気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第56話 外典 最後の晩餐は繰り返される。~救厄の聖者たち~ ③

十度目の最後の晩餐の席で、アンフィスは、弟子がひとり増えていることに気づいた。

13人だったはずの弟子が14人になっていた。

フードのついたマントを身にまとった男だった。
目深に被ったフードのせいで、顔は口許しか見えなかったが、その口や頬は下卑た笑いを浮かべていた。

「弟子にした覚えがない奴がいるな。おまえは誰だ?
『前回』までは、お前はこの場にいなかったはずだ」

彼は、あえて『前回』という言葉を使った。
目の前の男は、他の弟子たちと違い、自分が同じ時を何度も繰り返していることを知っている。そう感じたからだった。


「お初にお目にかかります、救厄の聖者様。
東の魔法大国エウロペにて大賢者を務める、ブライ・アジ・ダハーカと申します」

男はうやうやしく頭を垂れ、その名を名乗った。

「エウロペには招かれたことがあるが、大賢者なんて奴はいなかったはずだ」

「それはそうでしょう。大賢者はこの時代より1800年ほど後にその座が用意され、私が初の大賢者となったのですから」

「まさか、1800年後の未来から来たとでも言うつもりじゃないだろうな?」

大賢者を名乗る者は、正確には2000年程後の未来から来たという。つまり彼は、最低でも200年近くは生きている、不老長寿の魔人だということだろう。

「もしかして、気づいてらっしゃらないのですか?」

「何がだ?」

「この場にいる、私とあなた以外の存在の時が止まっていることを、ですよ」


アンフィスは気づいていなかった。
目の前の男に気を取られ過ぎていた。
13人の中のひとりだけが裏切り者だと思っていたが、全員が裏切り者だったことのショックも大きかった。


「まさか、お前は時を操る魔法が使えるのか?」

「驚かれるのも無理もありません。
この時代では確か、時を司る精霊は人だけでなく、他の精霊たちにも、その存在をまだ隠していた。
だから当然、人に力を貸すことはなかった。
ですが、あなたが同じ時を既に九回も繰り返し、十度目の最後の晩餐の席に今いることに説明がつくとは思いませんか?」

アンフィスは、自分が死ぬ度に晩餐の席に戻ってくるとばかり思い込んでいたが、そうではなかった。
大厄災の後の荒廃した大地を歩く中で自分が何故死んでしまうのかがわからなかった。記憶になかったからだ。
前回は確かに死んだ。弟子たちに殺された。
しかしそれ以前の8回は、自分は死んだわけではなく、時を巻き戻されていただけだったのだ。

「説明がつくな……
で、お前は未来からわざわざ何をしにきた?」


「大厄災を見にやってきました。
私はただの魔人でしかありません。
だから、アルビノの魔人だけが、いえ、アンフィス・バエナ・イポトリル、あなただけが使えたという、大厄災を引き起こす魔法を見に来たのです」

「俺だけが使える大厄災を引き起こす魔法? どういうことだ?」

「あなたは、大厄災から世界を守る『救厄の聖者』ではなかったということですよ。
あなたこそが、『大厄災を引き起こす者』だった」


意味がわからなかった。


「救厄聖書が記されたのは、この時代より数百年ほど前のことです。

――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
聖者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。

これは、私がその時代にいた、聖書の編纂者であり預言者でもあった男を殺し、預言を書き換えたものなのです。

――救厄の聖者とその12人の弟子が世界を大厄災から守るだろう。
大厄災を起こす者は、銀色の髪と赤い瞳と白い肌を持ち、老いることなく数百年の時を生きる者。

本来はそう書かれていたのです。

言葉というものは、聖書というものは、そして預言というものは、実におもしろいものですね。
わたしは、『大厄災を起こす者が』という主語を『聖者が』と変えただけ。
たったそれだけで、大厄災を起こす者であるはずのあなたは、救厄の聖者としてまつりあげられた。

ここにいる13人のうちのひとりこそが救厄の聖者であり、あとの12人はその弟子に過ぎないのです」

2000年後から来た大賢者を名乗る者は言った。

ここには誰ひとりあなたの弟子はいない、と。


「わたしは、自らの姿を変えることはできませんが、相手の瞳に映る姿ならば、いくらでも変えることができるのです。
10日程前に、聖書に記された天使の姿で彼らの前に現れ、『過去へと時を遡り、預言を書き換えた者がいる』と告げました。
『その者こそが、大厄災を起こす者だ』と」


だから、前回、自分が「この中に、ひとり裏切り者がいる」と告げたとき、彼らは皆、自分を裏切ったわけだ、とアンフィスは思った。
いや、裏切ったわけではない。
最初から信頼関係などなく、彼らは自分を殺すために弟子のふりをしていただけだったのだ。
だから自分は8度も、偽りの聖者であるとして処刑された。


アンフィス・バエナ・イポトリルは、本当に偽りの聖者だった。


          

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