あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。
第6話(第50話)
草詰アリスの家は、横浜で一番高い高層マンションの最上階にあった。
タクシーの支払いを済ませるとき、アリスが財布から出したクレジットカードの色はブラックだった。
クレジットカードを魔法のカードだと勘違いして使いすぎてしまう人がいると聞いたことがあるけれど、その色は確か使用限度額が定められていない、どんな高価なものでも買えてしまう、本当に魔法のカードだった。
「お金に困ると人は心まで貧しくなる」
というのが、彼女の父親の言葉らしい。
だから、彼女とその母親は、お金には一切困らない生活を、両親の離婚後も半永久的に父親から与えられているのだという。
彼女から、父親の言葉を聞いて、わたしは確かにそうかもしれないと思った。
お金がないと、人の心は本当に貧しくなる。
自分より裕福な人間を妬み、自分より貧しい人間を下に見て馬鹿にする。
わたしの両親のように。
最終的には犯罪にすら手を染めることもある。
わたしも、彼女がわたしを迎えに来てくれなかったら、いずれは財布の中のお金は底をつき、実家へ帰るどころか、ネットカフェに泊まるお金さえなくなっただろう。
家出少女が食事や泊まるところを提供してもらう代わりに体を差し出す「神待ち掲示板」に書き込むようになっていただろう。
わたしは夏目メイに会うまでは帰るつもりはなかったから、そうなるのは家を出たときから目に見えていた。
夏目メイに会えるなら、そうなってもかまわないとさえ思っていた。
最上階へと向かうエレベーターの中で彼女の話を聴きながら、罪滅ぼしのつもりなのかもしれないけれど、しかし、それでもわたしには、彼女の父親はやりすぎのように思えた。
彼女もそれは同感だったようで、
「でも、あの男の心が一番貧しい。
自分が金持ちだから女が寄ってくるだけってことにすら気付けないんだから」
吐き捨てるようにそう言った。
エレベーターが最上階に着くと、最上階はそのフロア全体がひとつの家になっていた。
すべて、彼女と母親のものなのだという。
わたしが通う高校の体育館くらい広かった。
「あんなものを持たされているから、ママの心は余計に貧しくなった。
毎日ホストクラブ通いで、いつも家にいないの」
だから、彼女はわたしを住まわせることが母親の許可を取らずとも独断でできるのだろう。
「本当はね、シュウが来てくれたときに、そのままここで暮らしてもらうつもりだったの。シュウには話してなかったけどね」
と、彼女は言った。
彼女は今でも、わたしの兄のことが好きなのだろう。
忘れられないでいるのだろう。
わたしと兄は、顔がよく似ていた。
ふたりとも母親似だった。
わたしをここに住まわせることで、彼女は余計に兄を忘れられなくなるだろうと思った。
けれど、忘れたくないから、わたしを住まわせようとしているのかもしれないとも思った。
わたしは、横浜に来るべきではなかったのかもしれないとさえ思った。
「ごめんね」
と。わたしが謝ると、
「なにが?」
と彼女は言った。
「わたしが、あなたの好きなシュウの妹だから、わたしにここまでしてくれるんでしょ?」
「アリスはシュウのことが好き。シュウはもういないけれど、それでも好き。他の男を好きになるつもりはない。アリスがシュウを忘れることはない」
わたしの問いにアリスはそう答えた。
「アリスと、あなたは、ううん、羽衣は……」
彼女はそのときはじめてわたしの名前を呼び、
「同い年だけど、もしシュウが生きていたら、あなたは今頃きっと、わたしの義理の妹になっていたはずだから」
だから、他の誰かじゃなく、わたしが横浜で出会い、夏目メイのところまで導く存在は自分じゃなきゃいやだと思った、と彼女は言った。
わたしを自分のものにしたい、と彼女は言った。
家族だと思ってほしい、と言った。
そう言われて、はい、とすぐに答えられるほど、わたしはまだアリスのことを知らなかった。
だから、懇願するようにそう言った彼女の言葉を、保留にさせてもらった。
「夏目メイの居場所を知ってるの?」
わたしは、彼女に尋ねた。
「知ってるよ」
彼女はそう答えて、
「わたしを抱いてくれたら、教えてあげる」
