元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

野球への思い!





「今、お義父さんと話してきたよ。」




「…そ、そうですか。お義父さまは何か言っていましたか?」




「紫扇さんを白星高校が練習してるグランドに連れて行ってもいいって許可得たから今から野球しに行こう!」






「…え?や、野球ですか…?」






いきなりのことに相当困惑してるようだった。




そんなことお構い無しに、俺は紫扇さんのことを強引に連れていこうとしていた。


傍から見たらナンパして無理やり連れていこうとする男女にしか見えないだろう。




こんな山奥だと更に事件の臭いがするが、俺は合意を貰ったと言い聞かせて、無理にでも連れていく。




「わ、わかりました。そんなに焦らなくても行きますので…。ユニフォームとか道具を持ってくるので少々お待ちを。」






俺が急に強引になったので困惑していたが、練習場までついて来てくれるようだ。




少し嫌々な感じを見せつつも、野球に飢えていたのか少しだけ嬉しそうな雰囲気も感じられた。






そういえば、篠塚さんが言っていたがいまはほとんど練習に行っていないみたいだが打撃の感覚とかは大丈夫なのだろうか?




確かこの時期だと中学の夏の全国大会本戦も終わっていたはずだ。




残るはお別れ大会みたいな、3年生主体の大会があるだけだ。




その大会には出るつもりはなかったのか。
本当にそのまま野球をやめて居合道を極めようと思っていたんだろう。


彼女の才能を俺はまだ見た事もないし、もし見たら残念だと思うかもしれない。


それでもあの居合道の素晴らしい動きを見れば、少々残念でも熱意を持って指導すればどうにでもなるだろう。




だけど、もし友愛の打者を評価するポイントが俺と全く違ってダメだったらどうするんだ?


こんな気持ちになりたくないから事前情報なしでスカウトに行くのはやばい。




梨花の時は野球を見れる環境にあったからまだよかったが、今回は野球から遠く離れた居合道という道場の中にスカウトに来ている。




それで彼女の野球の何を知れというのだ。
彼女自身はとても礼節を弁えて、居合道の素晴らしい技術を持っている。




それは確かにいいことだが、俺は野球のスカウトに来てるんだよな?という気持ちに今日何度もなってしまっていた。






「監督も監督だけど、高浪監督も佐久間コーチも何か教えてくれてもいいよな…。」






ユニフォームを取りに行っている間、俺は変に冷静になってこんな状態になったのは監督たちのせいではないか?




怒りの矛先を監督達に向けることにした。






「…ユニフォームに着替えてきました。ちゃんと帰りの着替えは持ってきてます。」






「あ、なかなか早かったね。ユニフォームはスカートタイプなんやね。」






スカートタイプのユニホームはまだそこまで多くなく、可愛らしいユニフォームの代表で露出も少し多いが、怪我をしないようにしっかりと作られている。




スライディングした時に膝を守るためのプロテクターは必須で、スライディングしたときのおしりのケアや、スカートがめくれたりした時に見えてもいいように専用のショートパンツもある。




スカートタイプがいいとは思わないが、ユニフォームが可愛いからという理由で入学する子もいるらしいから、いい点もあるのはあるのだろう。




少しだけモジモジしている。


さっきはきっちりと道着を着ていたのに、今は桃色の可愛らしいスカート型のユニフォームで恥ずかしいのだろう。






「…あんまりジロジロ見られると恥ずかしいんですけど…。」






「ごめんごめん。変な目線と言うよりも身体をチェックしてたって感じだから気にしないで。」






「…スカウトとして言ってるんですよね?意味が違えばとんでもない発言ですよ?」






「ん?あぁ!そういうことじゃないよ!ここで話してても仕方ないから早く行こうか。」






俺はコーチやスカウトとして、選手の筋肉の付き方や体型などをしっかりとチェックしてたつもりだが、それを考慮しなければとんでもない発言なのは間違いない。






話を逸らすためにさっさと出発してしまうことにした。






さっき見てわかったが、スカート型のおかげで下半身の鍛え方がよく分かった。




自転車で山登りしていたのが効いているのか、おしり、太もも、ふくらはぎは女子にしてはしっかりと筋肉がついているのはわかった。






そこら辺の投手よりもしっかりとした下半身をしている。




下半身が鍛えられて、いい感じに太くなったとかいうと選手達は喜ぶ所か怒ったり、拗ねたりする。




よくよく考えれば野球人の前に、女の子だからそういう褒め方はやめた方がいいなと思った。




それなら身体を褒める時はどうしたらいいのか?




