元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

駆け引き!



試合後、マネージャーから今日のスコアブックを借りて、自分で使っているスコアブックに今日の結果を写すことにした。


試合結果


野手成績

結果打安本点得四死盗犠
四条310000000
王寺200000000
中田300000000
時任220011000
円城300010000
七瀬320110000
江波210010000
花田210000000
雪山310100000


途中交代

結果打安本点得四死盗犠
月成110200000
市ヶ100000000
奈良100000000



投手成績

結果回安振四死失責 球数
中田7653022 112球



試合が終わって、選手たちのクールダウンが終わると今日の総括を始めた。

今日の試合は結果だけ見ると、そんなに悪い試合内容ではない。



今日も昨日に続いてMVPは美咲だろう。
その次に難しい代打で決勝点を上げた月成。
それと同率でリードが冴えていて、2本の長打でチャンスメイクと打点をマークした七瀬。



「ウチがMVPじゃないんッスか!?ファインプレーに同点打も打ったのに…。」


雪山を忘れかけていたが、確かにあのセカンドの守備は上手かった。

同点打と言い張っているセカンドゴロも、最低限の仕事は出来ていた。



「雪山は実力の割にはかなり頑張った方だと思う。次の試合もスタメンで使うことを考えてみるよ。」


「ホントッスか!?やっほぉー!!」


この大会は雪山は全試合スタメンで使おうとは思っていた。

合宿で問題を起こしてからは真面目に練習に取り組んでいるし、今日も活躍はしていたので使わない理由もない。



それよりも気になったのは円城寺だった。
さっきからずっと悔しそうに下を向いたままだ。


前の試合も2タコ、この試合も3タコとゲッツーが1つ。

確かに結果は出ていないけど、打席の内容だけでいえばこの試合の選手の中で1番良かった。

苦手な変化球をセンター方向に上手く弾き返していたし、最後の打席も下手にストレートを狙わずに、初志貫徹でスライダーを狙ったのも工夫を感じ取れないと言われればそうかもしれない。



