元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

VS美凪高校③!




試合は後半戦へと突入した。


美咲はこの回を投げきった後に、かのんと変わってショートのポジションに入ってもらう予定だった。

この試合長く戦うとなると、投手が多いうちの方が有利だろうし、色んな経験を積ませることも出来るはずだ。


それでも負けたら終わりの公式戦でそんなことをやってる余裕はない。

と思いつつも、この後も一般生を使う予定の俺は相手を舐めているのだろうか?

俺がプレイヤー兼監督なら間違いなく一般生を出して、自分の打席で打てばそれで済むのにと無責任なことを思うのであった。



「うーん。どうしようかね。」


5回に入って美咲も少しずつ疲れてくる頃だったが、ストレート押しを止めて変化球を上手く使っていた。


1番の赤羽さんにヒットを打たれたが、三振を2つを取るピッチングで5回を切り抜けてきた。


5回を投げ終えて、球数は76球で平均的な球数だといえるだろう。

昨日の32球と合わせても、108球と無理をさせないならここで降板させるのが正解だろう。


それでも美咲が登板する機会は、この一年生大会が終わった後は激減するだろう。

練習試合は投げることも多いだろうが、公式戦となると投げられる場面が、点差が広がった場合か、最初から相手との実力差がある場合だろう。



それなら投げられる場面があるなら、出来るだけ投げさせてあげるべきでは?

美咲は野手としてここまで頑張ってきているし、投手をまだ諦めていない美咲にチャンスを与えてあげるか?



