妖狐な少女は気ままにバーチャルゲーム配信がしたい

じゃくまる

第54話 大晦日とお正月その1

 大晦日といえばどこの国も同じかもしれないけど、特に日本は忙しくなる時期でもある。
 もちろんそれは同じ流れを汲む妖精郷でも同じだ。

 妖精郷の実家の中は今日も人で溢れていた。
 みんな忙しなくあっちに行きこっちに行きを繰り返し、休む暇もなく運んだり片づけたりを繰り返している。
「あの、ボクも手伝いましょうか?」
 近くにいた妖狐族のメイドにそう声をかけてみた。
「とんでもございません! 暮葉お嬢様はこちらの事よりも、年明けに行われる行事の方に集中してくださいませ」
「あ、はい。やっぱりだめですか」
 ちょうど翌日に控える行事の準備が一段落したので何かお手伝いでもできればと思ったけど、これは邪魔になりそうだと思った。
「あぁ、お嬢様。そんなに悲しそうな顔をなさらないでください。でしたら、お嬢様のお得意の『アレ』を仕込んでおいてくださいませ。今日ほどふさわしい日もございませんでしょう?」
 困った顔をしたメイドがボクにそう提案してきた。なるほど、アレなら今日にピッタリか。
「ありがとうございます。さっそく仕込んで夜までに間に合わせますね」
「いいえ。お役に立てたようでしたらよかったです」
 ボクはメイドと別れると厨房へと向かって歩き出した。
 この屋敷には厨房は3つあり、ボクたち個人が使うために用意している場所と、誰が使ってもいい場所、そして料理人の仕事場となる場所がある。
 当然、料理人の仕事場は料理人の聖地なのでお邪魔することはできない。むしろ、今の時間に行っても夜のための仕込みやら明日のための仕込みなどで慌ただしくなっていることだろう。
 となると、向かう先はボクたちのプライベートスペースということになる。

「むぅ」
「お?」
「やぁ」
「あらら、バレちゃった」
「見つかった」
「だからシーって言ったのに~!」
 プライベート用厨房の扉を開けると五人の鬼に出会った。
 それぞれの手にはおつまみ類やお菓子類が握られている。
「君たちはまーたつまみ食いしてたのか」
 勝手知ったるなんとやら。彼女たちは毎回こうなのだ。今更怒る人もいないし。
「おう。暮葉もつまみ食いか?」
 手に何かの飲み物を持った酒呑童子がボクにそう問いかける。きれいにラベルを隠すように持っているけど、あれはおそらく『アレ』だな。
「違うよ。夜に振舞うお蕎麦とお稲荷さんの仕込みだよ」
「今からか?」
「今からやるのはお稲荷さんの味付けお揚げの仕込みだね」
「結構な量になりそうだな。手伝うぜ」
「いいの? まぁどうせつまみ食いのこと黙っててほしいってことなんだろうけど」
「へへ」
 悪びれない笑顔を見せながら、酒呑童子はボクにそう言うと、ほかの子たちに指示を出し始めた。
 まぁなんだかんだ言っても、こういう時には役に立つ鬼だと思う。
「んだよ?」
「な~んでもないよ」
 にやにやしているボクが気になったんだと思うけど、ボクはそう言った。そういえば、この仕込みを手伝ってもらうのは初めてかもしれない。
「ほらみんな、こうやるんだよ? あ、これはボク特製のオリジナルレシピだからね」
 こうしてボクは一人ずつにやり方を教えていった。五人はそれぞれ器用さが異なるから、教えるのは少し大変だったけど。

