元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
対照的な二人!
合宿が終わって約1週間経っていた。
ちょうどお盆休みだったので、俺は久留米という福岡の南部に来ていた。
野球部の方はというと、梨花は3日の謹慎で早めに広島へ帰ることにしたらしい。
梨花は両親がおらず、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたので、お盆休みだけだと寂しいのだろう。
梨花は監督に深々と頭を下げてお願いしていた。
監督も梨花のいつもと違う真剣なお願いに、流石に断ることも出来ずに仕方なく了承していた。
俺に梨花のトレーニングメニューを考えてくれとお願いされたので、いつもよりも厳しい練習を課して、それをしっかりとこなすことを条件に早めのお盆休みに入った。
凛が復帰できるのは多分8月の後半だろう。
怪我自体は酷くはないが、肉離れは癖になりやすいからまずは軽い運動と、座ってでもできるトレーニングをやってもらうつもりだ。
雪山はお盆明けまでは謹慎になっている。
合宿が終わって帰る時に、珍しく雪山からどんな練習をしたらいいか聞かれた。
謹慎なので、しっかりと反省するように伝えて練習内容などは特になにも言わなかった。
その代わりに、自分が野球を始めた原点に帰ってもいいんじゃないかと伝えた。
雪山は草野球で楽しい野球をやってきて、高校に入っていきなり俺から基礎基礎と無理矢理やらされて、嫌気もさしてたんだろう。
1度、草野球をやらせて楽しいと思う気持ちを思い出してもらいたい。
高校での厳しい練習にうんざりして、高校野球を辞めてしまうかもしれないが、別にそれはそれで雪山が決めたことなのでいいかなと思っていた。
謹慎した3人のことを考えていると、いつの間にか目的地に着いていた。
「よぉ。久しぶり。」
俺がここに来た理由は、姉からお願いされていた約束を一応果たしに来た。
「龍兄か、お久しぶりー。」
俺が久留米まで来たのは、従兄妹の現在中学3年生の女の子に会うためだ。
姉のお願いと言われて、俺がここに来た理由は1つ。
「龍兄、2年ぶり?あん時はまだ野球しとったよね?それが今は女子野球のコーチになるとか思わんやった。」
「まぁ、姉ちゃんからの勧めを俺が断られるとも思えんやろ?」
「光姉のお願い断るのは龍兄は無理やろ。シスコンのヘタレ!」
こいつはこいつで姉とは違う面倒くささがある。
俺に対してだけかもしれないが、姉のことをとてつもないくらい尊敬してるのに、俺が全国大会制覇した時は、自慢するなと嫌味を言ってきた。
今も俺がコーチをしているのを多分よく思ってないだろう。
現役で甲子園で活躍してても、よく思わないだろうからどっちみち同じことだ。
「俺がここに来た理由は1つ。スカウトしに来たんだよ。光瑠。」
俺の従兄妹の名前は、宍戸光瑠。
俺の母さんの弟の娘だ。
そして、俺の父さんの姉の娘でもある。
父と母が結婚してから何年か経って、母の弟と父の姉が結婚するというなんとも珍しいケースになるのだろう。
つまり、俺と光瑠はほぼ同じ血が通っていることになる。
光瑠には1つ下の妹の、穂里と更に3つ下に弟の綾人がいる。
穂里と綾人は俺の事をとても慕ってくれているが、光瑠だけはえらく俺の事を敵視している感じがある。
その理由をわかっているからこそ俺は何も言わない。
姉が俺の実力を評価していて、特別扱いするのが光瑠には気に食わないみたいだ。
あれだけ姉のことを尊敬していて、二人の関係を見ていると、姉からしても光瑠は妹みたいなものだから尚更なんだろう。
確かに俺の事を敵視している光瑠だけど、俺は光瑠の事で尊敬出来るところがあった。
それは光瑠が不屈の精神を持っているというところだ。