そう言った。
          
タクシーの支払いを済ませるとき、アリスが財布から出したクレジットカードの色はブラックだった。
クレジットカードを魔法のカードだと勘違いして使いすぎてしまう人がいると聞いたことがあるけれど、その色は確か使用限度額が定められていない、どんな高価なものでも買えてしまう、本当に魔法のカードだった。
「お金に困ると人は心まで貧しくなる」
というのが、彼女の父親の言葉らしい。
だから、彼女とその母親は、お金には一切困らない生活を、両親の離婚後も半永久的に父親から与えられているのだという。
彼女から、父親の言葉を聞いて、わたしは確かにそうかもしれないと思った。
お金がないと、人の心は本当に貧しくなる。
自分より裕福な人間を妬み、自分より貧しい人間を下に見て馬鹿にする。
わたしの両親のように。
最終的には犯罪にすら手を染めることもある。
わたしも、彼女がわたしを迎えに来てくれなかったら、いずれは財布の中のお金は底をつき、実家へ帰るどころか、ネットカフェに泊まるお金さえなくなっただろう。
家出少女が食事や泊まるところを提供してもらう代わりに体を差し出す「神待ち掲示板」に書き込むようになっていただろう。
わたしは夏目メイに会うまでは帰るつもりはなかったから、そうなるのは家を出たときから目に見えていた。
夏目メイに会えるなら、そうなってもかまわないとさえ思っていた。
最上階へと向かうエレベーターの中で彼女の話を聴きながら、罪滅ぼしのつもりなのかもしれないけれど、しかし、それでもわたしには、彼女の父親はやりすぎのように思えた。
彼女もそれは同感だったようで、
「でも、あの男の心が一番貧しい。
自分が金持ちだから女が寄ってくるだけってことにすら気付けないんだから」
吐き捨てるようにそう言った。
エレベーターが最上階に着くと、最上階はそのフロア全体がひとつの家になっていた。
すべて、彼女と母親のものなのだという。
わたしが通う高校の体育館くらい広かった。
「あんなものを持たされているから、ママの心は余計に貧しくなった。
毎日ホストクラブ通いで、いつも家にいないの」
だから、彼女はわたしを住まわせることが母親の許可を取らずとも独断でできるのだろう。
「本当はね、シュウが来てくれたときに、そのままここで暮らしてもらうつもりだったの。シュウには話してなかったけどね」
と、彼女は言った。
彼女は今でも、わたしの兄のことが好きなのだろう。
忘れられないでいるのだろう。
わたしと兄は、顔がよく似ていた。
ふたりとも母親似だった。
わたしをここに住まわせることで、彼女は余計に兄を忘れられなくなるだろうと思った。
けれど、忘れたくないから、わたしを住まわせようとしているのかもしれないとも思った。
わたしは、横浜に来るべきではなかったのかもしれないとさえ思った。
「ごめんね」
と。わたしが謝ると、
「なにが?」
と彼女は言った。
「わたしが、あなたの好きなシュウの妹だから、わたしにここまでしてくれるんでしょ?」
「アリスはシュウのことが好き。シュウはもういないけれど、それでも好き。他の男を好きになるつもりはない。アリスがシュウを忘れることはない」
わたしの問いにアリスはそう答えた。
「アリスと、あなたは、ううん、羽衣は……」
彼女はそのときはじめてわたしの名前を呼び、
「同い年だけど、もしシュウが生きていたら、あなたは今頃きっと、わたしの義理の妹になっていたはずだから」
だから、他の誰かじゃなく、わたしが横浜で出会い、夏目メイのところまで導く存在は自分じゃなきゃいやだと思った、と彼女は言った。
わたしを自分のものにしたい、と彼女は言った。
家族だと思ってほしい、と言った。
そう言われて、はい、とすぐに答えられるほど、わたしはまだアリスのことを知らなかった。
だから、懇願するようにそう言った彼女の言葉を、保留にさせてもらった。
「夏目メイの居場所を知ってるの?」
わたしは、彼女に尋ねた。
「知ってるよ」
彼女はそう答えて、
「わたしを抱いてくれたら、教えてあげる」
そう言った。
          
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