元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

VS美凪高校②!



ブンッ!!


「ストライーク!」


雪山はボール球のスライダーを豪快に空振りした。


「バットとボールが1mくらい離れてるよー!落ち着いてー!」


「うっさいッスよ!」


「「あははっ!」」


公式戦とは思えないくらい緩い雰囲気が流れている。

雪山は性格もキャラクターとしてもいじられキャラが確立してしまっている。

本人はプライドが高いので、いつも嫌そうな態度を取っているが、それが尚更いじられる要因になっている。


それでも明るい性格のおかげで本人は不貞腐れることはないし、チームが明るくなるので緊張感がないように見える。



緊張感が程よくある方が重要だと思う人もいれば、俺みたいに少しゆるい雰囲気の方が平常心でプレーに出来ると思っている人もいる。


雪山もいじられることで、力が抜けている感じもする。


それでもここで落ち着いてボールを見送れるようなタイプの選手ではない。

釣り球に近い高めのストレートをファールにして、あっさりとノーボールツーストライクに追い込まれる。



『スライダー狙え。』


俺は追い込まれて、困り果てた顔をしている雪山にスライダーを狙えのサインを出した。

次の球がスライダーかどうかは分からなかったが、このままだとどのみち中途半端なバッティングをするだろう。

それならスライダーを狙わせて、スライダーが来ればラッキーくらいに思っていた。



「きたきたっ!」


コキィン!


俺のサイン通りにスライダーが来たが、ボール球なのをお構い無しにスイング。


当たり損ねの打球はワンバウンドして、高いバウンドになっていた。

夏実は打球がワンバウンドした瞬間にはホームへ突っ込んできていた。


セカンドは高いバウンドになった打球を捕ってすぐにホームに投げようとするが、キャッチャーは一塁を指示していた。



雪山のセカンドゴロで同点に追いつくことが出来たが、ベンチの選手たちは静まり返っていた。


「なんッスか!?同点打ッスよ!」


「いや、なんか…。うーん…。」


あれだけ大きなことを言っておいて、打てなかったら馬鹿にされただろうが、内野ゴロで1点入ったので逆に何も言えない気持ちになっていた。


「スライダーのサイン出したのは俺だから、そこは感謝しろよ?」


「うぐっ。わかったッス…。」


適当に当たったスライダーのサインをおかげだと堂々と雪山に言い放った。


少し話している内に、かのんが初球のスライダー?を完璧に流し打ちして、サード線を抜けるツーベースを打っていた。


攻撃の早さも足の速さも電光石火という言葉がよく似合う。


凛もかのんのバッティングを見習ってか、外から内に入ってくるスライダーをしっかりと流し打ちをしようとしている。


2球目のスライダーを逆方向に打とうとして、3塁側へのファールになっていた。

ある程度スイングを見ればバッターのやりたい事が分かる。


いいバッターであればあるほど、こういった狙いの分かるスイングでわざと空振りしたり、ファールを打ったりする技術を持っている選手もいる。


今のスイングを見て、キャッチャーの赤羽さんは気付くだろうか?

流し打ちをしたという事実はあるが、それがアウトコースのボールに合わせての流し打ちなのか、元々アウトコースを狙っての流し打ちなのか。


俺は凛のアウトコースの踏み込み方がいつもと違うのに気がついている。


カウント1-1から、横滑りする変化の大きいスライダーを投げてきた。

同時にかのんが3塁へ完璧なスタートを切っていた。


凛は走ったことをお構い無しに、2球目と同じく流し打ちをしにいった。


流し打ちすることに気が取られすぎていたのか、鋭いスイングが出来ずハーフライナーがレフトへ。


レフトは盗塁のカバーで少し前進してきていたので、そのまま凛の打球に追いついてスリーアウトチェンジ。


「あぁー。惜しいねぇ」


「打てる打てる!まだまだ点取れるよ!」


3回まで終わり、1-1で試合が進んでいる。
美咲はここまでノーヒットワンランだ。

ヒットを1本も打たれてないが、一点を入れられている。


4回もバッテリーはストライク先行で攻めていくみたいだ。

美凪もストライク先行で勝負しているのは分かっている。


今日はストレートを中心に組みたてているが、変化球も程よく織り交ぜていている。


それでも相手はストレート1本に絞ってスイングしてきた。

もう打順も一回りしているので、美咲の球数のことは考えずに初球からガンガンバットを振ってきた。


美咲のようにストライク先行の投手がやられて嫌なのが、当てる打撃ではなく強いスイングで振ってこられてると、長打警戒をしないといけない。


長打警戒をするということは、どうしてもストライクゾーンだけでなく、ボール球も使いつつ投げないといけなくなる。


「おっしゃぁ!!」



美咲がマウンドで気合いの入った声を出しながら、あくまでもストライク先攻にこだわって強いボールを投げていく。


先頭バッターの3番にはストレートを打たせてセンターフライに打ち取るが、続く4番には打ち取った3番と同じコースを左中間を破るツーベースを打たれる。


今日初めてのヒットを打たれても顔色を変えずに、深々と帽子を被り直した。


ストライク先行なのは変えずに、スライダーとカーブで出来るだけストライクを取りに行くパターンに変えていった。


変化球で追い込んでいって、決め球は高めに力の籠ったストレートで三振を奪いに行く。



カキィーン!!