光瑠は俺と同じで姉に憧れて野球を始めた。
元々右利きだったが、姉の左投げに憧れて左利きに変えて野球を始めた。
だが、6年生になって野球の練習に向かう途中に交通事故にあって、左手の人差し指の骨が粉砕骨折してしまった。
そこから指が完全には元に戻らないことが分かると、すぐに左投げをやめて右投げとしてもう一度投手を目指した。
5年野球をやってきて、元々右利きだったとはいえすぐに投げられるはずも無い。
そこで助けになったのが姉だ。光瑠が右投げとして、復帰出来るように力を貸すことにしたのだ。
光瑠にやらせたことはシンプルで、野球を1年間やめさせた。
キャッチボールを1年間やって、まずは投げ方をしっかりと覚えさせること。
そして、それまでの左投げとしての身体をまずは元に戻す。
その為に、バレエと水泳をやり始めた。
バレエで柔軟性と水泳で全身の筋肉を使って、右左関係なく鍛えることと、キャッチボールで右を少しづつ慣らしていく。
それを言われてからすぐに少年野球チームを辞め、その足ですぐにバレエと水泳を始めた。
それでも1年で全てが元に戻る訳もない。
そのままバレエと水泳とキャッチボールを続けて更に1年。
あれだけ野球が好きな光瑠の気持ちを考えると、野球をしたいと思う気持ちは計り知れない。
自分がもう一度プレーするためだけに、野球以外のスポーツに打ち込んだ。
2年前のお盆休みに光瑠に会った時にキャッチボールしたが、普通の女子中学生くらいの球を投げていたような記憶がある。
それから2年経った光瑠は、どこまでボールを投げれるようになったんだろうか?
光瑠とあった2年前は野球部に入っておらず、それからどうしているかも全く知らないし、姉から光瑠をスカウトしにいけと言われただけだった。
「光瑠、そういえば今野球部に入った?それとも女子硬式に入ったんか?」
「あー。久留米マリーンズってチームに入ったけど、試合ではほとんど出てないからなぁ。」
「エースナンバー取れなかったん?」
「いや、そういうことじゃないんやけど、チームの人数が凄い多いんよね。福岡で1番多いらしいよ?はっきり言えばあんまり馴染めなかったんよ。」
それもそうだろう。
いつから入ったか分からないが、2年の途中から入って、それまで野球を辞めていた人を簡単に受け入れるとも思えない。
「しかも、チームの週6の練習にも、バレエと水泳続けてたから3日しか出てないし。そんな奴がエースもそうだし、ベンチにも入れんかったんよー。」
光瑠は全然気にした様子もなく、ペラペラと事実だけを俺に話してくれている。
「けど、お前の球が凄かったらエースじゃなくてもベンチくらいに入れるだろ?」
「まぁーね。それじゃ、私の球受けてみてよ?その為にそれ持ってきたんでしょ?」
俺の肩にかけていた野球道具を指差しながら、俺にボールを受けろと言ってきた。
「わかった。そこまで言うなら投げてみ。」
「へいへーい。」
そういうとかなり広い庭に出て、キャッチボールを始めた。
すぐに分かったことだが、さっきまで座っていた光瑠の身長がかなり伸びていた事。
多分、170ちょっとはあるだろう。
もう1つが2年前とは見違えるほど、キャッチボールのフォームが綺麗だった。
元々左投げとは思えないほどのしなやかなフォーム。
性格とは全然違って、かなり綺麗なフォームで、理想的なフォームと言っても過言ではない。
多分、フォームを1から姉に教えられたように固めていったら無駄な動作が省かれて、洗礼されたフォームになったんだろう。
パシッ!
「2年前とは比べ物にならないくらいに、いいボール投げるようになったな。」
「でしょー?そこらへんの投手とは比べ物になんないと思うよー。」
キャッチボールでこれだけ実力分かるのに、ベンチに入れないのはなぜだ?
