元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!
親友からの助言!
彼女の質問になんと返事をするかを考えていた時に、この前に蓮司と話したことを思い出していた。
確かあれは俺が夏の大会が終わって、スカウト活動をしていた時の話だったか?
「よぉ。龍、今日もスカウトに行くのか?」
「そうなんよね。去年はずっとスカウトやってたから今年は少しは気楽にできてるよ。」
「そうかそうか!それにしても口がそこまで上手くないお前がスカウト成功するのは人柄のお陰なのかねぇ。」
「どうやろ?これまでは素直にぶつかったら上手くいってきたかな?それでも成功率10パーくらいなもんだけどね。」
「普通の高校生がそれだけ成功したらいいんじゃね?」
俺はその通りだと思っていた。
白星は特に他の高校よりもいい部分も少ないし、学校自体がそこそこの学力があるのと女の子が多くて安心して通えるくらいなもんだ。
野球部には実績もないし、俺もいくら中学生の頃に実績があっても今はただの高校生でコーチとしての実績もない。
「なぁ、ちょっと聞きたいことあるんだけどいい?」
「龍から聞きたいことあるなんて珍しいな。言ってみ?」
「えーと…。うーん…。やっぱりいいや。」
「おいおい!相談に乗って欲しい女の子じゃねぇんだから気にせずに話してみ?」
俺はすぐに突っ込んできて、いつも通りの蓮司に少し聞きづらいことを聞いてみた。
「女の子の口説きかた…。いや違うな。相手の懐に入り方というか、んー。なんていえばいいんだろ?」
「女の子と上手く会話する方法か?」
「まぁそれは俺もだいぶ慣れたけど、スカウトって言うのは基本的に1発勝負なんだよね。それで相手の懐に入って心を掴む方法ってないかな?」
俺はそんな簡単に実践で身につくことなんてないと思いながらも、この男ならどうにかしてくれるかもしれないと聞いてみた。
「はっきり言えばないな。俺なら出来るけど、龍だと無理だろうな。」
「はぁ…。まぁそんなことだろうと思ってたわ。」
「まぁ、待て。上手くいくかは分からんけど、俺の気をつけてることっていうか、龍にもできる位のアドバイスなら出来るぜ?」
俺は特に返事もせず蓮司の話を真面目に聞いていた。
「ま、俺もお前も16だろ?まだ全然深みとかないし、実際大したこと出来ないってことを忘れたらダメだと思うんだよ。」
大人ぶっても実際は子供だからなと当たり前のことを思っていた。
「ここから本題だけど、相手の懐に入るべき時なのか、入らないべきかを見極めることを覚えた方がいい。」
「入るか入らないかを見極める?」
「そうだ。相手がなにか意味深なことを言ったり、相手の核心を知れそうな時に、それについて聞くだけじゃなくて、聞かないという選択肢を忘れたらダメだ。」
「まぁ、そうだよね。」
「いまさっきの俺たちの話を例に出すけど、龍は俺に話聞きたかったけど途中で聞くのやめたよな?普通なら聞き返すと思うけど、聞き返さないというのも正解だということもあるってことさ。」
「うーん。わかるっちゃわかるけど、それはどうやって判断するん?」
「それは龍が踏み込めるか、踏み込めないかの直感と経験しかないさ。近くに俺がいて助けてやれる訳でもないし。」
相談して答えを貰ったまでは良かったが、結局最後はその場面でどうしたらいいか分からないままだった。
「難しく考えてるかもだけど、人には突っ込まれたくないことや、逆に聞いてもらったら楽になることってあるだろ?」
「まぁ、そりゃ。」
「龍なら野球を辞めたこととかな。けど、それを話してすっきりしたいと思う相手がいて、その人に聞かれて話したらすっきりするんじゃねぇか?」
「…………。」
俺が野球を辞めた理由なんて特に人に話しても面白いこともないし、暗い過去がある訳でもないから話さない迄だ。
けど、人には色々と理由がある。
この話を一番最初に思い出したのは上木さんと出会った時の事だった。
彼女に話せなくなった理由は絶対に今は聞けないと直感で思った。
「最後だけど、もし間違った選択をしても龍の素直な気持ちを伝えればリカバリーは出来るかもしれない。だから人と分かり合うために話す時に結局大切なのは諦めないことだ。」
「諦めないことか。」
「そうそう。ダメだと思っても諦めずになにか伝えて、少しでも相手の心に届けば間違ってたとしても分かってくれるかもしれないしな。」
子供なりの処世術を2人で語り合ったことでこの話は終わった。
『蓮司、多分今お前が言ってた聞くか聞かないかの選択の時だと思うけど、お前ならどうするんだ?』
俺は心の中で蓮司に助けを求めたが、もちろんのこと助けてもらえる訳もなく自分で決めることになってしまった。
「居合道をこれだけ本気やってるのに、どうして野球もやってるんだろうかと思って。」
「…野球をやってるのは野球が好きだからです。その気持ちに偽りは無いですよ。」
思ったよりもシンプルな答えが返ってきた。
それでも多分小さい頃から居合道をやっていて、野球にも手を出すとは考えずらい。
練習も全て出れている訳でもないみたいだし、それでもチームメイト達に受け入れられているのだろうか?
