元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
VS美凪高校!
「梨花、ちょっといい?」
「ん?なんじゃ?」
「今日は3連投になるし、投げさせるつもりは無いから、ブルペンには入らないで軽いキャッチボールだけにしておいて。」
「そういうことね。疲れはそんなに無いんじゃけど、そういうなら従うわ。」
「延長戦になりそうな時は投げてもらうかもしれないから、それまではやったことないと思うけど、一塁ランナーコーチよろしく。」
「ふふーん。ワシはベンチにいたくなかったけ、ランナーコーチやっとったわ。」
梨花は自信満々に話してくれたが、胸を張って言うことでは無いなと思っていた。
それでも登板しないことに一切文句も言わずに、受け入れてくれるのは有難かった。
今は話を聞いてくれているが、梨花にもいずれマウンドを譲りたくない時も来るだろう。
選手の状態を見ても、動きの悪い選手はいなかったし、昨日の決めたスタメンで行くことした。
青柳先輩が言っていた通りに、相手の1番バッターは赤羽さんだった。
キャッチャーの体型とは思えないくらいほっそりとしていて、パワーは無さそうだが好打瞬足のセンターやショートを守っていそうなタイプだ。
美凪は1年生が19人と特に名前も知らない高校の割には選手が多い。
そんなこと言ったら白星に桔梗みたいな選手がいるのもおかしいという話だし、しかもスタメンで出ていないという舐めた采配をしている。
監督の好みなのか、相手チームのスタメンの選手は細身の選手が多くて、ベンチのメンバーは体格のいい選手が多い。
そもそも細身の選手達の方が実力があるのか、足の速そうな選手たちを使っての機動力を目指している可能性もある。
それは試合が始まれば分かることだし、青柳さんは機動力を使ってきたとは言ってなかった。
警戒するのに越したことはないので、バッテリーには注意するように伝えておこう。
「今日のスタメンはこれで行くね。」
「「はい!わかりました!」」
「青島達は昨日試合打てなかったから出れないとかではないし、試合の展開によっては早めに交代するから準備しておいてね。」
「「はい!」」
「それじゃ、夏実。声出しよろしくね。」
今日は先発で負担がかかりすぎると思い、夏実をキャプテンに指名した。
「はい!今日も絶対に勝つぞぉ!」 
「「おぉぉぉ!!」」
特に気負っている選手もおらず、程よい緊張感と気合いも入っているので、俺が何か声をかける必要も無さそうだ。
先攻 美凪高校 対 後攻 白星高校
今日はじゃんけんに夏実が勝ち、後攻を選択した。
相手チームが思ったよりも強かったり、ビハインドで試合が進んだ時に後攻の方が手を打ちやすい。
桔梗と月成はスタメンじゃないことに特に文句はないようだ。
逆にスタメンじゃないことに、文句がありそうなのは柳生くらいで、俺がやることに全面的に協力してくれている。
試合が始まって、回が進む毎に俺はあることに気づいた。
『勘が冴えてる?』
昨日のセーフティバントもそうだが、試合展開をある程度予想して、このスタメンならギリギリいい試合ができるという想定もバッチリ当たっていた。
試合は接戦となり、両者とも試合の主導権を譲らない試合展開となった。
1回表の守備。
今日先発の美咲の立ち上がりは、昨日に比べるとあまりいいものではなかった。
ストライク先行で勝負していくピッチングの美咲は、繊細なコントロールが効かないのか際どいコースのボールはことごとくボール判定されていた。
フルカウントまでは持っていったが、赤羽さんを歩かせてしまう。
事前に走ってくるという情報を教えていたので、バッテリーは十分警戒をしていた。