「円城寺。今日はヒット出なかったけど、俺のサイン通りのバッティングは出来てたし、結果だけで一喜一憂し過ぎるのもよくないよ。」


「そうでしょうか…?」


「明日は練習休みだろうから、空いた時間に俺のところに来て。今日の映像を見ながら説明するから。」



「…はい。明日改めてご指導宜しくお願いいたします。」


俺が責めてるように聞こえたのか、選手たちからは少しだけ睨まれたような気がしたが、それは選手たちの勘違いなので気にしないことにした。


凛の打撃のことは試合中に話しておいたので、次の練習中にでも指導することにした。


「こんなところかな?来週の土曜に準々決勝だけど、相手はこの後の試合の勝者と試合することになるから、このまま試合を見ていくからね。」


「「はいっ!」」


「観戦する時並んで見てるけど、自分が好きなところから見ていいよ。後ろからよりも横とかがいいって人もいるだろうし。それじゃ、試合見るのもだからね。」



一旦ミーティングを終えて、選手たちは仲の良いグループでバラバラに別れて次の試合の見学をするようだ。


俺の1番映像が撮りやすいバックネット裏でカメラを設置して、1人で試合を見ながら今日の試合の課題点から練習内容の見直しを始めた。



「龍兄ちゃーん。お疲れ様ー!」


「穂里?今日も来てたのか。今日の試合どうだった?」


「悪くないんじゃないかな?あんまり見所なかったけどねー。あ!6回の代打の先輩の打席は面白かったよ!」


「月成の打席か。どんな風に面白かった?」


「なんて言えばいいのかな。背筋がピンっとなる感じ!」


穂里の感覚はあまり理解出来なかったが、目の付け所は悪くないし、俺はそれだけでとりあえず満足した。



「あ、穂里。これからお世話になる可能性が高い先輩連れてくるから待ってて。」



「はーい。」


穂里に早めに紹介しておきたい人物といえば、まずは監督が思い浮かんだ。


穂里も白星に入るとは言っていても、1年半後の穂里は、更に上を目指して違う高校に行く可能性だってある。


変に期待させてもよくないと思って止めることにした。


俺の幼馴染でもあり、ポジションは違えども穂里のいい目標となれる桔梗を連れてくることにした。



「初めまして。橘桔梗です。龍の従兄妹さんなんだよね?」


「初めまして!宍戸穂里です!龍兄ちゃんの家に引っ越してくることになりました!1年半後に白星に入学する予定なので、その時はよろしくお願いしますっ!」



穂里が桔梗をどう思っているかは分からなかったが、桔梗は俺の従兄妹でもあり、最も尊敬する姉の光の従姉妹のことを無下にしたりはしないだろう。



「なら関わることも多くなるし、穂里って呼んでもいいかな?」


「はい!是非そう呼んでください!」


「うんうん。いきなりだけど穂里は光さんを目指してこっちに来たの?」


穂里は姉の名前を聞いて少しだけ顔を曇らせたが、姉が嫌いなわけでもなんでもないので、すぐにいつもの表情に戻って返事をしていた。



「違います。光姉さんじゃなくて、龍兄ちゃんのような凄い選手になりたくて、その凄い龍兄ちゃんに直接教えて貰いたくてこっちに来たんです!」



「そうなんだね。いいと思う。」


桔梗は憧れの人が姉じゃなくて、俺だと言われて少し驚いていた。

それでも穂里の真っ直ぐな言葉を理解したのか、お世辞ではなく素直に俺のようになりたいという言葉を肯定していた。



「橘先輩っていい人だね。」


「そうやね。きっと穂里にとってもいい先輩になると思う。」



桔梗には聞こえないように2人で話していた。

桔梗は話しながらも、次の対戦相手になる試合に意識が移っていた。




「ハロー。東奈くん両手に華だね。」


「え?三海さん?なんでこんな所に?」


「橘さんに試合の会場聞いてたから、試合見に来ちゃった。」


桔梗は三海さんのことを悪い人ではないと断言していた。

それから2人は交流があったのか、連絡先まで交換しているみたいだった。


それにしても、野球のグランドにスタイル抜群で綺麗すぎる女の人が現れると、ミスマッチ過ぎてこっちがソワソワしてしまう。



「りゅ、龍兄ちゃん…。このモデルさんみたいな人って彼女さんだったりする…?」

「違う違う!!三海さんに失礼だから!」


穂里の嫉妬と羨望の眼差しは、俺の一言でどちらも消えてしまった。

俺にこんな彼女がいることへの嫉妬と、こんな彼女がいる龍兄ちゃんは凄いという感情だったんだろうか?



「ふふ。盗み聞きしちゃう形になってごめんなさい。穂里さんは東奈くんの従兄妹さんなんだよね?私も白星高校に通ってて、東奈くんのクラスメイトの三海花桜梨です。」



「はいっ!宍戸穂里です!」


俺と穂里は血が繋がっているので、三海さんに対して警戒するかと思いきや、緊張するだけでそんな様子はなかった。



「そんなに緊張しなくてもいいのに。野球部の先輩ではないから、花桜梨さんでもちゃんでも好きに呼んでくれていいからね。」



「な、なら花桜梨さんでお願いします…。」



「それよりもここにわざわざ来たってことは、何か用事でもあった?」


「さっきも言ったけど、試合見に来ただけだよ?東奈くんはいつも私のこと疑ってるよねー。」


「ま、まぁそれならいいけど…。」


疑っていることは事実なので、そこは触れないようにした。

桔梗や穂里に挟まれているのは気にならないが、このお洒落過ぎる三海さんと居るのは気まずい。


三海さんは注目を浴びるし、私服というのが尚更よくない。

見ようによっては俺が彼女を連れてきたみたいに見える。


「さっき天見先生に聞いたけど、この大会は東奈くんが監督なんだね。どう?監督としてチームを率いる気持ちは。」


「うーん。緊張はしないけど、精神的に疲れるかなぁ。試合中はいいけど、試合前とか試合後とかに急に疲れが来る感じ。」



「へー。東奈くんみたいな人でもそうなっちゃうんだね。」



「俺は野球の実力はあっても、そういう所は普通の人とそう変わらないと思うけどね。」



「そういうことにしておくね。それと私が野球部に入ることに反対してたよね?」



二、三ヶ月前に彼女からレギュラーは目指さないけど、たまに試合に使うくらいでいいし、選手達のサポートもするから入れてくれないかと言われていた。


その時は断ったが、改めて話すということは何かしら俺に提案を持ってきたんだろう。



「練習も毎日出ないんだよね?それなら他の人にも示しがつかないし…。」


「モデル事務所に入ってるから、練習に来れないこともあると思う。だから、レギュラーにはなる気は無いし、練習とサポートを半々でこなすってこと。」



「うーん。天見監督はそれでいいって言ってた?」



「うん。けど、東奈くんを完全に納得させないとダメだって。だから、勝負できるカードを持ってきたよ。」



三海さんは何かを企んでいるような綺麗な顔の下に、薄らと悪魔が顔を覗かせていた。


大人の余裕?なのだろうか?


