元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

段違い!



美咲の気合いの入った声掛けで試合開始の挨拶をしにホームへ走り出した。



1年生大会 2回戦


先攻 白星高校 対 後攻 京都西高校



相手のキャプテンであり、4番でエースでもある尾仲さん。

投球練習を見る感じ、ストレートは110km/hちょっとは出ているだろうか?

スピード以上にボールが伸びているかもしれない。

京都西は彼女のワンマンチームの可能性はある。


逆に言えば、彼女の実力次第では簡単に格付けが済んでしまう。

梨花がホームランを打たれるようなことがあれば黄色信号、3回までにヒットが出なければ赤信号。


その時は早め早めに決断をしないといけなくなる。

少々きつい試合になっても、ピッチャーの起用法を変えるつもりはないし、ワンマンチームの選手1人にやられるようなら、俺達の実力はそこまでだろう。



1回表の攻撃。

1巡目は特にサインを出す予定は無い。
各々に任せてみて、2巡目以降に接戦になった場合だけは点を取りに行く。



選手たちは俺が監督のせいなのか、ランナーがいない場面でも一球ごとにサインの確認をしてくる。

その度に打てのジェスチャーを出す。

ランナーがいないのにサインを出したら、セーフティバントや待てのサインが出てると思われる。


尾仲さんはノビのいいストレートと、オーソドックスなカーブとスライダーを使うオーバースローの投手だった。


フォームも綺麗で、基本を徹底的にやってきている。

少し高飛車な雰囲気だったが、野球のプレー自体は素直で少し感心させられた。


コントロールが少しバラついていたので、凛も夏実もボールをじっくりと見る慎重な打撃を選んだ。


2人ともフルカウントまで粘ったが、どちらもど真ん中よりも少し高いストレートを打ち上げてしまった。


「緒花ちゃん、思ったよりもストレート伸びてきてるから気をつけてね。」


「情報ありがとうございます。」


選手たちは次のバッターへピッチャーの情報を共有していく。

凛も夏実もどちらもストレートのことを後続に伝えてきた。


変化球はカーブとスライダーがあるとだけ伝えていたので、変化球はそこまでいいボールが来ていないんだろう。


スタメンで1番期待できそうなバッターの美咲がバッターボックスへ。

ピッチャーとしての練習を続けつつも、内野手としての才能を少しずつ花開かせようとしている。


中学生の時の打撃はそこそこ酷かったが、公園での自主練を有意義なものにしたのか、今では悪くないバッター位には進化している。


美咲は前の2人とは違い初球からスイングして行った。

完全にストレートを狙ったスイングだったが、スライダーを投げられてヘルメットが脱げて地面に落ちた。



「美咲ー!狙いすぎ!」


あまりにも豪快に空振りしたので、雪山とかのんに笑いながら茶化されていた。

脱げたヘルメットを拾い上げて、ベンチからの野次に少し照れた表情で睨みつけていた。



かのんも雪山も人のことを言えないようなタイミングの外され方をして、空振りする場面をこれまでに何度も見てきた。


美咲もそのことでツッコミを入れたい気持ちもあるだろう。

1球目の空振りを逆に利用したのか、2球目のスライダーに狙いを変えて強振しにいった。


捉えた打球はあっという間に三遊間を破ってレフト前へ。

ツーアウトからヒットでランナー1塁にすると、ノーサインで2球目にスタートを切って盗塁を成功させた。


ツーアウト2塁に変わって、カウントは1-1。

円城寺は落ち着いているように見えるが、明らかに肩に力が入っている。

俺のサインを見る時に、肩の力を抜いていけのジェスチャーをしてみたが効果はあまりなさそうだった。


結局ボール球のストレートを打たされ、センターフライになりスリーアウトチェンジ。


「ごめんなさい。力み過ぎちゃいました。」


「ん?気にしなくて大丈夫。誰でも多少は力むから頭だけは冷静にね。」


「はい!わかりました!」


円城寺のグラブを渡すと、俺に一礼してサードのポジションへ走っていった。


梨花には相手を見極めて、力を抜ける時は全力で抜く練習をしてもらいたかった。


だからこそ速いストレートとスプリット無しでも、しっかりとコースに投げ込めば抑えられることを実感してもらう。


力を抜くといっても、フォームをゆったりして力を抜いても意味が無い。

いつものフォームで体に負担をかけずに、体重移動だけでスムーズに投げれば梨花自身の持つキレのいいストレートは投げ込める。


ただスピードがいつもより出ていなくても、質のいいストレートを弾き返すのは簡単なことではない。

125km/h以上のストレートを回数を制限させて、バックネット裏で応援に来ている親御さんに、スピードガンを渡してスピードをメモしてもらっている。


試合後にどれくらいのストレートを投げていたかを、映像と球速を見ながら梨花の感覚を少しずつ養っていく。


一流の投手は自分が投げた球の球速を言い当てることが出来る。

それは自分が投げた時の感覚と、実際のボールが完全に一致しているということになる。

この位のスピードで投げれば抑えられると思えば、その感覚を頼りに適度に力を抜いて投げられる能力にもなる。


力を抜くというのは、先発ピッチャーにはとても重要な能力の1つなのだ。

スタミナを温存しつつ、肩肘に負担をかけずに長いイニングを少ない失点で切り抜ける能力に繋がる。


だからこそ、プロ野球でもストレートが速くてパワーのあるピッチャーは先発ではなく、中継ぎや抑えで1回15球前後を全力で投げて抑える。


それも1イニングだけしか基本的には投げない。

2イニング投げて打たれる場面もたまに見るが、1回を全力で投げると体には相当な負担がかかる。

だからこそ先発ピッチャーには手を抜くという技術が必須だと俺は思っている。


バッテリーはストレートしか投げないので、サイン交換も形だけで七瀬は投げて欲しいところに構えるだけだった。


「ストライク!バッターアウトぉ!」



1番、2番を120km/hも出ていないくらいの、ストレートで三球三振に打ち取った。

3番は2球目のインコースのストレートを打たせて、ファーストファールフライに打ち取った。


125km/hを3球までと制限を付けたけど、そもそも115km/hから120km/hのストレートくらいしか投げていない。


7割くらいの力のストレートだけでも、相手は梨花のボールに対応出来ずにいた。


マウンドから降りてくる梨花の表情は、1回を完璧に抑えたピッチャーの表情ではなかった。


「どうかした?」


「いや、別に。」


「伊志嶺さんとの勝負を思い出してた?あんな格上と勝負は早々出来ないよ。」


「当たり前じゃろ。あんなバッターがゴロゴロいたらやべぇわ。」


「こんなボールで抑えられると思ってるんじゃないん?別におかしいことじゃないけどね。」


「どういうこと?」


「梨花はまだ実感無い?言い方良くないけど、京都西くらいの相手になら甘いコースに投げなければ大丈夫だし、守備がしっかりしてたら悪くても2失点くらいしかしないと思う。それはストレートのみでの話しね。」



