青篝の短編集

青篝

好きなこと

彼の好きなことは、読書と木登り。
だから、木に登って本を読むことは、
彼にとっては至高の時間なのだ。
もし、彼の時間を邪魔しようと
企んだ者が現れたら、
彼は機嫌が悪くなる。
いや、かなり怒る。
普段は温厚な彼が本気で怒ると、
はっきり言って
手のつけようがない。
過去に、学校で1番の問題児と
言われていた藤寺君に
土下座をさせたことがある程だ。
気性が荒くて、
喧嘩も滅法めっぽう強かった藤寺君の
あの腰の引けた有様は、
今も他の生徒達の記憶に
ばっちりと残っている。

今日の昼休みも、彼は木に登り、
太めの枝の上で本を開く。
彼曰く、木の上は涼しくて
とても落ち着くのだそうだ。
その木の下に、人の影が立ち並ぶ。
彼らは藤寺君の友達で、
言ってしまえば
藤寺君の敵討ちに来たようだ。
野球部から借りたのであろう
金属バットを持ち、
彼のいる木の下を囲う。
その数、7人。

「おい、秋鳴あきな
そんなとこで本なんか読んでねぇで、
俺達と一緒に遊ぼうぜ?」

彼らは口元をニヤニヤさせながら、
木の上の彼――秋鳴を見上げる。
ちなみに秋鳴というのは苗字で、
彼の下の名前は真花しんかだ。
女の子っぽい名前で
度々誤解されるが、
本人は全く気にしていない。

「うるさいから、
向こうに行ってくれ」

本から一切視線を離さずに、
秋鳴は彼らに言う。
が、その秋鳴の態度が
彼らの逆鱗に触れてしまい、
彼らは目配せをして
バットを振る。

「なら、力づくで
お前を降ろすしかねぇな!」

あろうことか、
彼らは秋鳴の登っている木に
バットを振り、
木そのものを折ろうと
しているではないか。
木の直径は約30cm。
決して折れなくはないが、
まだ中学生の彼らが
バットのみでこの木を折るのは、
一筋縄ではいかないはずだ。
これがもし先生に見つかれば、
大目玉どころでは済まされない。

「はぁ、はぁ…交代!」

彼らは二人ずつ交代して
秋鳴のいる木にバットを振る。
木の皮がボロボロと落ち、
木の揺れが大きくなっていく。
藤寺君の友達だけあって、
それなりに筋力と体力はあるらしい。
このペースでいくと、
あと数分もしたら
この木は折れてしまうだろう。
しかし、それは秋鳴が許さない。

「静かにしてくれないかな」

ちょうど彼らが
交代したところで、
秋鳴は彼らに声をかける。
それと同時に、
彼ら全員の頬を何かが掠り、
血が流れてきた。

「次は目を潰すよ?」

秋鳴の手には、
開いたままの本と
この木の物と同じ葉っぱが握られている。
彼らが木に攻撃した際に、
葉っぱが落ちてしまったのだ。
本の上に落ちてきた葉っぱを、
秋鳴は彼らに投擲した。
全員の頬を掠めるように、である。

「――っ」

頬を僅かに伝う血を拭うと、
彼らは怯えたように秋鳴を見る。
秋鳴の手には、
先程と同様に葉っぱが握られている。

「俺、何も知らねぇから!」

彼らの一人が、
そう言うと走り出す。

「お、俺も!」

「近藤が悪いんだ!」

一人、また一人と
彼らはしっぽを巻いて逃げていく。

「おい!俺のせいにするな!」

先頭にいた近藤という生徒も、
秋鳴を振り返ることなく
彼らを追って走っていった。
秋鳴が一人になると、
嵐が去ったように静かになる。
秋鳴は本には目を落とさず、
すぐ傍らに優しい眼差しを向ける。

「ごめんな。怖かったろう?」

秋鳴の目に映るそれは、
巣の中で鳴いている鳥のヒナだ。
秋鳴のことを見上げて、
ピーピーとただ喚いていた。
秋鳴は頬に笑みを浮かべ、
読書に戻ってしまうのであった。

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