「もしかして変化球投げられないのか?」
「ばーか!投げられるわ!チームでは外野手やってるんだよ!」
「てことは、外野手としてベンチに入れないってことか。」
「ふんっ!私はピッチャーなんだから、外野とか出来なくても別にいいし。」
小さい頃からピッチャーにこだわりすぎて多分、内野外野守備練習を全然やってこなかったんだと思う。
そして、2年間の野球自体へのブランクも大なり小なり影響があるはずだ。
それを考えてもかなり絶望的な守備なんだろう。
あんまり考えないようにすることにした。
「打撃はどうなんだ?」
「うーん。硬式経験1年ちょっとで、週2回硬式打ってるだけの割には打てとる方じゃない?一応3割5分くらいは練習試合で打てとるよ。」
それだけの練習でそこまで打てるようになる方がおかしい。
守備だって本気でやればもっと上手くなるだろうに…。
「肩が温まって投げられるようになったら言って。」
普通なら投げられるくらいキャッチボールをしているが、結構念入りに肩を作るみたいだ。
「龍兄、座っていいよー。あんましポロポロ落とすと投げんのやめるからなー。」
俺に嫌味を言っているつもりだろうが、俺が女子のボールを落とすなんて考えられない。
40球くらいボールを受けたが、紫扇さんとも上木さんとも違うストレートを投げてくる。
相当ボールに伸びを感じられる。
約4年間投げることだけを丁寧にやってきたのか、縦回転の綺麗なストレートを投げられるようになっている。
綺麗なストレートの割にはコントロールが少しアバウトな感じだが、ストレートには相当な威力もあるし、梨花と同じパワーピッチャーになっていた。
変化球は姉が投げるようなナックルカーブは投げられず、比較的に投げるのが簡単なスライダー、カーブ、チェンジアップの三球種だけだった。
ストレートも120km/h前後のボールを投げているし、変化球もどのボールも平凡だった。
これまであんまり変化球を投げてこなかったと思うから、変化球自体はこれからもっと良くなっていくだろう。
「こんなもんでいいやー。今はあんまし球投げ過ぎないようにしとるんよ。高校に入って、光姉みたいになるために今は我慢。」
中学でも我慢してきて、その我慢した分を高校で出し切るつもりなんだろう。
「光姉から聞いとったけど、スカウトしに来たんやろ?それならお断りさせてもらうよ。」
「はぁ…。そう言うと思ってたわ。光瑠は城西に行くつもりなんやろ?」
姉のいた全国的にも知名度のある城西高校。
今も福岡の4強の1つで、今年の夏の甲子園にも進出した。
3回戦で花蓮女学院という日本最強の高校とぶつかり、いい試合をしたらしいがまた負けたらしい。
城西が初めて甲子園に出てから今年で8年経つが、対戦結果が0勝7敗となった。
9度甲子園に出て、7回も花蓮に負けているのは逆に呪われているような気もする。
7回ともすべて2点差ゲームで、いつも花蓮を苦しめては負けていくので、花蓮と城西の対決はかなり城西贔屓が多いらしいと姉から聞いたことがあった。
姉のいた城西で、光瑠は自分の力で打倒花蓮を達成したいんだろう。
「そういうこと。私は城西で甲子園に出て花蓮をぶっ倒す!そして、早くプロになって光姉と野球する!」
ここまではっきりと言われるとなにか説得しようという気も失せる。
可愛い?従兄妹でも、もし戦う時が来れば負けてあげる訳にはいかない。
「でもね、セレクションにいかんといけんのよね。お盆明けて3日後の18日。」
「やっぱ強豪となるとセレクションあるよなぁ。」
セレクションとはそこの高校に行って、50m走や打撃練習や投球練習などをテストされる。
合同だと何チームかの選手たちが集まるパターンもある。
「そうなんやね。セレクションってテスト方式?」
「いや、試合形式らしい。私、ピッチャーとして試合出るの4年振りなんやけど、やばくない?」