バス停に向かいながらどうでもいいことを考えている俺であった。






「…東奈さんは元々選手だったんですよね?コーチになるということは、中学時代に相当野球が上手くないとなれるようなものでもないと思います。」






彼女は直感的にそう思ったのか、それとも分析をしてそう思ったのかは分からないが、目の付け所は間違っていない。






「…選手を辞めたのは怪我ですか?」






「いいや。俺はどこも怪我をしていないし、今すぐにでも現役に復帰出来る身体は今でもしっかりとキープ出来てる。」






「…それならどうして野球を辞めちゃったんですか…?」






蓮司とこの前話しをしたような話の流れになってきたな。






「それはね…。」






俺は彼女が俺に養女だと教えてくれた勇気をその気持ちに応えるため、俺の過去の話をした。




姉があの東奈光だということ。


小さい頃からずっと憧れて練習していたこと。


途中から姉を助ける為に死に物狂いで練習したこと。


大会でこれまで輝かしい成績を残してきたこと。


そして、姉が引退して俺の野球に対する気持ちが無くなってしまったこと。






「…そう、だったんですね。」






「特別な理由はなかった。姉が引退したのが理由だろうけど、その日すぐにそんな気持ちになったわけじゃなく、その日は寂しい思いもあったが簡単に野球を諦めるわけないと思ってたしね。」






紫扇さんは俺の話を歩きながら黙って聞いていた。






「それから1ヶ月経つうちにいつの間にか野球に対する情熱が全て無くなったことに気づいた。」




俺はあの時のことを思い出すが、姉が引退しても普通に野球をやっていた。


それなのにいつの間にか野球をやることに意味を見い出せなくなっていた。




姉の行った甲子園に行く、プロに入る、メジャーに行くなどほんの少しだけ、その先の目標もあったはずなのにいつの間にかそれも消えていた。






今考えると野球好きのそこらへんの一般人と、すり替わったと言われた方が納得出来るかもしれない。






それほど何かがいつの間にか抜け落ちていた。


今も野球を俺がプレーするということに関していえば、一切現役に戻る気もない。




姉がもし野球を続けるには俺も続けていないとだめだと言われれば、多分現役復帰すると思う。




姉が野球を俺なんかのせいで辞めるくらいなら、俺が無心で野球をプレーしたらいいだけだ。と思うだろう。




そう考えると俺はなんのために野球を続けているのかがよく分からない。


今はコーチを辞めたいとかと思わないし、それは同級生たちに対しての最大の裏切りになるのが分かっている。






「だから、何かをいつの間にか失ってやめた俺と、本当は野球をやりたい紫扇さんでは、やめた時に後々後悔し続けるのは紫扇さんだと思う。」






「…そうかもしれませんね。」






「篠…。いや、お義父さんに気を使ってるのはよく分かった。形は全然違うけど、俺も姉のことを思うと姉のために何かをしてあげたいと思ってしまうからね。」






「…随分シスコンなんですね。」






「そう言われても反論出来ないかもね。けど、それほど俺にとって姉は大切な人なんだよ。」






俺ははっきりと言い放った。  
その真っ直ぐの言葉に逆に紫扇さんの方が恥ずかしがっている。






「高校野球となれば、両立はほぼ無理だろうからね。今の調子でどちらもやれば、野球はまずレギュラーを取れないと思う。高校野球はそんなに甘い世界ではない。」






「…わかってます。だからこそ、野球を諦めて居合道の道へ進もうと考えているんです。」






「一つだけ言えることがある。居合道は多分野球を辞めたあとでもずっと続けられると思う。けど、野球は今しか出来ない。同じ歳の女の子達と切磋琢磨して試合に勝つ。野球をやめて途中からやっぱり始めようと思ってもブランクがキツすぎる。」






