元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
持ち味!
「みんなおはよう。」
「「おはようございます!」」
「今日の試合は2試合目で、球場はこの前波風と試合したところだから、軽く練習してからウォーミングアップがてら球場までランニングしていこうか。」
「「はいっ!」」
「後、昨日発表したスタメン変更したから今のうちに伝えておくね。」
1番.四条(二)
2番.江波(中)
3番.時任(右)
4番.月成(遊)
5番.七瀬(捕)
6番.西(投)
7番.円城寺(三)
8番.青島(一)
9番.奈良原(左)
「円城寺が4番から7番に変更で、月成から梨花までが打順繰上げね。」
皆が少し心配そうに円城寺のことを見ていた。
これだけを聞くと円城寺をただ降格させたようにしか聞こえないだろう。
なので、一応円城寺のためにも説明はしておくつもりだ。
「別にヒットが出てないから打順を落とした訳じゃないよ。もしそのつもりなら昨日の打順から7番にするよね?」
円城寺は真っ直ぐな目で俺の事を見ている。
他の選手たちも自分の事じゃなくともしっかりと話を聞いている。
「この前の試合の円城寺のバッティングは何も悪くなかった。悪いところがあるとすれば、俺の指示が良くなかった。」
「え?東奈さんの指示ですか?」
「そう。打撃はほんの僅かのズレが大きな差を生むことはわかってるよね?あの試合の打球は全てライナー性のゴロばっかりだったね?」
俺が円城寺だけに伝えればいい事だったが、これは他の選手も言えることなのでついでにみんなにも聞いてもらうことにした。
「円城寺には練習ではフルスイングして、強い打球を打つように意識してもらってるよね?」
「はい。毎日言われるので、フォームを崩さずにフルスイングを心掛けています。」
「多分だけど、この前の試合は変化球を狙ってセンター返しを心掛けていたと思うけど、あれはフルスイングじゃなかったと思うんだよね。」
「えーっと…。8割くらいの力でボールに合わせるバッティングをしてたかもしれません。」
「多分、俺もそうだと思う。例えばだけど、フルスイングした時のスイングスピード120km/hだとすると、8割の時は115km/hくらいだと思う。」
「それくらいかもしれないですね。」
「俺の言いたいことは、常日頃120km/hくらいのスイングで打ってる円城寺が、スイングスピードを下げて打った時にどうなるか分かる?」
「自分が思ったよりも体の近くで打つことになると思います。」
「多分、その僅かな差で打球が抜けなかったと思う。変化球の打ち方はよかったけど、フルスイングさせるべきで、それは俺の指示ミスだったよ。」
俺は自分の指示ミスを円城寺に謝罪した。
選手たちはそんな細かいことで謝るの?という感じで驚いていた。
「気にしないでください!あたしの実力不足なので!」
「だから、今日はどんな場面であってもフルスイングをしてきて。ランナー進めるとか犠牲フライとか気にせずにとにかく自分のバッティングをしてきて。結果はいずれ付いてくるから。」
「ですが…。勝つためには…。」
「別にそこは大丈夫。そのために打順を下げたし、これまでやってこなかったことをいきなりやろうとしてはダメ。」
俺はこの話の流れで、全員に向かって伝えることにした。
「この大会は自分のプレーに自信を持ってやって。勝ちたいのは分かるけど、これまでやってきたことを変えても勝ちには繋がらない。もしそれで負けたら実力が足らなかったってことだと俺は思う。」
「はい!東奈くんを信じて頑張ります!」
すぐに俺に返事してくれたのは夏実で、夏実を皮切りに続々と選手たちから力強い返事が返ってきた。
「それじゃウォーミングアップして、その後は打撃練習するから。」
「みんな気合い入れていくぞー!」
「「おおぉぉ!!」」
選手たちは一丸となってウォーミングアップをしにいった。
いつもはバラバラと走っているが、今日は選手たち全員まとまってウォーミングアップを始めた。
こういうのを見ると、やはりチームスポーツなんだなと思っていた。
いつもみんなバラバラに走るのがいいと言いながらも、試合前のテンションが高まった時は全員でまとまって行動するんだなと興味深く観察していた。
「東奈くん。おはよう。」
「監督。おはようございます。」
「みんな調子良さそうだね。今日の試合はどれくらいの確率で勝てそう?」
「梨花次第ですけど、梨花の調子が良ければ70%〜80%くらいは勝てると思います。」
「慎重な東奈くんがそこまで言うってことは結構有利だと思ってるんだね。」
あまり大きなことを言い過ぎると期待させてしまうので、あまり言わないようにしている。
小濠高校は確かに福岡でも強い高校の1つには入るが、どちらかというと男子野球部の方が強い。
俺が野球をやっていた時、1年生の時から特待生の話が来ていたことを思い出した。
中学生時代の監督には少しだけ悪いことをしたと思っていた。
今思うと、この白星というチームから急に桔梗がいなくなるようなものだったんだろうか。
もし、今の1年生達の誰かが野球を辞めると言い出したら俺はどうするのだろうか?