それでも2球目にスタートを切ってきて、七瀬が強肩を見せたが赤羽さんの盗塁を刺すことは出来なかった。
タイミングは結構際どく、七瀬の送球がワンバウンドにならなければアウトになっていたかもしれない。
盗塁は刺せなかったが、アウトに出来なくても盗塁は厳しいかもしれないという印象を与えることは出来た。
盗塁を刺すのが1番いいが、相手に盗塁を企画させないというものかなり重要なことだ。
この一連のプレーでアウトは取れなかったが、そこから盗塁を企画してくることは無かった。
ランナーを2塁に進めた美凪は、手堅くバントをしてきて美咲がバントを処理して、ギャンブルすることなくファーストでアウトを取った。
ワンアウト3塁のピンチを背負って、3番には変化球中心で攻めていた。
3番に対しては有利に勝負を進めて、勝負球のストレートを詰まらせてボテボテのサードゴロに打ち取った。
サードの花田は少し反応が遅れていたが、前進してボールを捕ると、ホームに突っ込んでいたランナーを刺すためにバックホーム。
ほんの僅かに赤羽さんの足がホームに到達していて先制点を奪われた。
すぐさまファーストに投げたが、3番の足が速くファーストもセーフとなり、フィルダースチョイスで一点を失ってワンアウト一塁となった。
先制点を取られたことを気にする様子もなく、ランナーを一塁に置いて4番との対決に挑む。
3番との対決のコントロールは一体どこへやらといった感じで、ストライクが入らずにこの回2個目の四球を出してしまう。
ここでズルズル行かないのが、美咲の真骨頂だった。
開き直ったのか、ピンチでギアチェンジしたのか、ど真ん中付近にストレートを投げ込んでツーストライクに追い込むと、打たせるフォークで勝負しに行く。
思ったよりも鋭い打球を三塁線に飛ばされた。
「花!」
花田は強い打球にビビることなく、落ち着いて打球を処理出来ていた。
目の前のサードベースを踏んで、そのままファーストへ送球してゲッツー。
「花!ナイスじゃん!」
「聖美ナイスキャッチー!」
「さっきフィルダースチョイスしちゃったから…。」
「気にしなくていいよ!どっちみち1点入ってたし、今のプレーで1点で済んだんだからセーフだよ!」
これでもかと言うほど夏実と美咲は花田のことを褒めている。
褒められて花田も嬉しそうにしている。
一般生の絆もかなり強いようで、ベンチに戻ってくると手厚く迎えられていた。
いつも通りに元気一杯で打席に入ったかのんだったが、スリークウォーター気味の相手投手のスライダーを打ち返すが、ライトライナーに倒れた。
凛もスライダー中心に攻められ、ボール球の外角低めのストレートを打たされてサードファールフライに倒れる。
昨日好調の美咲が打席に入って、ここも外角高めのボール球のストレートを打たされてセンターフライに打ち取られる。
「まだ始まったばっかりだから、みんな締まっていくよ!」
「「おぉぉ!!」」
この前の美咲の役割を完全に夏実が変わってやっている。
どちらがキャプテンでも全員文句なく従っている。
キャプテン経験のある美咲の方が上手く慣れている感じがあって、要領がいいなという感じがする。
夏実は誰よりも通る声で、誰よりも真剣に野球に取り組んでいるという感じが伝わってくる。
そういう姿勢は高校生だと馬鹿にされたりするが、夏実は誰かに媚びたりする訳でもなく、ただ本当に野球に真摯に向き合っている。
それを少しずつみんなが認めてきて、実力はまだまだでもキャプテンとしては認められている。
2回になるとコントロールの暴れていた美咲は、少しずつ修正してきたのか6.7.8番を全く寄せつけずに打ち取った。
薄々感じていたが、美咲は柳生とバッテリーを組むよりも七瀬との方が相性がいいのでは無いのだろうか?