「んーと、質問を変えようかな?高校ではもう野球をやらずに居合道に専念するなら、友愛のコーチたちにそう伝えればいいと思うんだけど…。」
紫扇さんは今日1度も見せなかったかなり渋い顔をしていた。
ここまでは踏み込んでは行けない領域だったかもしれないが、口から出た言葉は撤回することが出来ない。
「………。」
「答えたくなかったらいいんだよ。俺は今日会ったばかりの人だしね。」
「……………。」
うーん。
ここまで黙られるとこちらもどうしたらいいか分からなくなる。
「…話してもいいかもですね。」
彼女はなにか覚悟を決めたように俺の方へ向き直した。
「この道場の師範は紫扇という名ではありません。篠塚という師範がやっています。一応私のお義父さまです。お父さまではなくお義父さまです。」
「お義父さま…。」
俺はとんでもない話に足を突っ込んだのかもしれないと思っていた。
だが、突っ込んでしまったからには俺はこのまま突き進む他に方法はない。
「私は養女ということになりますね。だから居合道に勤しみ、鍛錬をしているのです。」
「そうだったんだね。居合道を嫌々やっているようには見えなかったけど…。」
これは素直な気持ちだ。
嫌々やっていて、あれだけの技術を習得するのは無理だろう。
「そうですね。居合道は私はとても好きですよ。だからこそ毎日鍛錬をサボったりせずに必死に打ち込んできました。」
居合道の話ばかりで、肝心の野球のことが繋がってこないが、急かして話してもらうことでもない。
「野球は…。居合道以上に好きなんです…。」
なにかあるのか道着の袖をギュッと握っていたのを見て、なにか他に野球の特待を断る原因があるのだろう。
「なにか野球を続けられない理由があるんだよね?」
「…………。」
そういうと黙ってしまった。
多分その理由は家にあるのだろうが、彼女がこの家に来た理由も知らないし、そこに突っ込むのだけはやばい気がする。
「晴風。そちらはお客さんかい?」
「お義父さま。彼は東奈龍さんといって高校生で女子野球部のコーチなのです。あの…言いづらいのですが、私のスカウトに来てもらって。」
「初めまして。東奈龍という者です。晴風さんのスカウトに来たんですが、呆気なく断られてしまいました。
その後に居合道というものを今日初めて知りましたので、さっき実演を見せてもらいました。
とても素晴らしいものだと思って感動しました。」
俺は嘘偽りなくそのままの感想を伝えた。
少し話しすぎたかと思ったが、紫扇さんのお義父さまの篠塚さんだろうか?
こちらを毛嫌いしている雰囲気もなく、どちらかというと好意的な気もする。
「晴風、またスカウトを断ったのか。」
「あ、まぁそうで…。いえ…。」
俺の方をちらりと見て返事が曖昧になっていた。
最初は完全に断られたが、少しは白星高校に興味を持って貰えたのだろうか?