自分自身で決めたことを尊重しようと決めているので、辞めることを止めることは出来ないかもしれない。
俺は試合前でテンションの上がってる選手を横目に、1人勝手にテンションが落ちるのであった。
選手たちに指導をし始めると、先程まで何故落ち込んでいたかを思い出せなくなった。
わざわざ2年生たちも1年生の為に朝早くからグランドに来て、練習を手伝ってくれていた。
この後2年生達は俺たちの試合ではなく、友愛の準々決勝のサポートに向かうらしい。
姉妹校がどんな経営になってるか分からないが、学校のお偉いさんは是が非でも甲子園出場を決めて欲しいんだろう。
友愛も今日の福岡商業戦に並々ならぬ気合いで向かっていくだろう。
1年生たちも高いテンションと気合いを見せているが、それでも友愛の選手たちとは全然違うはずだ。
俺たちは軽い練習を終えると、試合会場に向かっていった。
バックを背負いながら、みんなゆったりと球場まで走っていた。
軽く走って10分くらいしかかからないので、あっという間についた。
俺も当たり前のように一緒に走っているが、男の俺が女子野球部に混ざって走ってるので、外では変な目で見られる。
技術的なトレーニングは一緒にすることは無いが、ダッシュやランニングや筋トレなどは選手と一緒にこなすことも多い。
自分がやらせてるトレーニングを一緒にやることで、きついトレーニングであっても文句を言わせないようにしている。
と言っても、選手たちからブーイングが出るほどの練習をさせたことはまだない。
グランドに着くと、試合は3回表がちょうど終わったくらいでかなり早めの試合展開だ。
「え?もう3回裏?」
試合始まって20分ちょっと経っていないくらいで、もうここまで試合が進んでいた。
このペースだと1時間くらいで試合が終わりそうな勢いだ。
1試合目は、俺が準決勝で戦いたい相手の福岡国際と、筑後地区の強豪西日本大学付属高校が試合をしている。
西日本大学高校も男子野球部が強く、その流れで女子野球にも力を入れ始めている。
姉の影響だけではないだろうが、福岡の女子野球人口の増加はかなりのもので、グランドが足りないという地域もあるらしい。
基本的には福岡市内の高校が強く、四強のうち三つが福岡市内の高校で、福岡国際高校だけが北九州地区の高校だ。
こんなに早い試合展開は早々あるものではない。
もちろん0-0で、3回裏の西日本付属の攻撃は7番バッターからの攻撃だった。
マウンドには柳生の姉の結衣が上がっている。
バックスクリーンにはHが0と表示されているので、2回をノーヒットで抑えてるみたいだ。
3回裏もたった6球で三者凡退に抑えて、かなりキビキビした動きでベンチに戻っていた。
うちは体を動かしてきて、ある程度体を作ってきているので選手たちも試合を見ながらリラックスしている。
逆にあまりに早い試合展開に焦っていたのは、今日の相手のチームの小濠高校の方だった。
急いでウォーミングアップを選手達に指示して、選手たちはすぐにグランドの外でウォーミングアップを開始したようだ。
「みんなも身体を冷やさないようにね。ストレッチし過ぎもよくないから、程々に体を動かしつつ、観戦でもランニングとかキャッチボールとかしておいて。」
「「はいっ!」」
向こうの監督はかなり厳しそうな人で、指示する時もかなり声を荒らげて選手達に指示している。
選手たちもかなり早い動きで、チーム全体でまとまって練習を開始していた。
俺はその様子を横目に見つつ、かのんと雪山が馬鹿みたいに騒ぎまくっている。