雰囲気が読める俺でも彼女だけは相性が良くない。


同級生とは思えないくらい、何枚も上手な彼女がカードを持ってきたと言われると勝てる気がしない。



「ま、まぁ。一応そのカードの内容を聞かせてもらおうかな?」


思わず声が震えてしまったが、三海さんは何も悟らせないようにしているのか、表情を一切崩そうとしない。


桔梗は試合を見ながら、俺たちの話に割り込んでこずに完全に静観していた。


穂里も三海さんがある意味恐ろしい女だと気づいて、軽く身構えながら俺たちの様子を伺っている。



「野球部に入れてくれたら、東奈くんと付き合ってもいいよ。」



「「えぇえぇーー!!」」



俺と穂里は同時に同じリアクションをした。

あまりにも似たリアクションをしたので、三海さんだけでなく桔梗も思わず笑ってしまっていた。


「あはは!2人とも流石は従兄妹同士だね。東奈くんだけじゃなくて、穂里ちゃんもいいリアクションありがと。」


「うー!!龍兄ちゃん!花桜梨さんと付き合ったりしたら大変なことになっちゃうよ!」


「そ、そうだね…。ちゃんとお断りしないとね…。」



「あれ?振られちゃった?」



さっきの余韻でニコニコしたまま残念がっていた。

いや、残念がってないないよな?



「冗談はさておき、私の切り札を出す時が来たね。」


「はは…。それで三海さんが俺に出せる切り札って一体何?」



「来年有望な選手が白星に来るかどうかのカードだよ。」



有望な選手…。
俺はそんな選手いたか?とこれまで見てきた選手のことを思い出していた。


その選手のことは直ぐに思い浮かんだ。



「上木さんのこと?」


「流石にすぐ分かっちゃうよね。和水ちゃんは白星に入ってもいいって。けど、その条件のひとつに私が野球部にいることって言ったらどうする?」



俺はこの言葉を聞いた瞬間にすぐ理解した。

上木さんと三海さんはいつの間にか仲良くなっていて、白星に入った時に大きな心の支えとなってくれる人なんだろう。


雪山という先輩はいるが、三海さんと比べると月とすっぽんくらいには差があるだろう。


三海さんも野球部に入部するだけに上木さんを利用するとは考えづらい。

そんなことをしなくても、三海さんなら俺を言い負かす事くらいは難しくないはすだ。

上木さんの野球の実力を俺は買っている。
それと同じように三海さんにも上木さんにこだわる理由があるはず。


それを伝えてこないということは、俺には言えないことがあるんだろう。



「ふぅ。上木さんのことを出されると俺も断ることは出来ない。けど、なんで上木さんにこだわるの?」


「分かってるでしょ?」


三海さんのその一言である程度のことは察した。

やっぱり言えない理由がある。
その理由を話してくれれば俺が断ることは無い。


それを隠すために上木さんの白星への入学を盾にして、俺との交渉のカードとして使ってきた。



「そういう事だから。よろしくね。」



「分かったよ。なら一つだけお願いがあるけどいい?」


「うん。いいよ。」


「野球部員になるからには、練習に来たらちゃんと1部員として真面目に練習に取り組んでね。」


「それはもちろん。練習する時は真面目にやるし、サポートする時も一生懸命やるから安心して。」


三海さんは駆け引きはしても、自分の言葉で嘘をつくようなタイプではない。

上木さんのこともあるし、ここは俺の完全敗北として認めることにした。



「なら和水ちゃんはS特待でいいんだよね?」


「よくS特待があるって知ってるね。」


「橘さんに確認したからね。野球部でずば抜けて実力がある橘さんならS特待かと思って。」


「龍ごめんね。不用意に言ったらダメって言われたけど、野球部でもなかったし、私が隠し通せると思う?」



桔梗は基本的にはクールで落ち着いているが、隠し事は得意ではないし、相手が三海さんというのがよくない。


「S特待って言っただけだから、別に何かを違反した訳でもないし大丈夫。相手が悪かったね。」


「上木さんの実力は東奈くんも知ってるよね?ならS特待としては十分だと思うよ。」


上木さんはバッターとしても外野手としても、連携プレーがどうにかなれば即レギュラーなのは間違いない。


ピッチャーとしても歴が浅いだけで、姉の光のフォームをコピーして、変化球までも近いボールを投げられるようになっている。


話すことが出来ないという大きなハンデはあるが、指導者がいなくてあの高い能力に俺は惚れ込んでいた。


俺が迷っていたのは、S特待のもう1人の候補の紫扇晴風さんのことを考えていた。



上木さんもいい投手にはなると思うが、俺たちが引退した後に、エースナンバーをつけてマウンドに立っているのは紫扇さんの姿が思い浮かんでしまう。


ふと、昨日紫扇さんとのメッセージのやりとりを思い出した。



「なら、2人を勝負させて決めるのはどう?」



「え?」



三海さんは紫扇さんのことを知らないので、なんの事か分かっていなかったが、俺にはそれくらいしかいい方法が思いつかなかった。



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