「そんなもんかね?じゃけど、龍がそういうならそうなんじゃろうな。」



褒めたつもりだったが、あんまり興味無さそうにしていた。

梨花自身は野球が好きで野球をやっているみたいだが、この前の試合で本当のピッチャーとしての勝負の楽しさに気づいたかもしれない。


「青島、雪山、奈良原ちょっといい?」


「はい?なんでしょう?」

「なんッスかー?」



「今日は2打席は立ってもらうけど、ヒットよりも自分のフォームを意識して打てっていつも言ってるよね?」


「常日頃言われてるので、それを心がけて打つつもりです。」



「今日はフォームを気にせずにヒットを打ちに行ってみて。」


「いいんですか?フォームが崩れてしまうかもしれないですよ。」


青島は真面目なので、俺の指導通りに自分のフォームで振ることをいつも心掛けている。

自分のフォームで打てるのが1番いいのは間違いないが、そればっかりを意識していいスイングで三振するのも経験値にならない。


それならボールをバットに当てに行くスイングが、自分のフォームとどれくらい差があるかを後々確認させた方がいい。


試合は相手のボールを捉えることに必死になるので、フォームもどうしても癖が出やすくなる。


癖と言っても悪いものばかりではない。
バットを立てて構えていても、スイングする時にはかなりバットが寝た状態から出る選手もいる。



「てことだから、自分が思うやり方でヒット狙ってみて。」


「「はい!」」



七瀬から始まる攻撃だったが、七瀬もストレートを打ち上げてセカンドフライ。

青島も野球初心者とは思えないような鋭いスイングをしていたが、苦手な変化球に為す術なく空振り三振。


雪山もホームランバッターのような大振りから繰り出された、クソみたいなボテボテのピッチャーゴロでスリーアウトチェンジ。



打線に期待していなかった梨花は、雪山のクソみたいなピッチャーゴロを見て、溜息をつきながら1番早くマウンドに向かって行った。


2回裏は4番の尾仲さんとの対決から始まる。


どんな投球を披露するのか楽しみだった。
尾仲さんのバッティングもどれくらいのレベルなのかも気になった。


梨花も相手のチームで注意する選手は、尾仲さんしかいないと本能的に分かっているみたいだ。


初球から125km/h以上は出ていそう威力のあるなストレートを投げ込んだ。

尾仲さんは完全にストレートを狙っていたが、完全に振り遅れていた。

2球目も同じような力の籠ったストレートを空振りして、3球目も高めのストレートを投げ込んで空振り三振。



3球全て125km/hを越すような梨花の持ち味が出たストレートだった。

尾仲さんは一球もバットに掠らなかったけど、スピード自体には少しずつ合わせて来ていた。

それでも3球ともすべてボールの下を振っていた。


この後も梨花は予定の3回をほぼ完璧に抑え込んだ。

レフトフライを奈良原がエラーしてランナーを背負う場面があったが、焦ることもなく後続を抑えていった。


打者10人に対して被安打0、奪三振6、球数も34球と奪三振の割には省エネピッチングでマウンドを2番手の美咲に渡した。


2回の攻撃は奈良原からの攻撃で、エラーした雪辱に燃えていたがストレートを打ち上げてしまった。


セカンドフライを今度は京都西の選手がエラーをして、ノーアウトからランナーが出た。

快投と呼べるようなピッチングを披露している梨花がバッターボックスへ。


今日の試合は特にやる気無さそうに見えた。

2球連続でストレートを投げてきて、どちらも振る様子もなく見送って、カウントはワンボールワンストライク。


俺はこの試合初めてサインを出した。


