元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

勘違い!





紫扇さんはバックの中からスパイクとグラブを取り出し、用意している途中だった。




俺はグラブを見た時に少し意外だなと思うことがあった。


あんまり派手そうな物を使いそうにない紫扇さんだが、基本色が水色で紐が白というかなり明るめの色のグラブだ。




グラブはオールラウンダー用で、水色と白のグラブにしては色も落ちてないし、かなりこまめに手入れされているのが分かる。






「カッコイイ色のグラブだけど、紫扇さんが自分で選んだもの?」






「…やっぱり私が選んだって思えなかったですか?お義父さまと買いに行った時にお店で1番派手で高いグラブを持ってきて、晴風にはこれが似合うと言われて…。」






なるほど。


これは篠塚さんのチョイスなのか。
俺は紫扇さんみたいなタイプは選ばなさそうだが、そのギャップが逆にいいような気もする。






「紫扇さんのイメージとは違うけど、センスのいいグラブだと思う。しかも凄い手入れもされてるしね。」






お世辞ではなく、俺もこの色のグラブがあったら使ってもいいと思う。




俺から素直に褒められてなのか、大切そうに軽く撫でている。






「よしっ。久しぶりの野球だ。」




今日初めて独り言を聞いた気がする。


彼女からはテストとか関係なく、久しぶりにやる野球を楽しみにする気持ちが伝わってくる。




まずは軽くキャッチボールを始めた。


その選手が野球が上手いかはキャッチボールをすれば80%くらいは分かる。




手を抜いてキャッチボールをしていても、ボールの捕り方や投げ方の端々にセンスを感じられる。


下手な人だと一生懸命にやっても、丁寧にやってもプレーに余裕を感じられない。






紫扇さんは楽しそうにキャッチボールをしている。


手を抜いているわけでもなく、かといって一生懸命やっている訳でもない。


今はいい感じにリラックスしている。




そして、俺はすぐに思ったことがあった。


紫扇さんの投げ方はやや特徴的で、上から投げるというよりも斜め45度くらいの、いわゆるスリークォーターという投げ方をしている。




今は軽く投げているが、結構な肩の強さを持っているはずだ。


それでいてコントロールがいい。
俺の胸付近にきっちりと投げ込んでくる。




キャッチボールする前から薄々気づいていた。
紫扇さんは左利きで、もちろん左投げだ。






居合道の時、左手で刀を握って実演していたし、バックを肩に掛けているときも右肩に掛けていた。




バックの掛け方で俺は気づいていた。




利き手の肩に負担をかけないように右利きは左に、左利きは右に掛けるのは常識なのだ。




紫扇さんは左利き。ということはポジションが限られている。






外野かファーストかピッチャー。




たまにセンスがある左利きの選手がセカンドやショートを守っている選手もいる。




どうしても左利きだと内野のプレーは右利きに比べて不利なことが多い。




キャッチボールしてる感じ多分外野手だと思う。




友愛は外野手がそこまで層が厚い感じでもないし、これくらい肩が強ければ高校外野手としても見ても合格点だ。




友愛のチーム事情もそうだが、投げ方に少し特徴があったからだ。




投げる時、少しだけぴょんと跳ねて軸足の左足を少し曲げて力を溜めて、右足はそこそこ高い位置まで一瞬上げて、左腕は円を描くようにに大きく回してから投げる。




内野手だとあまりこういう投げ方にはならない。