はっきり言って結構やばいと思う。
いい球を投げられても、試合でそれが出来るかはわからないし、練習と試合では全く違うのだ。
俺はいいことを思いついた。
ちょっとやろうと思っていたことを光瑠に付き合ってもらうことにした。
「軟式でなら明後日マウンドに上がれるけどどうする?少しでもマウンドに上がって、試合に混ざっておくだけでいい予行練習にはなると思うけど。」
「軟式ねぇ。試合で投げられるのは嬉しいんやけど…。どうしようかな。」
軟式に少しだけ難色を示しながらも、セレクション前に軽く予行練習出来ることに少し揺らいでいる。
「ちなみに光瑠と同じ歳のピッチャー歴2年くらいで、姉ちゃんと同じスクリューとかナックルカーブ投げられる投手がいるよ。」
「はぁ!?そんな子いんの?そんな子が軟式?うーん……。」
ここまで食いついてくると、多分光瑠の性格的に俺の用事に引っ張り出せそうだ。
2年で姉と同じボールを投げられるようになる選手で、しかも女性の選手でかつ同じ歳となると気になって仕方ないだろう。
俺はあと一押ししておくことにした。
「軟式だから打たれても、打てなくても大丈夫よ?もし、光瑠が白星に来るって言っても彼女がS特待だろうけどね。」
流石に言いすぎたのかムッとしているのがよく分かる。
これだけ同じ血が通ってるせいなのか、本当の兄妹のように考えていることがわかる。
「そうやって焚き付けようとしとるやろー?騙されんけんね!けど、それとは別に最後の仕上げに軟式の試合出てもいいけど?」
この言葉さえ聞ければ俺はそれでよかった。
そこらへんの普通の草野球チームだが、俺も少しやりたいことがあったし、今のところ利害が一致しているようだ。
「オッケー。それじゃ、明日帰る時に光瑠もうちに来たらいいよ。どうせセレクションでこっちに来るなら室内練習場があるうちのがいいやろ。」
「それもそうやね。たまには私の役にもたってもらわんとね。」
「へいへい。あ、光瑠の左手の人差し指の様子はどんな感じ?少しは良くなった?」
「んー。これがよくなったかどうかわかんないけど、動きはするってくらいかな?」
かなり痛々しい指の傷跡と、グーパーするときに少しだけ遅れる人差し指を諦めたように笑いながら見せてきた。
こんな事言うのはあれだが、すぐに右投げにしたのは正解だっただろう。
この指で強いボールや変化球を投げてたら、指の方が先に終わりそうな気がしてならなかった。
大怪我をしたと聞いて病院に行った時は、包帯をしていて分からなかったし、2年前に会った時は聞きずらい雰囲気があった。
その時は指のことを気にしたらいけないと思って、見ようともしなかった。
「けど、指が使えなくなっても野球は別に今できてるし、右投げになってこっちの方が私にあってるような気もするしね。」
相変わらず、女の子とは思えない思考と不屈の精神にただただ感心するだけだった。
「ま、まぁ、あんまり左指は酷使しないようにしなよ。右手はいいって訳じゃないけどね。」
「心配してんの?なら大丈夫よ。右肩はほとんど消耗してないし、これから野球人生が始めると考えれば長く野球できるっしょ。」
ポジティブに考えればそうなんだろう。
少し俺の言いたいこととは違っていたが、姉とは違う強さが光瑠にはあると思うことにした。
光瑠と色んなことを話していると、中学2年生の穂里が帰ってきた。
穂里は2年前は小学校の時に陸上をやっていて、とても足が速くて、運動神経抜群な記憶がある。
「おぉ。穂里!久しぶり!」
「あー!龍兄ちゃん!久しぶりー!!」
そういうと俺の元に近づいて、少し恥ずかしがりながら軽く抱きついてすぐに離れた。
当たり前だが、身長がすごく伸びていた。
中学2年で中学3年の光瑠より少しだけ高く、多分172.3はあると思う。
