあり、冬と春の物語の全四部作の構想があると、雑誌やネット記事のインタビューで答えていた。
わたしがこれからしようとしていることは、四部作を二部までで終わらせてしまいかねないことだった。
わたしがシュウの妹だと告げれば、死んだ兄だけでなく、自分も小説の登場人物になりたくて、近寄ってきたのではないか? そんな風に思われても仕方がないことだった。
けれど、それでも、わたしは、二代目花房ルリヲに会って、直接「夏雲」の真相を聞きたいと思った。
夏目メイに会いたいと思った。
わたしには、その方法しか思い付かなかった。
「アリスはこれでも文学教授の娘だから、出版社に知り合いもいるし、あの男の名前を使えば、羽衣を二代目花房ルリヲに会わせてあげることはできる」
父親を毛嫌いしているどころか、憎んでいるアリスですら、
「でも、羽衣がしようとしてることは、絶対にしちゃいけないことだよ」
と言った。
「アリスたちは、無断で小説の登場人物にされたわけじゃないの。
彼はちゃんとわたしたちひとりひとりに、と言っても連絡がとれる相手だけだけど、許可をとってから小説を書いてる。
どこまでなら書いていいのか、どこからはだめなのか、ちゃんと直接会って取材をしてから書いてる。
アリスは、直接会うのはいやだったから電話だったけど。
彼は、デビュー作からベストセラーになるような作品を毎月のように次々に書いて、低予算で撮った自主制作映画も世界中で公開されるくらいにヒットして、天狗になってるって言う人もいるけど、そうじゃない。
すごくまじめで、繊細な人。たぶんシュウと同じくらい」
そこまで言われても、わたしの気持ちは変わらなかった。
「羽衣がどうしてもっていうなら、わたしはそれをかなえてあげるけどね」
アリスはそう言って、夏雲の出版社はどこだった? と、わたしに聞いた。
わたしが、出版社名を調べることすらなく答えると、
「羽衣は本当に彼の書く小説が好きなんだね」
と言った。
そして、すぐにその出版社に電話をかけてくれた。
「夏雲」のシュウの妹が、今わたしの家にいる。
二代目花房ルリヲに会いたがっている。
アリスが、二代目花房ルリヲの担当編集者にそう告げると、ちょうどその出版社の編集部に彼がいたようだった。
アリスは住所を伝えて電話を切ると、
「彼、一時間くらいでここに来るって」
わたしにそう言った。
結果だけを先に記しておくとすれば、四部作の残りの二部を彼が書くのは、12年後にさせてしまうことになる。
わたしの身勝手のせいで。
          
コメント