美凪は追い込まれていても、美咲のストレートに狙いを絞っていた。

ギリギリボール球の高めのストレートを振り抜かれて、この打球も左中間を破るツーベースとなってしまう。


連続でツーベースを打たれてしまい、前の回に同点に追いついてもらっていたが、あっさりと勝ち越しを許してしまう。


美咲と七瀬はストレートを狙われているのが分かっていても、ストレート中心の投球を続けた。


その代わりに美凪のバッテリーと同じやり方を真似ていた。


ストレートを簡単にストライクゾーンに投げずに、ボール球を打たせて、変化球をストライクゾーンで勝負してカウントを稼ぐ。



「よしっ!夏実!」


「オーーライ!!」


ここもバッテリーの思惑通りボール球のストレートを打たせ、ワンアウト2塁のピンチを背負いながらも、連続でフライアウトで切って取った。



「ふー。みんなごめんね!」


「大丈夫大丈夫!」

「まだまだ1点差だし行ける行ける!」


1点返されても、ベンチの士気は一切落ちていない。

不運が重なっているわけでもなく、普通に打たれての失点だったし、うちもヒットは出ていている。



「美咲ー!打たれたんだから打てっけ!」

「そーだそーだ!ホームラン狙ってー!」


美咲は練習でもホームランを打ったことを見たことがない。

そもそもホームランを狙うようなスイングをしないし、鋭いライナーでツーベースを狙うタイプなのだ。


あくまでも美凪の1年生エースはスライダーを軸にして攻めてくる。


スライダーが70%、ストレート25%、カットボール5%、カーブ5%くらいの割合で、スライダーに自信があるのは誰が見ても明らかだ。


それでも変化量の多いスライダーを完璧に捉えられない。

たまにくるカットボールやカーブがいいコースに決まっているせいで、そのボールも上手く捉えられずにいる。


ストレートだけはファールしていて、あまり威力がないのか鋭い打球を打つことが出来ている。


そんな打撃を見せられると、バッテリーはストレートで勝負せずにスライダーで勝負するのは当たり前だ。


美咲はアウトコースのスライダーをおっつけて流していくが、セカンドの頭を越えずセカンドライナー。


氷の上手いバッティングにバッテリーは慎重になったのか、スライダーをコースに狙っていくが、ことごとく審判の手は上がらずフォアボール。


円城寺も1打席目と同じくスライダーを狙っていく。

低めのスライダーをこの打席も上手く捉えていくが、センター真正面のセンターライナーに打ち取られた。



「うぅ…。緒花ちゃんいいバッティングしてるのになぁ。」


「ごめんなさい…。」


申し訳なさそうにチームメイトに謝り、俺のところまでわざわざ来て頭を下げた。

あまりにも真面目過ぎるのも、こういう時に何と声を掛けていいか分からない。


「今のも仕方ないね。ここで交代の予定だったけど、今日の内容なら次の打席も期待してるから、落ち込まずに目の前のプレーに集中してね。」


「は、はい…。」


「気持ちが折れたんならもう代えるけど?」


「え、そんなことないです!」


「ならそんなに下を向いたらダメだよ。みんな対して打ててないし、その中で期待できそうな打撃をしてる円城寺が下を向いてたらダメ。」


「東奈くーん!私たちが全然打ててないってこと!?」


「夏実は今日いいバッテングしてるけど、みんなスライダーを投げてくるって分かってて打てないのは少し情けないね。」



「「うっ…。」」



今日全員にスライダーを狙っていけとサインを出しておいて、これだけスライダーを打ち損じているのは見ていて悲しくなる。


打撃に関しては俺が教えることが多いので、ここまで変化球を打てないと俺の指導が悪かったんじゃないかと思う。


隣にいる天見監督もなんとも言えない顔をしているような気がする。

今更打てるようにするのは無理だ。

スライダーの打ち方を教えて、フォームを少し変えさせれば、ヒットの可能性は高くなるだろうけど、そのせいで打撃が崩れる可能性がある。


昨日は5番で、今日は6番に七瀬を置いている。

雰囲気もいいし、構えも強打者に見えるから相手は結構警戒してくるが、よくよく考えると俺も騙されてるんでは無いだろうか?


