気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第63話 魔王と大賢者の目的とは ①

ニーズヘッグたちは、町で大賢者の目撃情報を得ることができた。

大賢者ともうひとり、フードつきのマントの男がいたという。
おそらくは魔王だろう。

ふたりは、東のランスではなく、北のゲルマーニに向かって行ったようだった。


「アンフィスがこの時代に来たのは、いつだい?
エウロペの城下町の惨劇は見た?」

「俺が過去からあの飛空艇に飛ばされてきた後、すぐにステラたちが来た。だから見てはいない。すべて終わったあとだったようだからな。
だがステラたちから話は聞いてる。
俺の時代にはなかったダークマターという魔素や、それを取り込んだ魔物、カオスやヒト型のカオスという存在のこともな」

この時代の空気はまずいな、とアンフィスは言った。
おそらくは、彼の時代にはなかったダークマターのせいだろう。


しかし、なぜ魔王と大賢者は、ランスに向かわず、ゲルマーニに向かったのだろうか。

エウロペ城には、謁見の間に向かうため、ワープポイントを正しい順番で進まなければいけない空間が存在していた。
おそらくはあの空間から行ける場所は謁見の間だけではなく、魔王や大賢者、そして死んだ国王くらいしか知らない、研究施設のような場所があったのだろう。
そこで、彼らはダークマターやカオス、ネクロマンシーの研究を進めていたのだろう。

城下町にいた4体のヒト型のカオスは、おそらくは彼らによって人工的に産み出された生物兵器だ。
その生物兵器の力を試すため、城下町をその実験場としたのだとすれば、その実験は成功したと言える。
何も知らされていなかったエウロペの魔法使いや騎士たちが城下町に現れたヒト型のカオスやカオスの軍勢の迎撃にあたり、そのすべてを滅ぼしていたからだ。

ニーズヘッグたちがいなければ、この町もすでに滅ぼされていたかもしれない。

彼らの目的は、ヒト型のカオスで構成される魔王軍とでも呼ぶべき軍隊を作る、そんなところだろうか。
かつてペインが死者の軍隊を作ったように。

すでに実験は終わっており、一応は成功している。
だから今はまだこの町やランスでそれを再び起こす必要はないということなのかもしれない。

だが、ヒト型のカオスを倒せる者が魔王や大賢者以外にも存在した。

魔人であるステラやピノアならば倒せるということはわかっていたはずだが、魔人ではなく、ただの人でしかないレンジやニーズヘッグも倒した。
彼らが、ただの人であるのかどうかは少し疑問ではあったが。

レンジの成長速度はおそろしく、その潜在能力は計り知れないものがある。

ニーズヘッグは、ケツァルコアトル曰くランスの竜騎士の歴史上最強の竜騎士ということだったが、彼から見たヒト型のカオスはランスの竜騎士団の部隊長を務める4人の兄たちより少し強い程度だった。

ランスの竜騎士団ならば、多くの犠牲は出すだろうが、数体のヒト型のカオスならば倒せる。
竜騎士が死んでも、ドラゴンがいる。
ヒト型のカオスの力はドラゴンよりはるかに劣る。

ドラゴンより強いヒト型のカオスを作り出さなければ、魔王軍はランスの軍に遠く及ばない。魔王軍足り得ない。

ランスは、魔法をあまり使わない暮らしをしている。
だから、魔王や大賢者にとってはもはや利用する価値すらないということかもしれない。
竜騎士団やドラゴンだけじゃなく、火の精霊フェネクスがいる。
現状では手に余ると考えたのかもしれない。


そして、アンフィスもまたおそろしく強い。
槍を交えたのはほんの一瞬のことであったが、いくら頭に血が上っていたとはいえ、アンフィスの槍の才能はニーズヘッグを上回っていた。
アルビノの魔人である彼は、おそらく魔法もまたピノアと同等の使い手のはずだ。
もっとも彼の存在は、魔王たちにとっては計算外だろうが。


また、カオスの元となるダークマターを浄化する秘術をニーズヘッグらが持っているということを彼らは知っていた。
だが、それが城や城下町全体に結界のようなものを張ることができる範囲のものだということまでは、おそらくは知らなかっただろう。

だから、彼らが今考えているのは、ヒト型のカオスの更なる強化と量産、そしてダークマターを浄化させる秘術の対抗策だろう。


「ゲルマーニと言えば、そこから来たお医者様が、乗り物酔いがひどかったニーズヘッグに、それを治す方法を教えてくれたんだったわね」

アルマの言葉は、大きなヒントになった。
なるほど、とニーズヘッグは言った。

「ゲルマーニは医療大国だ。
医療に特化した魔法の研究が進められている。
魔王と大賢者がランスではなく、ゲルマーニに向かったのは、エウロペにはない魔法を手に入れることが目的なのかもしれない」


          

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