美咲が練習試合に登板した際の成績を比べてみて、相手の強さやその日の調子の良し悪しがあるが、そこまで大きく防御率は変わらない。
ならなぜ相性がいいと思ったのか。
俺が注目したのは守備の時間と球数の違いだった。
平均だと本当に1回にかかる時間は1分ちょっと、球数も1球しか変わらないが、七瀬の時の方が被安打も多いのに結果的には少ないし、短くなっている。
特に美咲は内野手として試合に出てきて、本人自身は投手としてストライク勝負していって、テンポのいい投球はチームにとっても好影響なのを感じているようだ。
七瀬も高校に入って、ピッチャーをしつつ自分をリードすることになってから、ストライク先行で投げる方が有利に運べることを感じたんだろう。
2人はここまで調子よく来ているので、リードについては口を出さないことにしている。
「氷ー!期待してるよー!」
俺は早くも選手たちに指示を出した。
「円城寺。ストライクゾーンに来るスライダー狙っていこう。」
「スライダーですか?あまり変化球得意じゃないんですが、ストレート狙いじゃなくていいのですか?」
「あのピッチャーは大きく横滑りするスライダーと、やや縦に落ちる鋭いスライダーの2球種をストライクゾーンに投げてきてる。」
「そうみたいですね。」
「変化球の曲がりはかなり大きいから、打ちにくいと思わせて、ボール球のそこまで速くないストレートで打ち取ってる。」
「なるほど。だからストライクになるスライダーを狙っていけってことなんですね?」
「どっちもアウトコースに逃げていくボールだから、ある程度インコースは捨ててアウトコースに狙いを絞ってもいいよ。どのコースを打つかは任せる。」
「はい。わかりました。」
4番の氷にはこの事は伝えていない。
彼女には彼女の打撃スタイルがあるので、変にアドバイスをしない方がいいと思っている。
今日は左打席に立っている氷からは、外から内に入ってくるスライダーの軌道はよく見えるし、変化量が多いからこそ曲がり始めも早い。
スライダーを狙うと思っていたが、スライダーに一切反応せずに追い込まれる。
これまで通りにボール球のストレートを打たせに来た。
クロスファイア気味から投げてくる氷の身体に近い、ストレートを狙いすましたように腕をたたんでセカンドの頭を越す技ありの打撃を魅せてくれた。
スイングには一切力が入っておらず、金属バットの反発力だけを使って、打つというよりも払うバッティングだった。
ノーアウト一塁で、1発に期待できる円城寺が打席に入る。
さっきの指示なら無理矢理引っ張ったりはしないだろう。
俺は空サインを出して、円城寺の打撃に全てを任せた。
確かに変化球を打つのはそこまで上手くないが、一般生のようにバットに当たらないみたいなことはない。
ストレートが得意だから、尚更変化球の打てなさが気になるんだろう。
何も怖がらずにストライクゾーンに変化球を投げられまくるのも、明らかに舐められてるとしか思えない。
わざわざ得意パターンに付き合う必要も無い。
円城寺は初球からスライダーを狙ってスイングしに行った。
パキイィーーン!!!