捕ってから投げるまで俊敏な動きが必要で、遠くにボールを投げるわけではないので、投げるまでの動作は出来るだけコンパクトに正確に投げることが必要になる。






今の紫扇さんのように大きく体を使って投げるのは遠投をする時くらいで、まだそこまで長くないこの距離で、その投げ方をしてくるのは間違いなく外野手だとわかる。




少しづつ遠くなり投げ込んでくるが、相変わらずスリークォーターで遠投もしてくる。




遠くに投げるにはやっぱり上から真っ直ぐ投げないと距離は出ない。






それでも70mくらいはきっちりといいスピンの効いたボールを投げてくる。


コントロールがいいのは分かっていたが、ここまで離れてくると少しづつバラけてくるけど、紫扇さんは左右身体1つ分くらいの誤差で投げている。






「うんうん。投げることは全く問題ない。」






うちの外野手の中に入っても、瀧上先輩と同じくらいの送球の正確さがある。




肩の強さ的には梨花と七瀬がダントツで、大きく離れて一般生の奈良原と氷と美咲が同じレベル。




梨花達と氷達のちょうど真ん中くらいの位置になるだろうか?




球の球質、肩の強さ、コントロールの良さは投手をやらせてみても面白いかもしれない。






俺は紫扇さんの新しい可能性に心躍らせていた。


むしろこれくらい投げられるなら投手をやっていてもおかしくない。






「よし。それならまずは守備から確認したいんやけど、外野の主なポジションはどこ守ってる?」






「…主にはライトです。センターも守れます。レフトは守れると思いますけど、守ることがなかったのでなんとも。」






「それならライトのノックだけ見させてもらおうかな。」






「…はい。わかりました。」




そういうとすぐさまライトのポジションに走っていった。


こういう時にだらだら走らないのはなかなか好感が持てる。




「雪山!セカンドに入って中継プレーやってー!梨花はキャッチャーよろしく!」






俺は隅の方でこちらをまじまじ見ていた梨花達を呼んだ。




あまり暇そうにしているので、どうせならと思って二人を呼んだら待ってましたと言わんばかりにすぐにこちらに来た。






「ワシはバックホームされたボールを捕ったり、渡したらええんやろうか?」






「まぁそんな感じかな?雑用だけどごめんね。」




「座ってても暇だったし、少しは身体を動かしたかっただけじゃけ。」






「コーチー!ばっちこーいッスゥ!!」






いや、雪山にノック打つわけじゃないのにノックを受ける気満々で俺の事を待っている。




何をどうしたらそんな思考になるか分からなかったが、試しに雪山の方に一球だけ軽くノックを打ってあげた。






「…???」




ゴロ処理と思って前に出てきた紫扇さんだが、まさか中継の為にいる雪山が打球を処理してビックリしたような顔をしている。






「おいっ!テスト中に打球捕る馬鹿がどこにいるんじゃ!さっさと引っ込んどけ!」






「えー!?…………。あっ!!それもそうだったッス!!」




隣では雪山の馬鹿さに呆れて梨花が大声で雪山を注意していた。






「あははっ!おばかちんまたやってる!」


「ははは!沙依さすがにそれはだめでしょ!」




いつの間にか白星のメンバーが後ろで見学していて、雪山の失態を見て爆笑している。




多分俺がテストに絡んでいないメンバーで、チームメイトが馬鹿なことしていたら俺でもゲラゲラ笑ってしまうだろう。






「もう邪魔するんじゃねーぞ!」




「は、はいッス!!」






カキィーン!