「美咲ー。ちょっとこっちきて。」


「ん?なになに?ピッチャー交代?」


「その予定だけど、美咲はどうしたい?」


「どうしたいって、この後ショート守るとか代わるとかそんな話?」


「まぁそれもあるけど…。美咲がまだ投げたいならまだ投げてもいいけどどうしたい?」


美咲は続投できるとは思ってなかったのか、かなり迷っているみたいだ。


「調子もいいんだし、このまま続投させてもらえばいいんじゃない?」


近くにいた七瀬も美咲が続投してくれたら投げなくて済むし、キャッチャーとして試合に出られるので、背中を押しているみたいだ。



「昨日も2回投げてるんだから、代わった方がいいと思うけどね。」


柳生も会話に入ってきて、美咲を降板させようとしている。

試合前に5回から行くと言っていたのに、もしかして出番が来ないかもと少し焦っているみたいだ。



「東奈くん。5回からは私がマスク被ってもいいんだよね?」


「それは無理でしょ。このまま延長戦になったら私が投げるんだし。」



柳生は思ったよりもキャッチャーとして、活躍している七瀬を見て焦っているんだろう。

七瀬も上手くいっている状況でマスクを出来るだけ渡したくないはずだ。


二人の気持ちはよくわかるが、いつの間にか二人のどちらを使うという話にすり替わっている。



「二人の気持ちは分かるけど、今は美咲が続投するかの話だから、ピッチャーを置き去りにするのはダメだよ。」



「「あ、ごめん。」」



二人とも息ぴったりで美咲に謝っていた。
美咲はヒラヒラと手を振りながら笑って許していた。



「なんでいきなり続投してもいいなんて言ったの?その意図を聞いておかないとね。」



「ぶっちゃけで言うけど、ここで投げておかないと来年は、公式戦で投げる機会が無くなると思ってね。」



「なるほどね…。そう言われると投げたいって言いたくなっちゃうね。」


「なら続投でよろしく。明日は試合無いし、行けるところまで美咲で行くから頑張って投げてきて。」


「わかった。行けるところまでいくよ。」


半分俺が命令する形になったが、美咲はまだまだ疲れた様子もない。

梨花みたいにパワーピッチャーでは無いし、長いイニングを投げる力も備わっている。



6回の攻撃は花田からだった。

流石に大きな曲がりのスライダーを打てないかと思い、ストレート狙いのサインを出すことにした。


追い込まれるまでは変化球で攻められ、ボールをしっかりと見極めているように見えた。


ただ変化球が打てないだけで、いかにも何かを待っているような佇まいだった。


これも一般生達に教えている事だった。

野球だけのことではなく、プレーをする時は不安そうな顔や仕草を出来るだけ出さない方がいい。


全然上手くいってなくても、自信満々にしていれば相手が勝手に深読みすることもある。

それを守っているのか、元々そういうことが出来るのは分からないが、花田は変化球攻めされても反応せずに我慢して立っている。


2-2からやっとストレートが来て、ボール気味だったがここぞとばかりにフルスイングしていった。


打球はピッチャーの足元を抜けて、そのままセンター前まで抜けていった。


花田は嬉しい公式戦初ヒットになった。
一塁ベース上で喜んではいたが、思ったよりは落ち着いた表情でこちらを見ていた。


雪山の打席で送りバントをさせたかったが、本人自身はとても打ち気満々だったのでバントのサインを出すのを迷っていた。


ワンストライクまでは一旦様子を見て、打てそうになければワンストライクからバントのサインを出すことにした。


ワンストライクを取られる前に雪山は初球のストレートを打ち上げて、ショート後方のフライになった。


ショートは半身になりながらバックするが、落下地点がイマイチ掴めていないようだ。


そのまま捕られるかと思ったが、少し情けないジャンプをして、ボールをグラブに当てられず、記録的にはショート内野安打になった。


とりあえずヒットでノーアウト1.2塁のチャンスを作った。

チャンスで期待の出来るかのんだったが、捉えた打球は全てファールになり、打ち損じた1球だけがファーストファールフライになった。


今日初打席の奈良原は変化の多いスライダーに対応出来ず、終始スライダーで攻められて空振り三振。


3番の美咲は不運にも、身体近めに来たストレートに出かけたバットが当たってしまった。


このチャンスに俺もサインを出さなかったし、選手達も無策でノーアウト1.2塁のチャンスでランナーを1つも進められなかった。



「なにやってんッスか!?ウチが折角チャンス作ったのに!?」


「はいはーい。守備行くよーん。」


かのんは雪山の話を無視してグランドへ駆け出していった。



美咲も不運とはいえ、チャンスで打てなかったので苦笑いしながらその様子を見ていた。


6回からは今日十分活躍した花田に代わって市ヶ谷をサードとして出場させた。


花田のままでも全然良かったが、いいイメージのまま交代させてあげるのも重要だと思っていた。


本人に交代を告げると、少し残念そうな顔をしていた。

昨日の試合は試合が終わってホッとした表情だったので、残念と思えるくらい今日はいい感じにプレーできたという裏付けになる。



「花田。いいプレーだったよ。次の試合も期待してるよ。」



「う、うん!ありがとっ!」



6回のマウンドに上がった美咲は、5回裏のうちの攻撃と似たような形でピンチを背負ってしまう。


3番にはスライダーを完璧に打たれて、レフト前ヒット。

4番には当たり損ねのサードゴロを打たせるが、強い打球を警戒していた市ヶ谷が前進して打球を処理するが、一塁に投げられず内野安打でノーアウト1.2塁のピンチを背負う。