そんなことを考えながら、七瀬の打席を見ていた。


初球のストライクゾーンギリギリのスライダーを豪快に空振り。

明らかにスライダー狙ってますと言わんばかりの決め打ちだった。



バッテリーもさすがに少し嫌がったのか、2球目にほとんど投げていないカーブを投げてきた。


七瀬の1球目の空振りはフェイク?だったのか、たまたまそうなったのか、狙い済ましたようにカーブをセンターへ高々と打ち上げた。



センターは背走しながら打球を追っているが、追い方が上手ではなかった。

氷は打った瞬間に一生懸命にホームに向かって全力疾走している。



「抜けろぉ!!」



センターは落下地点に入れず、七瀬の打った打球はセンターオーバーの長打になりそうだった。


氷は速くない足でホームを狙っている。
センターもやっと打球に追いついて、すぐに中継にボールを返す。



「どーてん!ぶいぶい!」


ホームを駆け抜けた氷は打った七瀬に両手でピースをしながら、飛び跳ねて喜びを露わにしていた。



「やった!」


打った七瀬は控えめにガッツポーズをして喜びを表現している。

キャッチャーとして、リードだけでなく打つ方でもピッチャーを助けられて嬉しいのだろう。



1打席目に長打を放った夏実だったが、カットボールとカーブを使われて追い込まれると、アウトコースギリギリのストレートを見逃し三振。



「みんなごめん!!次は打つから!」


「キャプテン期待してるよー。」


「えへへ。美咲も気合い入れて投げていくんだよ!」


「おけおけー。任せといて。」


美咲と夏実はペンチ前で声を掛け合っていた。

打った七瀬もその輪の中で自信満々な顔をしている。



「いい感じだね。東奈くんも選手達もお互いにいい感じに信頼関係があるように見えるね。」


「そうですか?偉そうに立ってるだけで、今のところは特に何もしてないんですけどね。」


「それでここまでいい試合出来てるならいいと思うけどね。」


確かに監督の言う通りだと思う。

俺は選手たちをある程度信頼しているし、選手たちも今のところは俺の采配に疑問を持ってる様子はない。


選手たちはよくはやっている。


それでも俺が思っているほどの実力を発揮出来ていない。

選手たちに変な気負いもないし、十分リラックスして試合に挑めている。


前の試合はコールド勝ち出来ると思っていたからこそ、先攻を選んだが結果は5-0。


今日はいい勝負になる可能性を考慮して、かのんと氷をこのスタメンで使ってみて、4回が終わって2-2で想定通りに進んでいる。


試合が進んでいく内に思ったけど、美凪は俺の想定を下回っていた。

1年主体で九州大会に出ているという情報を鵜呑みにして、一般生の花田だけをスタメンにした。


ここまで追いつく形になっているが、実力的には勝ち越していてもおかしくない。


これが野球の難しさと思えばその通りなのだが、その一言で済ましてしまうとこれからの成長は望めない。



「凛。今日の試合どう思う?」


「え?どうって言われても。いい試合してると思うけど?」


4回を終えて、凛を早くもベンチに下げることにした。

代わりに奈良原を出して、センターに夏実、ライトに氷、レフトに奈良原と守備位置を変更した。



「それだけ?」



「あと一本が出ないなって思う…かな?」


「そうやね。なら、自分のプレーはどうだった?」


「1打席目は確かに良くなかったんやけど、2打席目はかのんが走ってなかったら、ヒットになってたと思うっちゃけど?」


「カウントにも余裕があったなら見逃してもよくなかった?」


「狙ったコースに狙った球種が来たら普通に打たん?」


「打ったのが良くないって言いたいわけやないよ。全部狙った通りに来ていて、あのスイングをしたことが俺は問題と思うけどね。」


凛は完全に狙っていた球が来たから打ったと言い張っている。

俺の目から見たら、走ったことを分かっていて強引に流し打ちしに行ったようにしか見えなかった。


走ってなければレフト前に落ちていたかもしれない打球ではあったけど、狙っていてあのスイングはややお粗末なことを指摘した。



「そんなに悪いと凛は思わんけどね!」



「そう凛が思うならいいんだけどね。」



凛は自分がさっきの打席については、自分の感覚では悪くないと思っているようだ。

外から来るボールに踏み込むことは悪いことではないが、流し打ちをすると最初から決めてのスイングの形が良くなかった。


踏み込んでそのまま内に入ってくるボールを、払うように打って結果があれだったら文句はない。


小手先だけで流そうとして、力がボールに伝わらずにハーフライナーになったことに気づいていない。


形は悪くないようには見える。


追い込まれていて、あのボールを狙っていないバッティングなら上手く対応したと思えた。


凛は代えられたことよりも、俺に思い当たらない指摘をされて少し拗ねてしまった。


俺の指摘をベンチで聞いていた選手で、俺の言いたいことを分かっているのは月成と桔梗だけだったみたいだ。


新たな課題を見つけている間にも、試合は後半戦へと入っていった。




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