『ストレート狙って。』


『はいはい。』


梨花は球種を絞らせたほうがいいことは早い段階で分かっていた。


尾仲さんは梨花にピッチャーとしてリベンジをする為に、ストレートに拘ってきていると思ったのでストレート狙いのサインを出した。


俺が思った通りに3球目もストレートを投げてきた。

梨花は強振せずに来たボールに素直にバットを出して、タイミングもバッチリで捉えた打球はそのままスタンドへ向かって飛んでいく。



「やったぁーー!!」


ベンチの選手は誰もがホームランだと喜んでいたが、打った梨花は入らないことを分かっていたのか、手を抜くことをなく先の塁を目指した。


打球は低いフェンスの1番上に当たって勢いよく跳ね返ってきた。


後20cm伸びていればホームランという打球で先制点と思っていたが、跳ね返った打球がたまたま打球を追いかけていたレフトの元へ。


すぐに中継にボールを返球して、三塁ランナーコーチをしていた氷は、一塁ランナーの奈良原に慌ててストップをかけた。


ノーアウト2.3塁のチャンス。

ここで2巡目となる1番の凛に打順が回ってきた。

このチャンスでどんな打撃をするかと期待していたが、低めのスライダーを打ち損じて高いバウンドのショートゴロになった。


前進守備のショートも高いバウンドを処理している間に、奈良原がホームへ滑り込んでいた。


一塁はアウトになったが、二塁ランナーの梨花はその間に三塁へ進塁した。


内野ゴロで先制点を取る事に成功して、尚もチャンスで2番の夏実がバッターボックスに。


夏実は1打席目と変わらず慎重に打つ球を絞りつつ、高めに浮いてきたストレートをスイングしたが、打ち損じてセカンドゴロになってしまう。


打球がそこそこ強かったので、三塁ランナーの梨花はホームに帰ってこないと思っていたが、打った瞬間からスタートを切っていた。


セカンドは思ったよりも足の速かった梨花に驚いたのか、ボールが手につかずホームへの送球を諦めて一塁へ送球した。



「うーん。なんかイメージと違うけど、2点入ったからいいか。」


3番の美咲はカーブを打ち損じてセカンドフライに倒れて、3回表の攻撃が終わった。


3回裏はテンポのいい梨花が5分くらいで3人を仕留めて、今日の役目を終えてベンチの柳生とクールダウンに向かった。


「市ヶ谷ー。裏の守備からサードで行くからね。」


「やっとかー。りょ。」


「花田も一緒に裏の守備からショートで行くからね。」


「は、はい!が、がんばるっ!」


市ヶ谷は緊張感がなく、逆に花田は気合いを入れ過ぎなような気がしたが、どうにかなるだろうという適当な考えで放っておくことにした。



4回表の攻撃は、円城寺が1打席目の反省を生かして考えすぎないように素直にスイングしていった。


上手く打ったが、サード真正面のライナーに倒れてしまった。

5番の七瀬、6番の青島も1打席目よりはリラックスして打席に入るが、変化球を上手く捉えられず内野ゴロに打ち取られた。


守備交代


9番ピッチャー西→9番ショート花田。
4番サード円城寺→4番サード市ヶ谷。
3番ピッチャー中田。


思ったよりも相手投手の尾仲さんが打てないなと思いつつも、2-0でリードしていたので特になにもサインを出さなかった。


内野陣が初心者だけになって安心は出来なかったが、こういう時のピッチングに定評がある美咲がマウンドに上がっている。


美咲なら投げながらも内野の世話をしてくれるだろうと思っていた。

 
美咲にとっては重圧のかかる4回裏の投球が始まろうとしていた。



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