円城寺の使っている女子選手にしてはかなり重いバットから、そのバット特有の軽い打球音が鳴り響いた。
真芯で捉えた打球はセカンドの真正面に飛んだが、円城寺のフルスイングから放たれた打球の速度は男子並みで、セカンドもその威力に腰が引けていた。
腰が引けながらも、構えたグラブの中にボールが吸い込まれていった。
打球の強さでグラブからボールが溢れたが、拾い上げてショートへ送球。
「足が遅いな…。」
チームで1番足の遅い円城寺は、懸命にファーストに走るがギリギリ間に合わずゲッツーになってしまった。
「あぁ!惜しいのに…。」
「緒花ドンマイ!次は打てそうな感じだったよ!」
「ごめんなさい。」
「いや、運が悪かっただけだから次も同じバッティング出来れば結果は変わると思う。」
「はい。次こそ打ちます。」
前の試合4番、この試合は5番でヒットが出てないことを気にしているみたいだが、内容が悪いわけではないので、次の打席は気負わないといいけど。
6番の七瀬にもスライダー狙いを指示していたが、思いっきり打ち損じてピッチャーゴロでチェンジ。
3回のマウンドに上がった美咲は、先頭バッターの9番をストレートを連投して追い込むと、ボール球のスライダーを振らせて空振り三振に切って取った。
1打席目はコントロールがバラついて、勝負にならなかった赤羽さんとの対決になった。
美咲は1回のピッチングとは別人のようなテンポの良さと、ストライク先行のピッチングが出来ている。
1打席目は1回しかバットを振らなかった赤羽さんは、美咲をこのまはま乗らせないように、初球からストレートを狙って強振してきた。
完全に狙われたストレートを捉えられ、一二塁間を破りそうな強い打球を打たれる。
いい反応を示したのはセカンドの雪山だった。
勢いよく打球に頭から飛びついた。
絶対に捕れるわけないと思っていたが、しっかりと打球をキャッチしていた。
すぐに立ち上がると、足の速い赤羽さんの姿が見えて焦ったのか、投げたというより放り投げていた。
送球はワンバウンドしたが、円城寺がなんとかボールをキャッチしてアウトを取ることが出来た。
「うおぉぉ!天才ッスゥ!!」
「沙依ぃ!よくとった!!」
雪山の奇跡のプレーでランナーに出したら厄介な赤羽さんをアウトに打ち取った。
そんなに喜ぶのかと思うくらいはしゃいでいたが、今のはかのんでも捕れたか怪しかったので、送球のことには目をつぶってあげるくらいにはいいプレーだった。
雪山のプレーで勢いがついたのか、続く2番にも押せ押せのピッチングでショートフライに打ち取った。
「監督ぅ!見てたッスか!?」
「見てたよ。ナイスキャッチだったな。」
「え!?送球のことは何も言わないんッスか?」
「まぁ、さっきのは捕れただけ凄かったし、送球のことはいいかなって。」
「気持ち悪いッス!責めてこないなんて!監督になったから調子に乗ってるッスよ!」
ファインプレーで調子に乗ったのか、言いたい放題言われたが、このまま怒っても馬鹿にされそうだったので黙っておくことにした。
「へいへーい!夏実も花ちゃんもチャンスでウチに回したら打つッスよー!」
「あはは…。頑張ってチャンス作ってくるね。」
「任せたッスよ!」
これは打つ方は期待できない。
雪山の打席は酷いものになると確信して、打席が回ってきたら見ないようにしようかと本気で迷った。
「おばかちーん!チャンスで回ってきたから打つんでしょー?」
「へいへーい!沙依ー。1本出たら同点ッスよー!」
夏実はスライダーを狙っていたが、打ちに行った打球がことごとくファールになった。
際どいコースのストレートか、一球だけ見せたカットボール?のようなボールで打ち取られると思っていた。
そのストレートが失投となり、ど真ん中に来たボールを夏実は三塁線を抜ける長打を放つ。
ノーアウトランナー二塁となり、雪山には期待できないと決めつけてノーサインで打たせたが、花田は自主的に送りバントを選択してしまった。
これがナイスバントとなり、ワンアウト三塁で雪山に打席が回ってきてしまった。
ネクストバッターズサークルでは、かのんが雪山を弄っているし、ベンチでは美咲が雪山の真似をして野次を飛ばしていた。
雪山は今に見とけと言わんばかりの表情で打席に入っていった。
スクイズ警戒もさせたいので、ノーサインでも一応毎回サインを出す。
いつもは打たせろと嫌な顔をしてサインを見ている雪山だが、今日はスクイズ出してくれと言わんばかりの目で俺を見ていた。
『打つって言ったんだから打て。』
『このあほ!ばか!無能監督!さっさと天見監督に変われッス!!』
雪山の心の中の声が何故か耳元で聞こえてきたが、スクイズ失敗してめちゃめちゃになるよりも、三振でもしてかのんに回す方がいいという判断をした。
「こうなったら絶対に打ってやるッス…。」
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