「……………。」






「俺が現役に復帰してもいいように、姉は毎日野球のトレーニングは欠かさずやるようにと言ってきたんだろうね。」






「…そうかもしれませんね。東奈選手ってそのような部分でも素晴らしい人なんですね。」






俺はそれはどうかなと思いながら姉のことを少し考えた。


俺のことは想ってくれてるだろうが、強引すぎるのは如何なものかと今でも思う。




篠塚さんも姉も考えていることは一緒なのだろうが、篠塚さんは紫扇さんに任せすぎで、姉は押し付けすぎなのだ。




2人の中間くらいがちょうどいいんだろうけど、それは無い物ねだりだと思うことにした。






「子どもの俺が言うのはなんだけど、親ってのは子どもが1番やりたいことをやってもらいたいんじゃないかな?」








「…どうなんでしょうね。それは私達には分からないですよね。」






彼女は頭では理解していても、心の中ではずっと葛藤をし続けているようにみえる。


それを晴らしてあげるだけの器量が俺にあればいいが、そうそう簡単に上手くいくわけもない。






「………………。」






とんでもない事態だ。
お互いのことを話したせいで妙に気まずくなって、俺が会話を捻り出すのが難しくなってきた。






本当なら野球の話をした方がいいんだろうが、今1番彼女に言いたくても言えないことがある。






『スカウトに来たのに紫扇さんがどんな選手か知らないって今更言えるか?言えるわけないないよな…。』






彼女がどんな選手か知っていたら、なにか質問したり、弱点があればそれについて教えてあげたりもできた。






「紫扇さんは俺の姉のファンだったりする?」






「…いいえ。いや!尊敬してないとかではなくて、私から見た東奈選手はレベルが高すぎて逆に何も参考にならなくて…。球界のエースの齋藤帆南選手はすごく好きですよ。」






「齋藤選手か。そこまで大きくない体で、あの抜群の制球力と変化球を駆使して、ストレートまで抜群のストレートと呼ばれるあの投球術は確かにいいお手本になる投手だと思う。」






俺は齋藤選手のこともよく知っている。
姉の高校の時の最大のライバルだと言っていたからだ。




その選手が球界のエースとなるということは、姉の選手を見る目も相当なものがあるんだろう。




その理論でいけば、俺が野球を続けていればあの姉でさえ俺に嫉妬するレベルの選手になったんだろう。






今となってはそれも過去の話だ。
別にそうなってみたくない訳では無いが、そうなりたい訳でもない。






「…齋藤選手のことちゃんと知ってるんですね。なら質問してみます。齋藤選手の何が1番の武器だと思いますか?」






やっと野球の話になり、話しやすくなって助かった。


それでも難しい質問ではある。


さっき言ったように齋藤さんには抜群のコントロールと多彩な変化球にあるが、ストレート自体は速くない。


せいぜい今の梨花と同じくらいのストレートが限界だろう。




だが、データを見ると空振り率が1番高いのはストレートなのだ。


それを実現出来ているのはやはりコントロールと変化球のおかげだと思う。




ストレートを生かすために変化球がある。
逆も然りで、変化球を生かすためにストレートを有効なところで使ってるとも言える。






「んー。決められないけど、俺が個人的に1番厄介で使いやすくて、ここ一番の時だけやたら相手が打ち損じているが1番だと思う。」




答えが合っているかどうか、隣で歩いている紫扇さんを見たが帽子のせいで表情が分からなかったが、一瞬見えた口元が笑っているように見えた。






「…そうですか。なるほど。」






齋藤選手の最大の武器の話は終わってしまった。


正解とも不正解とも言わずに、見間違えでなければ笑っていた。




その笑いの理由がわかるのはもう少し先になるのだった。






「そろそろ着きますね。」






俺たちが山を降りるとその2.3分後にちょうどバスが来て、少しだけ離れて隣に座っている。






「そうだね。今は丁度お昼の時間かな?みんなグランドにはいないと思うけど、ご飯はどうする?」






「…そうですね。何をさせたいかは分からないですけど、お腹は空いてないですし、ウォーミングアップは先に済ませたいです。野球をするのも2週間ぶりなので。」






「それなら着いたらすぐにグランドに出てウォーミングアップ手伝うよ。」






「…はい。よろしくお願いいたします。」






その後も俺は話題を捻り出しながら、早くバスが着くことを祈って話を続けた。




もうそろそろ俺の話題も尽きてきた頃に、ちょうどバスが合宿所のすぐ側に停車した。






『ふぅ。後5分着くのが遅かったらお通夜になる所だった。』






俺は彼女の分のバス代も一緒に払ってバスを降りた。




自分の分は払うと言っていたが、スカウトの俺が連れてきたから必要経費だと言って無理矢理突っぱねた。






グランドに行くと、日陰のテントの所に監督達がお昼ご飯を食べながら談笑している。


その近くに梨花と雪山が2人で座らせているところを見ると、昼ご飯が終わったあとにも説教されているんだろう。






「今戻りました。天見監督、明日にでも話したいことがあるので時間貰えますか?」






どうしてもどんな選手かを聞かされずに、スカウトさせられに行ったことに納得出来なかった。






「う、うん。わかった。」






俺が怒っているのを察して少し申し訳なさそうに返事した。




「…あ、あの。スカウトを断ったのに友愛さんの練習してる所に来るなんて常識外れなことして申し訳ありません。」






俺が監督に話している時に、気まずそうに紫扇さんが高浪監督と佐久間コーチに頭を下げていた。




それもそうだった。
4回も断ったのに、他のスカウトに連れられて練習に顔出すというのは確かに気まずいだろう。




それも含めてここに顔を出すのが嫌だったのだろう。




それくらい分かっていてあげるべきだったし、彼女だけ頭を下げさせる訳にはいかない。






「高浪監督!佐久間コーチ!自分が無理に連れてきたので、彼女には悪意があったりしないので、もし注意をするのであれば自分が聞きますので彼女を注意するのは勘弁して下さい。」






