怠惰の大罪を背負ったけど何の因果か同時に娯楽神の加護を授かったおかげで働いたら負けの無敵状態になってゲーム三昧
夢を追うもの笑うもの4
おはようございます。
精神的に疲れて仮眠を1時間程取ったのだが、千尋達はまだ帰ってきていない。時間的にはもうすぐ戻ってくるとは思う。
今日の予定では千尋達が一旦我が家に戻ってから俺のアバターを我が家に戻してから生放送用の会場に移動、そこで会見を行う手筈になっている。
今日、俺に出来る事はもう無い。
気は楽なのだが、申し訳無さもある。協力してあげたいが、俺が表に出る訳にもいかない。俺はあくまでも裏方であり、怠惰ダンジョンに於いては守りの要でもある。俺の情報や存在は極力秘密にしていた方が何かと都合が良い。
しかし千尋と純との関係性から俺の存在が浮き彫りになる事は予想している。千尋と純の共通の知人として一番に名前が挙がるのは俺か、美奈というのは間違いない。美奈にも連絡は入れたので今日の会見を見てくれる筈だ、そうなれば美奈が自分で今後の身の振り方を考えて行動に移すだろう。
美奈には迷惑は掛けたく無かったがここまで規模が大きくなれば美奈をこちらに呼ぶ事も視野に入れて動かなければならない。
「美奈が家に戻ってきてくれたら嬉しいけど……」
俺的には美奈に実家に戻ってきて欲しいというのが本音だ。変わった世界での生存競争で美奈が遅れを取るとは思っていない、単純に俺が家族と一緒に暮らしたいだけだ。
可愛いくて、頭が良くて、口が悪くて、でも家族思いで優しい娘なのだ。俺とは真逆の物語の主人公やヒロインになれるような逸材だ。
「彼氏とか出来たのかな、もしかしたら彼氏と一緒に家に戻ってきたりするかもしれないな……そうなったら俺はどうするのが正解なんだろう。兄として出迎えるのか、親父の代わりになってお前に美奈はやらん!とか言えばいいのか……難しい問題だ」
妄想が暴走してまだ見ぬ美奈の彼氏に憎悪を膨らませながら過ごしているとどうやら千尋達が戻ってきたようだ。
「「ただいま」」「ま!」
玄関へ向かい英雄御一行を出迎える。
「おかえり。お疲れ様」
「あぁ、アバターを回収してくれ」
千尋からアバターの入ったカバンを受け取りアイテムボックスへとしまう。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん。気を付けてな」
「「「行ってきます」」」
言葉を殆ど交わすことなくそのまま見送る。
覚悟は出来ているという意思表示なのだろう。
拠点としての防衛力は申し分ない怠惰ダンジョンだが、これから先は戦場が怠惰ダンジョンの外になる。そうなれば何が起きても不思議ではない、今日までの間に出来る事はやってきた。準備は万端、油断も無い、メディアの恐ろしさも理解している、この場所がメディアに露呈する事も想定している、その上で会見を行うのだ。
「世間は度肝抜かれるだろうな……超常の力を持った人類の誕生に」
ダンジョンとモンスターの存在に絶望した人も居るだろう。
逆にワクワクした人も居るだろう。
けれどそんな人達とは既に隔絶した実力を有している千尋の登場は世間にどれだけの影響を与えるのだろうか。
千尋に憧れて無謀な人も増えるかもしれない、今までの日常が戻ってくると安心する人も増えるかもしれない。
何にせよ、千尋という英雄の誕生が世間に与える影響は大きいだろう。
「怠惰ダンジョン総出で見守るとしますかね!」
怠惰ダンジョンメンバーに召集を掛ける。
会見の時間までに集合して貰って皆で千尋と純の勇姿を見届ける為に。
☆ ☆ ☆
我が家で一番大きなテレビが置いてある居間に怠惰ダンジョンに居るメンバーが集まり、会見が始まるのを待っている。
「何か緊張してきた……」
会見とは関係の無い俺が緊張しているのだ、千尋と純の緊張感はどれ程のものなのか想像もつかない。
「マスター!お菓子出してくださいお菓子!皆でお菓子でも食べながら待ちましょう!」
こんな状況でも相変わらずなベルに少しだけホッとする。
「りょーかい」
ベルの要望通りにお菓子をアイテムボックスから取り出すと、横に座るベルが目にも止まらぬ早業でお菓子を搔っ攫っていく。普段はあまり選り好みをしないベルだが、最近お気に入りのお菓子があるようで我先にと確保したいようだ。
「そんな事しなくても誰もベルのお気に入りのお菓子を取ったりしないから、一旦置け」
肉体を得てからベルは本当に変わった。
人間らしいといえば良いのか、子供のような一面を良く見せてくれるようになった。
「はいマスター!」
ベルが確保したお菓子を机の上に置いたのを確認してから追加のお菓子を机に並べていく。
「1人1個ずつな。残った物は回収するから、好きなやつ選べー」
真っ先に動いたのは勿論ベルだ。
無事にお目当てのお菓子を確保出来たのか早速お菓子の封を破っている。
ベルの最近のお気に入りはチーズ煎餅と言えば良いのか、濃厚なチーズの風味が特徴的な薄焼きの煎餅だ。
美味しそうに煎餅を頬張るベルを横目に、他のメンバーも各々好みのお菓子を手に取っていく。
「よーし!皆、お菓子は貰ったな?残りはまた後日だから、回収しまーす」
机一杯に広げたお菓子をアイテムボックスに再び収納した。
俺は緊張しながらもテレビを眺めていると、怠惰ダンジョンのメンバーがベルを甘やかしていた。
既に袋の中身を半分程消化していたベルに英美里が自分が貰ったお菓子を分け与えている。まぁ特段気にする事でも無いのだが、全員で少しづつベルの前にお菓子をお供えしている様はちょっとどうかと思うので軽く注意だけはしておく。
