元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!

柚沙

実績!





「東奈くんいらっしゃい。大人な女性ばかりだけど、あんまり気にせずにそこに掛けてくれていいからね。」




部屋に入ると午後6時くらいからもうお酒を飲んでいる天見監督と高浪監督。






「こんな時間からお酒飲んでも大丈夫なんですか…?」






「大丈夫大丈夫。今は軽く飲んでるだけだから。」






何がどう大丈夫なのかは分からないが、生徒たちを預かる立場の先生だからベロベロになったりはしないだろう。




同じ指導者の俺でも、お酒の入った大人の女性しかいない個室にいるのは流石に居心地がよろしくない。






「はは。私達はまだ若いと思ってるけど、東奈くんからしたら年増かな?」






そう冗談っぽく俺に話しかけてきたのは佐久間コーチだが、答えずらい質問をするのは止めてもらいたい。


そもそもこの3人が全員異性として見てますと俺が言ったらどうなるのだろうか?




一瞬逆に困らせる質問をしてやろうかとも思ったが、年下が変なことを言うと逆に自分の首を絞めかねない。




姉に対してもいつもそうだった経験を思い出し、俺は何も言わず苦笑いすることしか出来なかった。








「それにしても3人でこうやって集まるの4年ぶりくらいですかね?香織先輩は指導者になるかなって思ってましたけど、まさか真穂先輩が監督になるとは…。しかも同じ高校で指導者になるとは思ってませんでしたよー。」






「それはこっちのセリフよ。佐久間が教員免許とって指導者になるなんてね。しかも、私が紹介したらあっさりと決めて友愛に来るのも佐久間らしいと言うか…。」






3人は全員同じ大学だったようだ。


高浪監督が4年生、天見監督が2年生、佐久間コーチが1年の時に全員一緒にプレーしていたみたいだ。




佐久間コーチは1年で唯一強打の外野手としてレギュラーを取り、もちろん高浪監督と天見監督はバッテリーで全国大会に出場したがその時は一回戦敗退だったらしい。






高浪監督が卒業した次の年に天見監督は全国大会準優勝という輝かしい成績を残した。




天見監督は準優勝のことを誇ったりしたことがなかった。


プレイヤーとして5回全国大会に出て、一度も優勝をしたことがないことがコンプレックスになってしまっていると俺に話してくれた。






姉と甲子園に出て絶好のチャンスで打てず、最後は不運にも姉の投げたボールがイレギュラーしてサヨナラ負けで優勝を逃した。




大学の全国大会でも決勝戦でも延長戦までもつれ込んで、相手の3番バッターに投げる球を最後の最後まで迷って、ストレート要求をサヨナラヒットにされて負けたらしい。






それが原因なのかは分からないが、4年時には大スランプに陥って1年から3年まで全国大会に出場していたのに、予選で負けてしまったみたいだ。






プレイヤーとして限界を感じてしまい、プロに入ることが出来たのに指導者の道を選んだようだ。






佐久間コーチは女子大学野球の有識者達にはかなり有名なプレイヤーだったらしい。




俺も長崎から帰った後に佐久間コーチの打撃集という動画を見てみたが、今の最上さんのような相当豪快な打者だったようだ。






2年時全国大会の準々決勝で、大学女子野球の歴史上唯一の3打席連続ホームランを打った選手だ。




続く準決勝で利き手にデットボールを受けて骨折してもそのまま試合に出続けて、次の打席にホームランを打ったという鉄人ぶり。






怪我を隠して試合に出続けたことが災いしたのか、怪我が完治した後に思うように力が入らず、ボールを昔のように飛ばせなくなってしまったらしい。






ホームランが打てないならとあっさりとプロ野球入りを断念して、仲の良かった先輩と同じように指導者になろうと必死に勉強をしたみたいだ。








「ごめんねー。昔話に花咲かせちゃって。香織先輩に会うのも久しぶりで楽しくてね。」






「いえ、それは大丈夫ですけど…。」






3人で話が盛り上がるのは全然構わないけど、ここに俺がいなくてもよくないかと思うばかりであった。






「真穂先輩ー。今日はビシッとした格好で誠意を持って話に行ったんですけど、やっぱり無理でしたよー。」






「うーん。私が1回と佐久間が3回か。けどまだどこにも決まってないんでしょ?それなら諦められないよね。」






「ですよねー。でも真穂先輩が行って無理なら無理じゃないですかね?」






今度は今日佐久間コーチがスカウト?をしてきた話をしているのだろうか?