最初は前後の打球反応を見て、次は左右の反応を確認した。




捕ってから投げるまで少しだけ遅いが、返球してくるボールはかなり力強いし、コントロールもいい。




中継に投げるボールとかも雪山が下手なのもあるが、思ったよりも強いボールが来ているのか捕るのに苦労している。






「守備はまぁまぁじゃな。送球は中学生のレベルじゃないな。うちの外野手の誰よりもいい送球してそうじゃな。」






梨花が俺の意見を代弁してくれていた。




梨花は外野も一応守れるからどれくらい守れてるかも分かるし、送球の質も分かっているんだろう。






確かに守備はまぁまぁだ。


打球の反応も悪くは無いが、ほぼライト専門でこれくらいの守備力ならそこそこいるレベルだろう。




打球を追う足の速さでどれくらいの走力があるかも分かる。


多分そこそこ速いはずだ。




正確に測りたいなら、50m走とベースランニングのタイムを測ればチームの誰と同じくらいかが分かる。






「紫扇さん!ノック終了ー!戻ってきていいよー!」






「はいっ!!」






元気よく返事してホームまで走ってきた。


こちらに来る途中に雪山と何やら話していたが、変なことを言ってないといいけど。






「…ふぅ。久しぶりに守備やりましたけど、こんなに注目されると緊張しますね。」






「試合とは違う緊張感があるしね。少し休憩して50m走と一塁までのスピードとベースランニングのタイム測りたいけど大丈夫?」






「…休憩しなくてもそれくらいなら今すぐやります。」






俺は雪山と梨花に50mをメジャーで測ってスタートとゴールを用意してもらっている間に、ベースランニングと一塁までのスピードを測ることにした。






「それじゃこのバット持って。」






「…バットですか?」






俺は一塁までのスピードを測る時に、振り終わって走り出してから、ファーストまで着く時間のタイムに意味は無いと思っている。




実際にバットを持ってボールを打ってもらって、ボールを打った瞬間からファーストまでの時間を計測するようにしている。




振ってからフォロースルーが大きかったり、バットを投げたりするバッターと、スイングしてすぐに走り出せる体勢を作っているバッターでは、ボールを打ってからの時間を測ると全然違うタイムになるはずなのだ。






「…なるほど。確かにバットを振り終わって走り始めてからタイムを測っても、打者によっては全然違いますよね。」






俺の説明に凄く納得してくれたようで、俺の渡したバットを持って右バッターボックスへ。




もしかしてと思ったが、彼女はかなり珍しい左投げ右打ちだった。






居合道の時、右手側に帯刀して抜刀する時に左手で刀を抜いていた。


それなら打つ時も左手でバットコントロールする右打ちじゃないかと思っていた。






『とりあえずは良かった…。』






もしかすると紫扇さんは居合い打ちかもしれないと思っていた。


もし居合い打ちだったら俺が指導することが出来ないし、どう扱っていいかも分からない。






少し変わったフォームだが、別に何も変ではない。


白星にはいないクローズスタンスだ。


俺がこれまで見てきた選手で、100人選手がいたとしたらクローズスタンスは多分2.3人いればいい方だろう。




下手したら1人もいないかもしれない。


特に日本人でクローズスタンスで構える選手は極端に少ない。
プロ野球選手でも日本人選手なら今はいないのでは無いだろうか?




