気づいたら異世界にいた。転移したのか、転生したのかはわからない。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。

雨野美哉(あめの みかな)

第15話 カオスは混沌化し続ける。①

レンジは昨晩、三つ首の魔犬ケルベロスと戦い、そしてレオナルドの魔装具の力があったからこそではあったが、最初は手も足も出なかったケルベロスのすばやさを、戦いの最中に上回り勝利した。

ダークマターの正体は、エーテルとは別の魔素がエーテルと一体化したものだった。

リバーステラで11年前に行方不明となり、100年前のこの世界テラに転移したレンジの父は、自らが原子力発電所に勤務していたことから、それをリバーステラからもたらされた負の遺産、放射性物質ではないかと仮定した。

まだそれは確定したわけではない。

しかし、この世界に元々存在するエーテルには、動植物に自我や知性を芽生えさせ、魔物へと進化させる力があった。
それと一体化した放射性物質ならばどんな変化を魔物にもたらしたとしても、おかしくないような気がした。

人がエーテルと一体化して生まれてくるのが魔人であり、動植物がエーテルと一体化して進化したのが魔物だった。
魔物という表現は物騒ではあるが、あくまでエーテルという魔素を取り込んだ動植物のことであり、犬や猫、木々が知性を持ち、人と会話をすることが可能になっていたという。
魔物もまた魔人と同様に人と共存が可能な知的生命体であった。

しかし、ダークマターの出現が魔物を狂わせた。
魔物がダークマターを取り込むことは「混沌化」と呼ばれ、それにより魔物はせっかく手に入れた知性を著しく失う代わりに、獰猛さと強靭な肉体を持つ存在「カオス」へと変化した。

カオスとなった魔物は、人にとってはもはや共存不可能な脅威でしかなかった。


リバーステラには、核実験の際の放射能を浴びてしまったことにより、恐竜の生き残りが巨大な怪獣になるという映画があった。
そして、この世界テラには、エウロペの隣国であるランスに竜騎士がおり、ドラゴンが存在する。
ドラゴンがすでに、魔物がダークマターによって混沌化した結果であり、竜騎士にはそれを使役する力があるのであれば問題はない。
だが、魔物の中でも最も知性が高いらしいドラゴンが、なんらかの方法でまだダークマターによる混沌化をしていないだけだとしたら?
リバーステラの怪獣映画は、テラで現実のものになるのではないか?

あまり考えたくはなかったが、常に最悪のケースを考えて、対策を整えておかなければ、いざそれが起きたときにテラはなすすべもなく滅びる。
テラが滅びれば、リバーステラも滅びる。

レオナルドの死とともにダークマターの浄化方法は失われた。

だからレンジは、それを自らの手で見つけなければならなかった。

そのためには、ダークマターについての知識を深めなければいけなかった。


昨晩レオナルドが言っていたように、三つ首の魔犬ケルベロスは、エウロペの城下町周辺にかなりの数生息しているようだった。

もはやケルベロスは単体ではレンジの敵ではなく、一瞬で屠(ほふ)ることができた。

魔物を一匹殺せば、その死体から発生するダークマターの黒い瘴気に他の魔物が呼び寄せられ、さらに活性化する。
レオナルドの言葉通り、ケルベロスの群れはすぐに現れ、レンジが殺せば殺すだけ群れの数は減っていったが、一匹一匹はより獰猛で強靭に、そしてすばやくなっていった。

群れの最後のケルベロスは、すでにもはや三つ首の魔犬などではなく、数えきれないほどの首や脚や尾を持つただの化け物だった。
最初の一匹とは比べ物にならない程のスピードと獰猛さを持ってはいたが、もはやその動きにはひとかけらも知性が感じられなかった。

すべてのケルベロスを片付けたとき、

レンジの前には一角獣がいた。


後でステラとピノアから聞いた話によれば、それはかつてはユニコーンと呼ばれる非常に知性の高い魔物だったという。
しかしダークマターによってその体は倍ほども大きくなり、角もはるかに長くなったらしい。
知性はやはり著しく失われ、極めて獰猛で、好戦的な存在に成り下がっていた。
そして、そのユニコーンだったものは、モノケロースと呼ばれていた。

足が速く、その速さはケルベロスにも勝るとも劣らず、角は長く鋭く尖っていて強靭であり、どんなものでも突き通すことができるという。

ケルベロス同様、並みの人間では太刀打ちできないはずの相手だった。


だが、モノケロースの武器はその強靭な角だけであった。
その角は、不意をつかれたレンジがみにまとう甲冑「レオナルドメイル」を貫くことはできなかった。

角を甲冑に弾きかえされたモノケロースは、大きく体勢を崩した。

モノケロースがいくら素早くとも、すでに無数の首や脚や尾を持つケルベロスよりも早く動けるようになっていたレンジにとって、その隙をつき身体を真っ二つに切り裂くことは容易かった。

切断面から吹き出した黒い瘴気を、レンジはぼんやりと眺めていた。

その瘴気を、浄化する術(すべ)はもはやない。

繰り返しになるが、瘴気は他の魔物を呼び寄せ、呼び寄せられた魔物をさらに活性化させる。

だから、レンジは再びそれを待っていた。

続いて現れたのは二角獣だった。
バイコーンと呼ばれる、モノケロースと同様、ユニコーンがダークマターを取り込んで混沌化した亜種であった。

体はモノケロースよりもはるかに小さく、おそらくは本来のユニコーンと同じサイズなのだろう。
ダークマターによる混沌化により、体や角を単純に大きくしたものがモノケロースであり、角を二本に増やしたのがバイコーンなのだろう。
同じ魔物でも、ダークマターをどう取り込むかによって、混沌化は異なるのだ。

それはいくら混沌化といえども、もはや進化というべきものなのかもしれなかった。

バイコーンは、レンジには目もくれず、モノケロースの二つに分かれた死体に、二本の角を突き刺した。

角は武器であると同時に、ダークマターを吸収する役割もあったようだ。

バイコーンが角を突き刺した瞬間、モノケロースの死体からは大量に黒い瘴気が吹き出した。

それは、バイコーンの姿が見えなくなるほど濃い瘴気であり、そして瘴気をすべてバイコーンが取り込んだとき、バイコーンはさらに混沌化した姿に進化していた。

馬面はそのままだが、その額に角はなく、体はヒト型に進化していた。
二本の角は、両腕へと場所を移していた。

          

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