「ははっ。別に遠慮しなくてもいいんだよ。晴風はこれまで居合道をしっかりとやってきた。それよりも晴風が本当は野球をやりたかったらやってもいいんだよ。」
「いえ、お義父さま。私は居合道を…。」
2人は押し問答を続けていた。
家族に問題があると思っていたが、父親はとても優しそうで血が繋がっていないとは思えないほどの紫扇さんを想っている様に見える。
「いつも晴風が追い返しているから、スカウトの方と話してみたかったんだ。ちょっと私に話しをさせてくれるか?」
「え…。でも…。」
「紫扇さん、俺も少しだけ話してみたいことがあるから話をさせてもらってもいいかな?」
彼女は何も言わずにただ頷くだけだった。
俺はこの15分くらいで話がとんでもない方向にすっ飛んでいってついていくのがやっとだった。
「東奈くんだったよね。どこまで晴風から聞いたかな?」
「ここの道場の子ではなく、養女だと教えてくれただけで他には別に…。」
紫扇さんのお義父さまである多分ここの師範の篠塚さんはなにやら考えている様子だった。
「自己紹介がまだだったね。私はここの師範の篠塚蒼風です。晴風の義理の父です。」
やはり義理の父だったのか。
それにしても気になることは名前に2人とも風がついているということだ。
「晴風が君に養女だということを話したということは、君のことは信頼できると思ったのだろうな。」
「晴風は私の親友の娘だった。なのにあいつは…。」
かなり険しい顔をしている。
俺にそのまま暴言でも吐きそうな感じだったが、寸前のところで気持ちを抑えたようだ。
「すまないね。ちょっと取り乱しそうになってしまった。詳しいことは言わなくていいだろうか?」
「それは勿論大丈夫です。」
「それならよかった。色々とあって晴風は1人になってしまい施設に入るという話を聞きつけてね。親友の娘の晴風とは面識も何度もあったし、どうしても見捨てることが出来ず引き取ることにしたんだ。」
こんな話を今日会ったばかりの俺にしていいのだろうか?
話してくれるということは信用されているのはいいけど、俺にはこの話を聞いて何もしてあげることが出来ないということしか分からなかった。
「君は高校1年生なんだろう?それでコーチをやるということは相当な実力があるということだ。私も師範として生徒たちに鍛錬をしているから分かるが、教えるということは教えることを理解して、自分でも出来ないといけない。」
流石はこれだけ大きい道場の師範だ。
俺なんか少し野球が上手いだけ指導している若輩者だと改めて分からされた。
「君はまだ若い。今日のことを聞いて晴風になにかしてあげようなんて思わなくていい。もし、野球をやりたいと言って君の高校に行った時は分け隔てなく指導してあげればそれでいいんだよ。」
「そうですね…。自分が出来ることなんて今はそれくらいしかないので。」
俺は篠塚さんのとても優しい話し方と声で少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
多分、急な話で俺が動揺していたのが気づかれていたんだろう。
俺は自分の感情をコントロール出来ず、ただ動揺して話を聞くだけしができなかった。
『蓮司。会話押し引きは成功したかもしれない。けど、その先の俺の引き出しの少なさで何も出来なかったよ。』
俺は助言をくれた蓮司に心の中で報告した。
「晴風は多分だが、私が優しくし過ぎて居合道を止めて野球に専念できないんだろうな。居合道も晴風には才能があるが、それ以上に好きな野球をやらせてあげたいが…。」
ここまで義理の娘を思う篠塚さんの役に立ってあげたいと思った。
「なら少し強引かもしれないですが、この後練習に連れ出してもいいですか?うちの高校と長崎の友愛高校が合宿してるので、目の前で見て決めて欲しいのです。」
篠塚さんはニコリと優しく笑った。
「ぜひ連れて行ってあげてくれ。女子野球部の夏の大会が終わって、最近はほとんど野球をしていないはずだから。」
「わかりました!わざわざ大切な話をしてくれてありがとうございました。」
そう言うと深々と一礼してその場を駆け足で去った。
篠塚さんはさっき紫扇さんが教えてくれた一切無駄のない礼をしながら見送ってくれた。
「東奈くんか。いい男だ。晴風の心を溶かしてくれるだけの器量があると信じよう。」
俺は自分の知らないところで篠塚さんに期待されるのであった。
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