「穂里はかなり身長伸びたな。これだけ大きくなれば陸上でかなり生かせるんじゃないか?」
「私、陸上もうやってないよー?今は野球始めたんだー!」
俺たちは良くも悪くも姉のせいで、全員野球をやることになってしまったのだろうか…。
「再来年、白星高校だっけ?私もそこに通うために龍兄ちゃんの家に居候させてもらうよっ!」
「え?野球部に来るの??」
「うんっ!コーチしてるんでしょー?それ聞いて陸上やめて野球始めたんだー。龍兄ちゃんに野球教えてもらいたいって思っちゃった!」
穂里は何故か同性の姉よりも俺に懐いている。
なんで俺なのかと聞いたら、姉が雲の上の人のような気がしてしまうらしい。
「いや、ダメとは言わないけど…。野球始めてどれくらい経つんだ?」
「龍兄ちゃんがコーチになるって決まってからだから、1年半前くらいかな?」
ということは中学生から野球を始めたのか。
俺がコーチをやると決めたのは確か、1年半前の春休みくらいだったはず。
それが穂里の耳に入った時期は、多分中学入学した時くらいだろう。
「ちなみに穂里もピッチャーしてるん?」
「うぅん。キャッチャーだよ!龍兄ちゃんもキャッチャーだったし、キャッチャーカッコイイし!」
本当に俺の真似をしてキャッチャーをやっているんだろうか?
それにしても中学生から野球を始めてキャッチャーやるのは相当厳しいと思うが…。
「龍兄、穂里は光姉に近いと思う。天真爛漫な感じもそうだけど、運動センスが桁外れなんよ…。」
「天才肌ってことか?」
「私が天才ー?そんな事ないよー。野球まだ下手っぴだし!だから龍兄ちゃんに教えてもらうの!」
そういうと俺の事引っ張って外に引きずり出そうとしている。
これから野球を教えることになりそうだ。
それを眺めていた光瑠はやれやれという感じで、俺たちに嫌そうにしつつも付き合ってくれるようだ。
「ちなみに、私は野球部だから軟式だからね!けど、光瑠ちゃんのボールを家で受けてるから硬式も大丈夫っ!」
光瑠のボールを捕れるということは、キャッチャーとして最低限の能力はあるんだろうか?
にしても、どういう練習をしているんだろうか?
「ジャジャーン!これ野球始める時におばちゃんから貰ったんだー!」
そう言って取り出したのは、俺が小学生の時にチームメイトの為に作った練習ノートがまさかこんな所にあるなんて…。
おばちゃんってことは俺の母親が、野球を始める穂里に勝手にプレゼントしたことになる。
あれはまだ俺が小学生の時に作ったから、ちょっとネーミングセンスもあれだし、練習内容も小学生用だから本当は見られるのも嫌なんだけど…。
「これに書いてあること練習して、最近になってやっとほとんどのことをマスターしたんだよ。だから、続き欲しいんだよねっ!」
あれを初心者が1年半前でマスター出来るような内容ではないとはずだが…。
ピッチャーから外野手まで全ての練習方法と、打撃や走塁など全てを書いてあるからこれをマスターしたということは、イコール野球の基礎中の基礎は身についたと思ってもいいかもしれない。
「龍兄が思ってるよりもずっと穂里は天才肌だよ。スポーツはなんでも出来たし、それは野球も例外じゃなかったってこと。」
認めたくないのか、かなり憎々しげな顔をしているようにも見える。
この姉妹は性格が違いすぎたし、野球に対する思いも違う。
光瑠には姉や俺のような才能がある訳では無いが、全てを野球にかけてきてここまで登り詰めてきたんだろう。
それを妹が1年半ですぐ後ろまで追いついてくるとなると、気が気じゃないんだろう。
「別に同情してるとかじゃなくて聞いて欲しいんだけど、光瑠のその気持ちの強さは土壇場になった時に、絶対に役に立つから。」
「ふん。野球の実力が追いついてきたとしても、野球は1人じゃできない。個人で負けたとしても、試合には負けなかったらいいんやろ?」
