青篝の短編集

青篝

夏祭り

君からの返信がきた。
僕はバクバクと暴れる心臓を
抑えることもせずに、
枕に声を埋めて喜んだ。
今から明日が待ち遠しくて、
君からの返信を見返しては
つい口角が上がってしまう。
勇気を出した甲斐があった。


待ち合わせの時間より
1時間も早く来てしまい、
僕は自分の服装や持ち物を確認する。
うん、恥ずかしくない。
思い切って妹のセンスに任せて
どうやら正解だったかな。
携帯電話もあるし、財布もある。
奮発していつもより
2000円くらい多く入れて、
見栄を張るには丁度いい。


待ち合わせ時間の少し前に、
君はキョロキョロと
周りを見ながらやってきた。
君がそうやって首を動かす度に、
君の自慢の長い黒髪が揺れて、
シャンプーの甘い香りが
僕の鼻先まで流れてくる。
ただ、君は僕の嗅覚だけでなく、
視覚まで奪ってしまう。
自慢の黒髪を際立たせるように
紫と紺の暗い色を活かした浴衣。
薄い黒色の帯をシワ一つなく巻いて、
大事そうに小包を持つ君の姿は、
僕には眩しすぎて辛いよ。
あぁ、この心の喧騒を
何と呼べばいいのかな。


子どもみたいに金魚掬いに夢中になって、
せっかく綺麗に着てきたのに
浴衣の袖が濡れてる。
その無邪気な横顔がとても可愛くて、
僕はつい見惚れてしまった。
でも、いくらお祭りが初めてだからって、
ちょっとは落ち着こうよ。
ほら、綿あめでも食べてさ。
え?綿あめも初めてなの?
どう?おいしい?それは良かった。
もう一つ食べたいの?
仕方ないなぁ、先生には内緒だよ?


すっかり、君はご機嫌になる。
綿あめ片手にスイスイ歩いて、
屋台を見ては君は目を輝かせる。
でも、途中で君は友達を見かけたみたい。
どうしようかと戸惑って、
その友達から距離を取る。
そんなに僕からも離れたら、
迷子になっちゃうよ。
けれど、差し出そうとした手を
僕は臆病にもポケットに押し込んだ。
君には、もう来年など来ないと
分かっているのに。
今、手を伸ばして捕まえないと、
君は遠くに行ってしまうと
分かっているのに。


息を切らしてしまった君を連れて、
僕は神社の敷地に入る。
お祭り会場から離れてしまうけど、
ここなら誰も来ないし、
石段もあるから
君が休むにはもってこいだ。
でも、残念ながら
ここから花火は見えない。
君は、花火を楽しみにしてたのに。
でも大丈夫。僕に任せて。
僕はリュックに隠していた
手持ち花火を君に見せた。
本来なら10人くらいで遊ぶ
かなり大きなものだけど、
これしか売ってなかったし、
二人しかいないから選び放題だよ。
すると、君は今日1番の笑顔を浮かべる。
別に、感謝なんかしないでよ。
本当は君に、
空に咲く大きな花を見て欲しかった。
それで、タイミング良く、
僕は君に告白するんだ。


僕の予想通り、
君は線香花火を選んだ。
ロウソクがないから
マッチで火を付けるしかないけど、
君の為に、僕は頑張る。
理科の実験の時に
猛特訓した成果を見せてあげるよ。
ほら、上手くいった。
早く線香花火を出して…って、
持つ方はそっちじゃないよ。
そうそう、ヒラヒラしてる方を
指で摘むようにするんだ。
あまり揺れると落ちちゃうから、
じっとしてるんだよ。
うん、上手だね。
僕も負けてられないや。


パチパチと小さな音を鳴らして、
線香花火は燃えている。
祭りの賑わいから離れた
この暗く古い神社の石段に座って、
僕と君は色々な事を話した。

これからどうするの?

まだ屋台を見て回る?

寒くはない?

病院は寂しい?

いつ治るの?

好きな人とかいるの?

来年も、一緒に――


君がいた夏は、遠い夢の中。
星が輝く夜の空に消えた、打ち上げ花火。


今年もまた一人で来てしまった。
もう、この世界から君が消えて
何年の時が過ぎただろうか。
こうして花火を見る度に、
僕は未練がましく君を思い出して、
あの日言えなかった言葉を
頭の中で何度も反芻する。
どうして、言えなかったのか。
君には次などなかったのに。
それが分かっていながら、
どうして、言えなかったのか。
けれど、もういいさ。
一人でこの神社に来るのも、
今年で最後だから。
来年は、君とは別の人と一緒に
ここの花火を見に来るよ。
この暗く古い神社には来ないけど。
それじゃあ、さようなら。
僕の初恋。


夏祭りの最後、
1番大きな花火を見上げ、
それが完全に消えるまで
僕は遠い空を眺めていた。

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