そもそもクローズスタンスとはなんだという話になるだろう。




スタンスは大きく分けて3つある。




1つ目がスクエアスタンス。


両足を真っ直ぐに構え、ホームベースに対して正面を向くスタンス。


メリットもデメリットも少ない打ち方で、殆どの選手がこの打ち方から野球はスタートするだろう。




オープンスタンス。




ピッチャー側の足をホームベースから遠ざけて、キャッチャー側の軸足はホームベース寄りに置く打ち方だ。




俺自身はややオープンスタンスだ。
オープンスタンスには大きな利点として体を投手の正面に向けている為、両目で投手を見れることが大きい。


もし、フォームを変えたいと言われればオープンスタンスを勧めるだろう。




オープンスタンスに関しては利点も大きいが、だからと言って体を開いて打てばいいものでもない。




オープンスタンスは体を開いて構えているから、インコースが打ちやすくなる。


利点は多いが、オープンスタンスのには弱点がある。






オープンスタンスにしている打者はほぼ全員と言っていいほどインコースに弱かったりする。




アウトコースを打つ自信があって、インコースが苦手だからこそのオープンスタンスにしてる場合が多い。




オープンスタンスについては話すことが多いので、また次の機会に話すことしよう。








そして、紫扇さんのクローズスタンス。


クローズドスタンスでもクローズスタンスでも呼び方はどちらでもいい。




オープンスタンスの逆で、投手側の足をホームベース寄り置いて、キャッチャー側の軸足がホームベースから遠い構えだ。






日本人がこの打ち方が少ない理由は簡単で、日本人に向いていないからだ。


外国人のような上半身のパワーがある選手には合っている。




利点は、最初から体を捻った状態で投手の方に構えている為、身体の開きを抑えられてアウトコースを打つのが容易になる。


他にはアウトコースの球はスクエアやオープンスタンスと違い、ど真ん中の球のように打てるから逆方向へ強烈な当たりを打てるのは魅力だ。




オープンスタンスとは逆で、体を捻っているので投手をしっかりと両目で見ることが出来ないのと、サイドスローなどの背中から来るボールに滅法弱い。




極端なサイドスローのスライダー、カーブだとクローズスタンスだと自分の目からボールが見えなくなる可能性すらある。




そして、インコースを打つ技術がないと弱点まみれになりかねない。






長々と話したが、これでもほんの一端なのだ。


打ち方にはその選手の考えや得手不得手が出やすい。




だからこそ、打撃はまず自分に合ったフォームを見つけることから始めないといけない。




初心者はスクエアスタンスで打ってみて、実践を繰り返してくると得手不得手が出てくる。


それ補ってくれるのが、打ち方だ。




弱点を打ち方ではなくて、技術でどうにかするのもよし、打ち方を変えて対応するのもいいのだ。






「…それではどうぞ。」






クローズスタンスに構える紫扇さん。
バットを寝かせて、体をグッと捻ってスタンスは広くとっている。






カキィィーン!!






打つ瞬間に軽く足を上げて、ほぼその場に踏み込んでスイングする。




やっぱり抜刀とは違うが、それに近い鋭いスイングでボールを捉えて打球は低いライナーで飛んでいく。




今は打撃を見ている訳では無い。


ボールを捉えた瞬間からスタート。




クローズスタンスだからか、走り出しも少し早い。


ファーストまでのタイムは右打者としては結構いいタイムだ。


打ってから走り出しまでも早いし、思ったよりも足は速そうだ。






そのままベースランニングと50m走まで一気に終わらせてしまった。




俺はノートにタイムを書き込んで、今年の春のスポーツテストのタイムと見比べてみた。




「50mのタイムは7.91秒。雪山とほぼ同じタイムなのか。けど、ベースランニングは雪山よりも結構早いな。」






俺が思ってたよりは足が速かった。
今ところは守備も足の速さも合格点をあげられるレベルだろう。


後は、1番気になっている打撃能力だ。






「…次は打撃テストですか?」






「正解。ここからは俺が投手として相手させてもらうね。最初は色んな球種を投げるから好きに打ってくれていいからね。」






「…わかりました。それではよろしくお願いいたします。」






俺はマウンドに行く前に、見物している1年生達のところに行った。






「悪いけど、外野に行って球拾いしてくれるかな?」






「「はーい!」」




誰も文句を言わず、待っていたかのようにすぐに外野に散り散りに走っていった。


ここまで素直だと何かを企んでるような気もする。






「キャッチャーは天見監督でお願いします。」




俺は近くにいた七瀬でも柳生でもなく、天見監督に受けてもらうことにした。


たまには監督も優れたキャッチャーだったというのを七瀬達にも見せた方がいいだろう。






「わ、私?」




「そうです。七瀬達もよく見てて!監督は俺の姉とバッテリーを組んだ数少ないキャッチャーだからね。大学でも3回全国大会に出たキャッチャーだし、同性でしか分からない何かがあるかもしれないし。」








「「わかりました。」」




2人は期待した表情で天見監督の方をじっと見ていた。


監督はいきなりの事で焦っているが、ここまで来て引き下がれず、キャッチャーの防具をつけて俺の球を受ける覚悟をしたようだ。






「テストした時以来かな?東奈くんは技術が向上してるだろうし、私は現役から離れてるからちょっと怖いんだけど…。」






「紫扇さんのことを知ってて教えてくれなかった罰だと思って受けてください。」






俺はそういうと返事を待つ前にマウンドに上がった。


俺は打撃投手をすることは多いが、こうやってちゃんとマウンドに立って投げることは久しぶりな気がする。






バシッ!!