この2人に関しては注意しても直らないし、ふざけている訳ではなく素振りをしながら会話に花が咲いている。
「東奈くーん!今日もジャンケン勝ったよ!後攻選んできた!」
「お。夏実はジャンケン強いんやね。」
「えへへ。たまたま運がいいだけだよ。」
夏実が後攻を勝ち取ってきた。
後は今日の試合の要になる梨花がマウンドに上がって、どんなピッチングを見せられるか。
1試合目は本当に凄い早さのスピードで試合が展開されていく。
0-0のままで試合が進んでいき、6回表の福岡国際の攻撃で柳生の姉の結衣の四球を皮切りに、上位打線が繋がり一挙に4点を取る事に成功した。
福岡国際のスタメンには俺のスカウトした選手が2人いた。
その選手たちは今日の試合に勝った時に情報共有することにしよう。
小濠高校
1番.平田(右)
2番.大島(左)
3番.才川(投)
4番.柊(中)
5番.宮根(捕)
6番.阿部(二)
7番.京田(遊)
8番.木下(一)
9番.高橋(三)
とにかく注意しないといけないのが3.4.5番で、まぁまぁいいバッターが揃っている。
それでも梨花の球を打てるかといえば微妙なところだろう。
キャッチボールを見ている感じは特に問題なさそうなので、とにかくマウンドに上がって、立ち上がりがいいことを祈るだけだ。
準々決勝は6回裏に柳生の姉が四球と連打で2失点したところで、ライトを守っていた選手がマウンドに上がった。
ツーアウト1.2塁の場面でマウンドに上がり、かなり豪快なフォームから繰り出されるストレートは威力抜群だった。
4球全てストレートで押し込んで、最後の一球は俺のスピードガンで124km/hをマークしていた。
「滝本楓か。福岡県出身じゃなさそうだな。」
「あいつこっちに来てたんか。」
キャッチボールをしていた梨花がいつの間にか俺の隣に来ていた。
梨花の口ぶりだと知り合いなのかもしれない。
「知り合いじゃねぇよ。山口の山国って所あるんじゃが、そこの選手じゃ。」
「広島からならそんなに遠くないから知っててもおかしくないか。」
「中学ん時に他のピッチャーが立て続けに投げれんことがあったんじゃ。そんときに投げあったから覚えとるわ。」
梨花は練習試合などでたまに投げさせてもらえるだけだったらしいので、先発して投げ合った珍しい相手として覚えていたみたいだ。
「あいつはピッチャーっていうか、最上に近い選手じゃ。バッターとしてもピッチャーとしてもパワーで何とかしようとする奴やったはず。」
「なるほどね。この1年生大会のレギュラーは今日から試合に出始めたらしい。それまではベンチメンバーで勝ち上がって来たっぽいね。」
「ふーん。九州大会三回戦で負けてこっちに来たってわけか。」
梨花はそれだけ伝えに来ると、またキャッチボールをしに戻っていってしまった。
福岡国際も福岡最大級の部員数を誇っているだけあって、中々個性的な選手をスカウトしていた。
結局試合は最終回にも福岡国際が1点を入れて、その裏も滝本さんのストレートゴリ押しのピッチングで試合を締めていた。
5-2で福岡国際が一足先に準決勝へ進出してきた。
俺の目標の一つである福岡国際との試合はこの試合に勝てれば達成出来る。
「よしっ。絶対勝つぞ!」
「今日も気合い入れて絶対に勝つぞぉ!!」
「「うおぉぉし!!」」
俺の声掛けに釣られて、キャプテンの夏実が大声で全員に檄を入れた。
選手たちは試合開始の挨拶をしにホームへと駆け出して行った。
ついに、小濠高校との準々決勝の戦いの幕が開けた。
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