うちはさっきこの場面はノーサインでかのんに好きに打たせてダメだった。

美凪はセオリー通りにバントの構えで、ワンアウト2.3塁の場面を作ろうとして来ている。


慣れていない一塁の円城寺のバント処理にはあまり期待できない。


フィールディングのいい美咲なら3塁で封殺出来る可能性は十分にある。


バントを失敗させようと高めのストレートで勝負しに行った。

5番は高めのストレートをバントして、ボールは真下でワンバウンドした。


七瀬は目の前でバウンドした打球をすぐに捕りにいくが、走り出していたバッターが邪魔でワンテンポ処理が遅れた。



「サード無理!!」


ピッチャーの美咲が七瀬に指示したが、七瀬は行けると踏んでサードへ送球した。


素手でボールを握って、そのままサードへ鋭い送球をしてサードの市ヶ谷は精一杯腕を伸ばしてボールをキャッチする。




「セーフ!セーーフ!!」


タイミング的にはアウトにもセーフにも見えたが、三塁塁審はセーフと判断したみたいだ。


市ヶ谷はセーフコールをする三塁塁審のジャッジに不満なのか、一瞬そちらの方向を見てしまっていた。



「やばっ!」


時間で言えばほんのわずかな時間だったが、ファーストに送球することを忘れていた。

すぐさまファーストへ送球するが、これもアウトでもセーフでもいいタイミングになった。



「セーーフ!!!!」



七瀬のフィルダースチョイスでオールセーフになってしまい、ノーアウト満塁のというこの試合最大のピンチが到来した。


出来ないと分かっていても、今の三塁のプレーをリプレイ検証してもらいたかった。

俺の目からはなんとも言えなかったが、市ヶ谷のあの反応なら、ほんの僅かにアウトだったんじゃないかという気持ちにもなる。



「監督。タイムお願いしてもらっていいですか?」


「伝令?」


「はい。伝令出します。」



「梨花ー!伝令頼む!」


「ワシが伝令?」


「悪いけどよろしく。」


監督が審判にタイムをかけてもらっている間に、梨花に簡潔に伝えてもらいたいことを話した。



「それだけでええんじゃな?」


「後は好きに話してきたらいいよ。」


梨花は駆け足でマウンドに向かっていった。


これまで歩いてしかマウンドに向かったところを見たこと無かったので、ちゃんと走ってマウンドに向かえるんだと訳分からないことを思っていた。



「シフトは内野前進。球種はストレート中心で行けってさ。」



「うんうん。それで他になにか言ってた?」



「いや。別に何も言ってなかったな。好きに話して来いって言われたわ。」


「ふふっ。好きに話せって言ってもね。」


「ワシが話し下手なの分かってて行かせたとしか思えんわ。」


「そうなのかな?」


「東奈くんの事だからそうだと思うけどね。」


「そうですかね?東奈さんは思慮深い方なので、本当はなにか西さんを伝令に送った意味が…。」



「真面目すぎじゃ。もしそうだとしても誰も気づいてない時点で意味無いじゃろ。」



「ししょーは自分たちの力で、このピンチどうにかしろって言ってると思うけどなー。」


「馬鹿にされてるってことッスか!?性根が腐ってるッスーー!!!」



「まぁまぁ。とにかく内野ゴロを打たせるピッチングをしてみるから、内野ゴロ打たせたらゲッツー頼んだからね!」


「ま、頑張れ。」


マウンドでは俺が思ったよりも話し込んでいたが、梨花は審判に頭を下げてベンチへ戻ってきた。



「どうだった?」


「どうもこうもないわ。雪山が龍の文句言っとったわ。」


そんな話が出来ているのであれば問題は無いなと思っていた。


ノーアウト満塁で最小失点に抑えられるかは、ホームゲッツーを取るよりも三振を取れるかどうかが鍵になってくる。


内野前進は正面に転がればほぼゲッツーを取れるが、守れる範囲がかなり狭くなってしまう。


いつもならヒットじゃない打球も簡単にヒットになる。

外野フライでも犠牲フライになる可能性は高いし、点をやりたくないならワンアウト目を三振で取るのが最も安全で、次のプレーにも余裕が出来てくる。


ワンアウトさえ取れれば、ゲッツーシフトに切り替えることもできるし、タッチアップを刺すことが出来れば無失点で切り抜けられる。



一気にツーアウト取れるのが理想だが、まずはワンアウトからだ。


バッテリーにストレートを指示したのは、次の6番バッターが美咲のストレートに対して反応が良くなかったからだ。


コースさえ間違わなければ、打たれる可能性は低くいはすだ。


相手は慎重に来るかと思っていたが、初球のストレートを狙っていたのか、強振してきた。