「いいボール来てるよー!」




天見監督はキャッチャーとしての能力は相当高いと思う。


現役からもう一年半離れているはずだけど、ストレート、変化球どちらも全く問題なくしっかりと捕球出来ている。




天見監督は七瀬と柳生よりも体は小さい。
それでも2人よりも大きく見えるし、投げやすさを感じられる。


色んなことを経験してきて、キャッチャーとしての能力よりも守備の要としてのどっしりした雰囲気のせいだろう。




まだまだあの二人は技術面というよりも、監督のような投手を安心させられる落ち着きが欲しい。






「紫扇さんそれじゃ始めようか。」






「…お願いしますっ!」






クローズスタンスのバッターに投げたのは確か、世界大会のキューバ代表に投げた時だったか?




キューバはクローズスタンスが多い。
それをただよく覚えていただけだ。




クローズスタンスにはどうしてもインコースを投げてみたくなる。


インコースが得意というのが分かっていながらも、どれくらいインコースが打てるか気になる。






俺は初球は110km/hくらいのストレートをインコースの厳しい所に投げた。






パキィィーン!!






完璧に捉えた。
多分打球はレフトスタンド一直線だろう。






「おぉ。1球目からホームランかぁ…。」




1年生達は紫扇さんの打球を見てみんな驚いていた。


来年はもしかしたら後輩になるかもしれないし、ライバルになるかもしれない。


外野守備を受けていたから夏実とか外野陣は気が気でないのもわかる。






カキィーン!!




右に左に鋭い打球を飛ばしている。
初球のホームラン以外はそこまで打球が上がらず、ライナー性の打球を打ち分けている。




2週間ぶりなのか、変化球を打ち損ねている場面もそこそこ目立つ。




分かったことは、アウトコースが打ちやすいクローズスタンスでもアウトコースへの対応がそこまでいい訳ではなさそうだ。




インコースの強さには目を見張る物がある。
居合道をやってきたおかげなのか、最短でバットが出ている。


体に近いボールでも腕を畳んで完璧に打ち返してくる。


インコース打ちだけなら桔梗や最上さんレベルかもしれない。




だからこそ、アウトコースの対応のチグハグさがどうしても気になる。


あれだけのインコース打ちが出来るバッターがこのアウトコース打ちなのはどう考えてもおかしくないか?






「うーん…。」




トータルで考えると打者としてのレベルはそこそこだ。
インコースだけ見ると強打者、アウトコースだけ見ると平均以下だ。




そこそこな球数を打って、そろそろ終わりかという時に紫扇さんから話しかけられた。




「…東奈さん。バッティングピッチャーありがとうございます。お願い出来るならもう少し本気で投げてもらいたいです。」






「いいよ。なら残り10球はちょっとだけ力入れて投げるよ。」






これまでは速くても120km/hくらいのストレートと、そこそこの変化球を投げていた。




ここからはストレートのスピードを上げて、俺の得意の変化球も投げてあげよう。


それにどれくらい対応出来るか。






ブンッ!!






「…くっ。速い。」






いきなりスピードを上げて140km/hくらいのストレートを投げた。




流石にいくら得意のインコースでも140km/hストレートには手が出ていなかった。


だが、140km/hでも見送らずにフルスイングして来たのは中々見所がある。




その後は、全然似ていない姉弟の唯一同じナックルカーブとチェンジアップを使ったり、変な曲がりをするツーシーム。




そして、またストレート。




監督は少しギアを上げたボールでもこぼすことなくしっかりとキャッチしてくれている。




「ラスト1球ね。」






「……………。」






相当集中しているから、返事をせずに俺が投げてくるのを待っている。


俺が打撃練習から紫扇さんの打撃を見て、彼女の得手不得手はほぼ把握していた。






最後は1番得意なインコースに初球と同じストレートを投げることにした。


140km/hのストレートにも目が慣れたかもしれないし。








キィン!