俺は2人が口を開く前に割り込んで、俺も深々と頭を下げた。








「ははは。別に勘違いしないで。怒ったりもしてないし、香織達と君が紫扇さんを連れてくるんじゃないかって話をしてたんだ。」






高浪監督は本当に怒っている雰囲気を感じない。


寧ろなにか興味深く俺たちを観察しているようだ。






「紫扇さん、貴女も気にしなくていいんですよ。たまたま白星と練習してるだけで、今日の貴方は私達とは関係なく、東奈コーチが連れてきた客人ですので。」






「…あ、ありがとうございます。」




「気を使ってもらいありがとうございます。」






俺と紫扇さんは今度は軽く一緒に頭を下げた。


そこに説教されていたであろう梨花と雪山がこちらに近づいてきた。






「龍。お疲れさん。そっちの彼女が今朝言ってた子だよな?」






「…紫扇晴風と言います。よろしくお願いいたします。」






「ワシは西梨花じゃ。こっちは雪山沙依。昨日試合中に喧嘩してこうやって説教受けてたんじゃ。」






「後輩になる子になんてこと言ってるんッスか!?ウチは雪山沙依ッス。よろしくッス!!」




雪山は後輩になるかもしれないと思っているのか、先輩ということをアピールしつつ無理やり握手させていた。






「紫扇か。ふーん。いいんじゃねぇか?何するか知らねぇけど、頑張れよ。」






梨花は紫扇さんの全身を1度ゆっくり見て、最後に目をしっかりと見つめて、梨花の中のなにかが合格したようだった。




言いたいことだけ行っていつものように隅っこの方に移動して、説教されていたとは思えないほどの偉そうな態度で椅子に座っていた。




雪山もそれに続いて近くにちょこんと座っていた。


その姿はどう見ても梨花の舎弟にしか見えない。






「今さっきの強気の彼女はうちの1年のエースで、チームのエース争いの真っ最中なんだよ。喧嘩したのは本当だけど、高校に入って初めて揉めたのがちょっと問題になっただけだから、あんまり怖い人と思わないであげてね。」






少しだけほっとした表情で俺の言葉に軽く頷いた。






「もう1人の雪山は、見てわかるようにとにかくうるさくて、1年生の中でいちばん俺の言うことを聞かない子だね。先輩風吹かしたがるかもしれないけど、軽く流しておいていいから。」






「…ふふ。そうなんですね。」






紫扇さんは高浪監督達に何も言われなかったことに安心したのか、少しだけ張り詰めた気持ちを落ち着かせられたようだ。






「軽くウォーミングアップして、キャッチボールした後に少しだけ俺が直々にテストしたいんだけど大丈夫?」






「…テストですか?私の何か能力に疑問があったりするのですか?」






俺が紫扇さんをスカウトし来たのに、わざわざテストをやってもらうということは、彼女にとっては気がかりかもしれない。






「俺が実際に同じグランドで色んなプレーを見てみたいんだ。」






「…そういうことならいいですよ。」






「後、俺の実力も知りたいんじゃないかと思ってね。」






「………。まぁ、実力はあるのは何となくは分かっていますけど、それが自分が思ったよりも上回ってるかどうか確かめさせて貰います。」




彼女にとっては俺の実力もコーチとしての指導力も分からない。


彼女は野球にも居合道にもかなりの自信があるんだと思う。


謙遜はしているが、彼女は自分のプライドを隠すのが苦手なのかもしれない。






「OK。それじゃ俺も紫扇さんを試すし、紫扇さんも俺を試したらいいよ。」






「…優しいだけかと思ってましたけど、グランドに立つとやっぱり人は変わるんですね。」






彼女も俺のプライドを感じ取ったのか。
俺も情熱が無くなったとはいっても、簡単に野球で負けるとも思っていない。






グランドに立つと野球を辞めた俺も、野球を辞めようとしている紫扇さんもそんなことを感じさせないほど集中していた。






「ははっ。それじゃ始めようか。」









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