「あんまりベルをあまやかすなよー」
「マスター!これは、お菓子をシェアしているだけです!」
「さいですか……」
皆でお菓子を食べながらテレビを見る。
家庭なら当たり前の光景。
でもうちは少し特殊な家庭なのでそれが無性に幸せだと感じる。血のつながりは一切無く、種族もバラバラ、それでも家族なのだと実感できる瞬間が今なのかもしれない。
「いよいよだな……」
当初予定されていた番組が始まる時刻になるが、テレビに写されているのは緊急会見の文字と地元では有名なホテルのホール。
会場には司会者が用意されて居り、司会者の言葉で会見はスタートした。
「これより。新しく設立されました対ダンジョン民間団体、冒険者協会代表。末永純様より本会見の趣旨の説明を致します。入場まで暫くお待ちください」
純がマイクが並べられた机に向かって歩いてきた。
テレビ画面に映る純は可憐でとても年上とは思えない容姿をしている。服装だけはフォーマルなビジネススーツ姿なのだが予想以上に未成年感が凄い。
「只今ご紹介頂きました、冒険者協会代表の末永と申します。今回はこのような形で突然会見を開いた事、誠に申し訳ありません。視聴されて居られる方には、それ程までに緊急を要する事態という事だけはお分かり頂きたく思います」
登場してから直ぐに深く頭を下げる純。
何を意図しての謝罪なのかは俺には理解出来ないが、何か深い考えがあっての事だと思う。
「それでは!改めて!冒険者協会とはなんぞや?と思ってる方々に軽く説明しますね!」
突然ポップで砕けた口調に代えてきた純。
これもきっと何か深い考えがあっての事なのだ。間違いない。
「ざっくり言うと!ダンジョンを攻略する人の支援と、ダンジョンから得られる資源を利用した商売を行う団体です!それと今から紹介する人が世界で初めてダンジョン攻略に成功した偉大なる英雄!千尋様だー!」
とんでもなく軽いノリで紹介される千尋。
俺には理解出来ない深い考えがきっと。
純の登場と同じように机に歩いて行く千尋。
その姿はまさかの剣道着。
まぁ、千尋に関しては剣道で有名なので知ってる人も少なからず居るのだろうが、わざわざ袴にする必要はあったのだろうか。
「私が世界初のダンジョン攻略者の佐々木千尋だ!今日、私は九重にあるダンジョンへと挑み、ダンジョンの最奥にあるダンジョンコアへと触れ、新たな力を身に着けた!この力があれば今後より多くのダンジョンを攻略する事が出来る!そしてこの力はダンジョンを攻略し、ダンジョンコアに触れる事が出来た人だけが得られる希望の力だ!現状を変えたい者、絶望している者、そういう奴らは私の元へ来い!私が君達をダンジョン攻略者にしてやる!そうすれば地位も、名誉も、勿論金も手に入れられる!命を捨てる覚悟のある奴は今すぐ冒険者協会へ連絡してくれ!冒険者協会の本部は未来の英雄を募集している!以上!」
それから千尋は剣精を発動した。
今日、九重ダンジョンで見た時よりも一回り大きくなった剣精の大剣が千尋の周囲を縦横無尽に飛び回る。
千尋自信もミスリル刀を抜き放ち、一般人が見ても捉え切れない速度で振るう。
千尋はデモンストレーションが終わるや否や画面外へと移動した。
「……これはなんだろう。敢えて詳細な情報は伝えない
って事なんだろうか」
純が企画した会見内容なので詳しくは意図も分からないが、今回の会見の主目的はPCHへの情報流出と協力体制の筈なので現状世間に流す情報はこの程度で良いという事なのだろう。
「はい!皆さんどうでしたか?世界で唯一ダンジョン攻略に成功した人類の新たな希望の力は?私も冒険者協会の代表として、ダンジョン攻略者になる予定なので!皆さんも是非!冒険者協会へ連絡してください!各種SNSやホームページも立ち上げているので!気になった方はキーワード佐々木千尋、末永純、冒険者協会で検索してみてね!それじゃあ!また逢う日まで!ばいばーい!」
純の言葉を最後に会見は終わり、通常のテレビ放送が始まった。
時間にしてみれば10分にも満たない短い会見だったが、千尋の剣精は世間に大きな衝撃を与えた事だろう。
これでPCH側からのアプローチがあれば作戦は成功だ。
「九州は冒険者協会が、関東はPCHが、残りの地域にも新たな団体が生まれるのが理想だけど……駄目そうなら俺達が冒険者協会の支部を作るしか無いんだろうなぁ」
理想は各地方に同じような団体が生まれて、お互いが切磋琢磨し合う事が出来る好循環が発生する事だ。
1つの団体が力を持ち過ぎて良い事は無い。
それは俺達の冒険者協会も同じだ。
「SNSでもチェックしようかな……」
試しに新しく作った千尋のSNSを見てみると、フォロワーの数が更新する度に増えているのが分かる。
「うわぁ……凄い勢いだなぁ。平成の剣姫がダンジョン攻略……もう千尋の過去の偉業についてコメントしてる人居るんだな……恐るべしSNSの民……」
動画共有サイトに上げられた動画の再生数も尋常じゃない速度で再生されているのでひとまずは上手くいっている。
「これでPCH側から連絡来なかったとしたら、無能も良い所だよな……もう作戦成功で良いかも」
勝利を確信しながら、英雄の帰りを待つ。
今日の晩御飯は千尋と純のリクエストで刺身とすき焼き。
「あー……腹減ったなぁ」
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