バシッ!






「…打ち返せたけど、だめだったのか。」






インコースのストレートにしっかりと反応して、詰まりながらも振り抜いてピッチャーゴロ。




今回は135km/h出ていないくらいのスピードを抑えたストレート。


流石に135km/hをヒットには出来なかったが、インコースの厳しいストレートにタイミングはバッチリだった。






「…ありがとうございました。本気を出していないのに手も足も出ませんでした。」






「そんなに簡単に打てないよ。一応姉ともいい勝負できるくらいだからね。」






「…ふふ。そうですよね。」






「みんなありがとー!戻っていいぞー!」






球拾いをしてくれた1年生達に声をかけて、みんな談笑をしながらバックネット裏の日陰に下がって行った。






「紫扇さんもちょっと日陰で一旦ゆっくり休んでて。俺は俺でメモとかを野球ノートにまとめたいから少しだけ待ってて?」






「…はい。わかりました。終わったら呼びに来てください。」






そういうと近くの日陰に入ってタオルで汗を拭いたりして、リラックスしてるようだ。


1年生達が様子を見つつ、話しかけに行ったみたいだ。




彼女達ならいじめたり、嫌味を言ったりしないだろうからそこは任せることにした。






「それにしても紫扇さんの実力か。」






彼女の能力はバランスがいい。
確かにいい選手なのはいい選手だ。




どうしても気になる点が1つだけあった。






天見監督、高浪監督、佐久間コーチが絶賛している選手にしては少し実力が足りない気がする。




最低でも最上さんレベルを期待していたせいか、比べてしまうと力不足が目立つ。


年の差はあるけど、よく見積っても樹林さんと近いレベルだろう。






強打者と思っていたが、それにしては穴が多い。




そこまでのレベルのチームには驚異にはなるかもしれないけど、中堅から上のチームとなるとその弱点をきっちりと突かれてなにもさせてもらえない可能性もある。






なにか見落としがないかを今日のプレーのことを思い出して、彼女のプレーを頭の中で何度も繰り返し再生させる。






「わからない。女性しかわからない魅力的とかじゃないよな…。」






データを数値化してもSランクの選手のレベルではない。


俺がSランクとして特待したい上木さんと、今日実力を確認した紫扇さんの数値化したものを並べてみたら違いがわかった。




2人とも左投げの外野手で、同じ中学三年生だ。




左が上木さんの数値
右側が紫扇さんの数値
 



打撃能力




70-75長打力65-70
75バットコントロール40-50
60選球眼30-35
65-70直球対応能力70-75
80変化球対応能力35-40
60バント技術80










守備能力






60守備範囲50
30-40打球反応50-55
80肩の強さ70
100送球コントロール90-95
40捕球から投げるまでの速さ30-35
50バント処理 不明
90-100守備判断能力 50-55
100積極的にカバーをしているか 不明










走塁能力






60足の速さ60-65
25-30トップスピードまでの時間 70-75
盗塁能力 両者とも不明
85-90ベースランニング 70
走塁判断能力 両者とも不明
20打ってから走るまでの早さ80
スライディング 両者とも不明。