目の前ではしゃぎながら、ウォーミングアップしている妹のことをなんともいえない顔で見つめていた。
「龍兄ちゃんがピッチャーして、私が受けてみるからなんか気づいたら教えてねんっ!」
俺は軟式で穂里に対して6割くらいの力で投げ込んでみた。
1番驚いたのが、俺とそっくりな構えとキャッチングも俺の癖まで似せてきているような気もする。
「うーん。俺のキャッチングに似すぎてないか?しかもキャッチング上手いし…。」
俺はすぐに光瑠が言っていたことがわかった。
穂里は俺が思っているよりもずっと天才肌で、身体能力も相当なものを持っている。
確か2年前にあった時、小学生でやっていた陸上で、走り幅跳び全国ベスト8、100m走全国2位になったから褒めてと言ってきたのを思い出した。
「キャッチャーが上手いのは、あの子が私の右投げの為のキャッチボールにいつも付き合ってくれたせいもあるかもね。」
穂里は光瑠の事が好きみたいで、復帰するために色々と力を貸していたみたいだ。
姉妹や兄弟でもよくあるらしいが、同じスポーツをやっていて、どちらかに才能がありすぎると、嫉妬などで不仲になるというのをよく聞く。
「穂里、ノートちょっと見せて。」
「はーい。」
俺は昔書いたノートを見返して、次のステップに進むためには何をしたらいいかを考えることにした。
ノートの内容は何となく覚えているが、急にそんないい練習を思いつくわけが無かった。
「今すぐは無理だなぁ。あ、穂里は野球部でレギュラーなの?」
「うぅん。レギュラーじゃないよーん。4番でキャプテンの男子が居るから。ここら辺ではかなり有名なキャッチャーが居るんだよ。」
野球部ということは男子の中でプレーしているんだろうが、有名なキャッチャーの男子には流石に穂里も手も足も出ないんだろう。
「俺が決めれることじゃないけど、穂里はもっと野球慣れした方がいいかもね。才能があるのはわかったけど、試合に沢山出ないと分からないことも沢山あるから。」
「わかった!ならお盆明けにでも野球部辞めてくるー!試合に出れそうなチーム探してそこに入るよ。お母さん達に相談してくるねー!」
そういうと凄い速さで家の中に戻っていってしまった。
穂里が再来年、白星高校に来てくれるならとても嬉しいが、指導できても長くて1年しか見てあげられない。
それでもいいのだろうか?
まだ穂里が野球じゃなくて、サッカーとか他のスポーツを始める可能性もあるので、その時になったらまたしっかりと話をしようと思った。
「はぁ…。凄くいい子なんやけど、どうしても認めてあげらんない。」
「いいんじゃないかな?穂里が白星にもし来るなら、その時までに俺がチームを強くしておいて、光瑠と穂里がライバルとして戦えるようになれば変わってくるかもよ?」
「私はどっちでもいいよ。甲子園に出て、花蓮をぶっ倒して、プロに入って、光姉と一緒のグランドで野球が出来ればいい。穂里がその邪魔をするなら倒すだけ。」
光瑠はこのままでいいだろう。
穂里の抜群の運動センスと才能に、光瑠の野球への情熱と執念が勝つ可能性だって大いにある。
野球の試合は、最後の最後に少しだけ相手よりもなにかが優れていて、勝負の神様を味方に出来る何かがあるとすれば、光瑠の野球への執念とかなのしれない。
久しぶりに会った従兄妹達は俺が思っていない方向に成長していたみたいだ。
妹の穂里のことを考えると、少しだけ光瑠のことが不憫に感じてしまった。
最初は俺の予定に付き合わせるつもりだったが、光瑠のことを城西にどうしても入れてあげたいと思うのであった。
「学園」の人気作品
書籍化作品
-
-
140
-
-
140
-
-
39
-
-
4
-
-
63
-
-
127
-
-
439
-
-
221
-
-
0
コメント