「おら、熊、星熊、金熊。寝てんじゃねえぞ。茨木見てみろ」
「うぅ、疲れちゃったよ~……」
「うん、さすがに大変だったわ」
「休憩を要求する」
「あはは。みんな料理しないからね」
「一番料理してるのは茨木だからな」
「そういう酒呑こそ、言動とは裏腹に料理は得意だよね~」
「うっせーぞ」
「でも酒呑童子って、見た目だけなら清楚な美少女って感じだからイメージには合うんじゃない?」
 仕込みやら何やらを一緒にやった結果、三人の鬼はばたんきゅーと倒れこんでしまった。
 残ったのは酒呑童子と茨木童子だけだ。
「たしかにね~。でも見た目に釣られて話しかけると俺口調でしょ? みんな驚いて固まっちゃうんだよね~」
 茨木童子がにこにこしながら楽しそうにそう語った。
 そういえば学校で酒呑童子に告白した猛者がいたっけ。あの男子、何て名前だったっけなぁ……。
「見た目特徴は関係ねーだろ? そもそも昔から俺の見た目はこれだ」
「クラゲみたいな転生構造してるから複製に近い状態になってるのかな」
「く~れ~は~」
「あはははははは、たしかに、そうだね。く、くるしい」
 茨木童子がおなかを抱えて笑い転げる。酒呑童子はむすっとしているけど殴ったりはしないようだ。
「たくよ~。暮葉、お前と出会ってから調子狂いっぱなしだ」
「おや? 嫌だった?」
「んなことたぁねぇけどよ」
「ひぃひぃ。あはははははは。はぁはぁ。うんうん。いい変化だよ。粗暴なだけだった酒呑がこうなったのも、暮葉ちゃんのおかげだね」
「お前は一回沈んどけ」
「いやいやいや、まってまってまって。顔はダメ! 女の子が近寄ってくれなくなっちゃうから!」
「おめーも女だろっ!」
「た、たすけて~」
 仕込みが終わってゆっくりできる時間。ボクたちはそんな感じで過ごしていた。こんなに落ち着いた年末でいいんだろうか?
「何黄昏てんだよ。暮葉の本番は明日だろ? 大丈夫なのか?」
 ふとそんなことを考えていると、酒呑童子がのぞき込んできた。
「そっちは大丈夫。多少失敗しても問題はないしね。それより、今日は夜から来るみたいだから、そっちのほうが大変かな」
「あ~、そうか。そういえば年末配信どうすんだ? みんなみたいにやるのか?」
「ん~、なら後でみんなでやろうか。年明けちょっとくらいまでやって、それで寝て朝から頑張ろう」
「おうよ。まぁ何にしても明日は忙しくなりそうだ」
 酒呑童子はそう言うと、手に持ったアレをぐびりと飲み始めた。ホント好きだよね、それ。

 妖精郷の年末年始は人間界と同じくらいバタバタするけど、催し事も多くて楽しい。
 あっちこっちで歌舞音曲が披露されたり、屋台が出たりしているので飽きることはないだろう。
 しかも屋台の種類も多いので、初めて来ても満足できるはずだ。
「そういえばよ、暮葉のとこも屋台出すのか? 毎年毎年屋台コンテストやってるみたいだけど」
「あ~、今回はうちのメイドとか料理長あたりが出すみたいだよ」
 妖精郷のお正月の風物詩ともいえる『迎春! 屋台コンテスト』はとにかく人が集まる。
 コンテストに出る屋台は味自慢が多く、それ目当てのお客さんがたくさんくるのだ。
 それに、コンテストに限った話じゃないけど、お正月に出る屋台は全品無料で提供されているのでなおさらだ。
 ちなみに売り上げとかどうするのかというと、販売数と材料費や人件費などをまとめた書類を持って、後程主催者に請求するシステムを採用している。
 事前に取り決めた金額を単価にして請求するので、結構な売り上げになっているようだ。
「んでもよ。人間界の屋台みたいにそれぞれの屋台で金銭の受け取りをさせるようにしたらいいと思うんだけど、だめなのか?」
「あ~、お金触った手で調理するのは禁止なんだよね。それでこうなったわけ」
「そっかそっか。それは確かにな。でもよく売り上げ誤魔化されたりしないよな」
「うん。流通も管理されてるし、売り上げたらカウントするシステムが導入されてるからね。嘘ついても後でバレちゃうから」
「あ~、あのよくわからない丸い球がそうなのか」
「うん、それそれ。電池要らずで勝手にカウントしてくれるすごい子だよ」
 そう、妖精郷の屋台はすごいのだ。
 ちなみに、新規参入してくる屋台にも衛生教育やシステム教育など、色々な教育を行っている。
 違反したら次に屋台を出せなくなるので、みんなしっかり学んでいるようだ。
「ついでだし、暮葉もなんかだしたらどうだ?」
「あ、一応提供する料理はあるよ。この前試作して許可貰ったんだ。委託するか限定販売するかは考えておくよ」
「お、それは楽しみだな」
「でしょう? まぁ期待しておいて!」
 のんびりした年末の午後、ボクたちはつかの間の休憩を満喫した。
 この後、また明日の準備をしなきゃいけないんだけどね……。

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