こうやって数値化して見てみると、打撃守備は大きく上木さんが、走塁は紫扇さんの方が優れている。




打撃は弱点のない上木さんに比べて、得手不得手の差が大きい紫扇さん。




ツボにはまれば紫扇さんは凄いだろう。
上木さんはどんな投手にも対応出来る。






善し悪しはあるが、レベルの話をすると上木さんの方がレベルは高い。


上木さんはこれだけではなく、投手もできるのだ。




そう考えると上木さんがSランクに相応しいと俺は思っていた。




それでもあの3人が絶賛しているのには訳があるはずだ。


3人とも全国大会出場経験のある人達で、3人とも選手を見る目が無いと結論付ける方がどうかしている。




天見監督も中学校の時の古巣からとはいえ、これからのチームに欠かせない氷と柳生をスカウトしてきた。




2人は全然違う選手だが、次の大会のレギュラーに選ばれる可能性は高いと思っている。






そんな選手を連れてきた監督が選手を見る目がないなんてことは………。




考えれば考えるほど分からない。




ちらりと紫扇さんの方を見ると1年生達と楽しく話していそうなので、俺はまだ考えることにした。






近くには天見監督が高浪監督達に何やら楽しそうにイジられている。


久しぶりのキャッチャーの姿に懐かしさを感じたのだろう。




流石だったのは監督は1度も落球することも無くしっかりと捕球してくれていた。






その楽しそうな会話を少し離れてみていると、俺は簡単なことに気がついた。




分からないんだったら、直接聞けば俺のモヤモヤの謎を解く鍵が手に入れられる。






「監督。ちょっといいですか?」






「ん?龍くんどうしたの?」






「紫扇さんの凄い所ってどこなんですか?」






俺は回りくどい事を言わずに単刀直入に聞くことにした。






「え?いきなりどうしたの?それは今から分かるんじゃないの?」






ん?
今からわかるってどういう事だ?








「え?今からってもうほとんどテスト終わりましたけど?後は少し実践に混じってもらう位しか…。」








ん?
もしかして実践でその能力が発揮されるのか?






「実践?どういうこと?」






ん?
話が噛み合ってないよな?






「話が噛み合ってないですよね?端的に彼女の凄いところ教えて貰えませんか?俺には監督達が紫扇さんのどこを絶賛してる所が分からなくて。」






「うーん。選手を見る目なら東奈くんの方があると思うけど、そういうなら…。」






そう思うならなぜ俺はわからないんだ?
何故か負けた気がしたが、分からないことにはどうしようもない。






「今からわかるのに…。教えなくても…。」






「あー!もう!聞いてるんだから教えてください!」




俺は監督に初めて声を荒げて怒った気がする。






「ご、ごめん!け、けど、今からするんだよね?」






「と、と、と、投球練習?」




俺は監督が何を言っているか一瞬わからなかった。




「え?紫扇さんは、今年の春の女子中学選抜大会3回戦まで勝ち上がったエースピッチャーだしね。」






「と、投手…。」






「もしかして野手だと思ってノックとかしてたの?」






「はい…。友愛が欲しい選手だから勝手に野手だと……。」






「そ、そうなの………。これからはちゃんと簡単に説明するようにするね…。」






俺が勝手に勘違いしていた。


これには天見監督も何も言わなかったことを申し訳ないと思ったのか、歯切れも悪くお互いに気まずい雰囲気が流れた。






俺はどこから勝手に野手だと思っていたのか?


キャッチボールの時、外野からの送球の時に気づいてもよかったのではないか?


外野手なら普通ならオーバースローになるのに、どれだけ距離が離れてもスリークォーターなのは、彼女がスリークォーターの投手だからに違いない。


打者としてのあのチグハグ感は、多分センスだけで打者をやってきたから出来る所と出来ない所の差が激しかったのだろう。




今思うと彼女が投手ということに気がつけてもおかしくなかった。




逆に言えば投手なのに野手だと思わせる能力がある、紫扇さんの野球の才能に脱帽すべきだった。




俺は段々と情けなくなってきて、自然と俺は監督達から離れていた。




どうしても1人になりたい気分になったので、選手たちがいない方の日陰で1人で呆然としていた。






「…投手を野手と思うなんて…。」




俺が自分の勘違いを認めるまで時間がかかるのであった。





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