気合を入れて投げ込んだ美咲のストレートに、相手バッターは明らかに差し込まれていた。


それでも何とか芯で捉えてきて、美咲の左側を抜けてセンター前に抜けるかという当たりになった。



「沙依!?」


少しセンター寄りに守っていた雪山がスライディングキャッチをしにいく。


そこまで強い打球ではなかったが、捕りにくいハーフバウンドになりそうだ。


ハーフバウンドになった打球をスライディングしながらも、目を逸らさずに最後の最後まで目で追っていた。


少し跳ね上がった打球にも対応して、グラブの土手の部分で何とかキャッチした。



「落ち着いて!」


雪山はスライディングキャッチを成功させ、そのまま起き上がらずにホームへ送球した。

体勢を整えずに投げたので、ホームへの送球はワンバウンドになってしまう。


七瀬は捕りにくい送球を落ち着いてボールをキャッチして、そのまま一塁へ送球した。



「アウトオォ!!」



「雪山ナイスっ!!」

「よく難しい打球処理したね!!」



「うぉぉぉ!!やったッスよーー!」


チームのピンチを助けたのは雪山だった。

この試合2回目の雪山のファインプレーで、ツーアウト2.3塁まで持ってくることが出来た。


内野手だったら今のプレーくらいはやってもらいたいが、かのんではなく雪山が今のプレーをしたことに意味がある気がした。



「雪山!!ナイスプレーだけど、喜ぶのは次のアウト取ってからにしろ!」



「はーい!」


俺の忠告にも軽い返事で、足取りも軽くセカンドの守備位置に戻っていた。



「美咲ぃ!こっちに打たせろぃ!」


「はは…。」


雪山は今ありとあらゆる調子が絶好調になっている。

野球も本人のテンションもMAXで充実しているんだろうが、調子に乗り過ぎている気もする。


誰が見ても調子に乗っているのは分かる。
バッテリーもそれを分かっていて、セカンドに極力打たせないピッチングをしていた。


左打者に対して、インコースを使わずにアウトコース一辺倒で勝負している。

アウトコースばかり投げていると、相手バッターも気づいて踏み込んでくる。


その踏み込みを利用してインコースにズバッと投げられるか?

雪山の所に飛ぶ可能性は増えるが、ここでのエラーはさっきのファインプレーをすべてぶち壊すことを雪山も分かっているだろう。



美咲は7番をカウント1-2と追い込みながらも、ファールで粘られて簡単には終わらせてくれなかった。


ファールを打っていくうちに段々とタイミングが合ってきている。

変化球もストレートもそこまで打てそうな感じはしなかったが、早めに打ち取らないと嫌な予感がする。


七瀬も粘られるのは嫌なのか、この打席初めてインコースに寄った。

この勝負で決めに行くつもりだ。


要求したのはインコース低めのギリギリの力のあるストレート。


この勝負球のストレートで相手を押し込んだ。

相手バッターは振り遅れなかったが、詰まらせることに成功して、ボテボテのゴロがセカンドの雪山の所に転がった。



「任せろッス!!」


白星のメンバー全員がドキドキしながら雪山がやらかさないことを祈っていた。


雪山はバウンドを合わせて落ち着いてゴロを処理した。



「ふぅ…。何事もなくてよかったわ。」


雪山は普通のプレーを普通にこなして、このチームで誰よりも威張りながらベンチに戻ってきた。



「このチームには今雪山沙依が必要なんスよねぇー。美咲もそう思うッスよね?」



「え、う、うん。今日は凄い助けて貰ってるからありがとうね。」


「ぎゃははは!ウチが今日9番じゃなければなぁ…。クリーンナップに置いてくれればこの回にでも勝ち越し打を打っちゃうんッスけどねー!」


「け、けど、沙依!最終回には必ず回ってくるからそこで1発見せてよ!」


夏実が雪山のことをよいしょしている。
別にしなくてもいいかなと思いながらも、夏実にはなにか考えがあるだろう。


2人は試合そっちのけで盛り上がっている。

夏実が雪山に絡まれているだけで、夏実は試合のことが気になって仕方ないという感じではある。



ちょっと注意しようとも考えたが、夏実が目で俺の事を制した気がしたので完全に任せることにした。



6回の氷から始まる打線で、氷も円城寺もこのピッチャーにはかなり対応しているし、この6回に勝ち越し点が欲しかった。



「氷ー!ランナーに出ていこー!」

「いつも通りのバッティングで大丈夫!」



チームの雰囲気は今1番いい。
その勢いのまま6回裏の攻撃に入っていく。




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