友愛は今長崎でも強い高校になってるし、スカウト活動は結構上手くいきそうな気もするけど、チームの方針が打撃に偏り過ぎてるのを嫌う親御さんもいるんじゃないかと思っていた。








「紫扇さんも流石に頑固というか、野球辞めちゃうんですかねー?他の高校も放っておかないと思うんですけど、この時期まで決めてないってことは公立高校に行くんですかね?」






2人が話しているのは紫扇さんという選手らしい。


福岡の有名な選手や、個人的に気になってる選手の名前は覚えてるが、福岡に紫扇さんという珍しい苗字の女の子はいなかったはずだ。




流石に長崎の選手までは俺も知らない。


友愛が4回もスカウトに行って断られているのも気にはなるが、そこまでして欲しい選手ということは最上さんレベルの強打者なのか?






「彼女のあの鋭さはとても魅力的ですけど、中学生にしては冷めすぎているというか…。」






「そうね。けど、いい選手には変わった一面も多いと思うのよ。私達を褒めるわけじゃないけど、私も変わってるし佐久間も大概変わってるじゃない?香織は普通過ぎていい選手になれなかったと思うのよね。」






「ひどいですよ!光さんとのバッテリーを勤め上げられるのも十分な才能だと思うんですけど!?」






「東奈さんね。彼女は私達とは違うのよ。佐久間も大学では相当な強打者だったけど、投手のイメージのある東奈さんの打撃のレベルにも遠く及ばないと思う。」








「そうですねー。私も打撃だけには自信あったし、打撃なら東奈選手と並べるって思ってたんですけど、今年の二刀流してる東奈選手の打撃を見たら格が違うって思っちゃいました。」






「そんな選手とバッテリー組んでた私がいい選手じゃない訳ないじゃないですか!」






「はいはい。別に香織が悪い選手とは言ってないでしょ。いつも言ってるけど、あなたは本当のここ一番で決められる力と運がなかった。選手として大学で終えて、指導者になったのは良かったと思うわ。」






高浪監督はかなり厳しい言葉を天見監督に投げかけている。




こうやってはっきりと選手としては大成しないと言われた方が諦めもつくし、監督は自分でも選手としてダメかもしれないと思っていたところに、もしかしたら高浪監督からトドメを刺されたのかもしれない。






「ですね。けどこうやって監督になってよかったと思います。今は光さんの弟の龍くんと一緒に指導をして、成長を見守っていけると思うと凄くやり甲斐があります。」






高浪監督は見た目はお淑やかな感じで、喋り方も丁寧な感じはするし、元々いいピッチャーだったらしいが、野球に対してはかなり強い信念を持っている。




監督としても天見監督より何枚も上手な感じがする。






ここに呼ばれた理由を知らないまま過去の話を聞くこと約1時間。




俺が困り果ててるのに気づいたのは天見監督ではなく、高浪監督が俺の事を助けてくれた。






「香織、東奈くんをここに呼んだのは明日の朝からの予定を伝える為でしょ?早く言っておかないと困るのは東奈くんなんだから。」






高浪監督の配慮でやっと話が前に進みそうで安心できた。






「そうそう。もしかしてもう分かってるかな?」






何となく察しはつくことはあった。


けど、まさかな…。






「敏腕スカウトの出番だよー。」






『ですよねー…。』




ここの中では違うことを期待していたが、紫扇さんの話が出た辺りからもしかしてとは思ったけど長崎まで来てスカウト活動やらされるのか。






しかも友愛が4回も断られた相手にスカウトに行くとか嫌な予感しかしないんですか…。






「名前は紫扇晴風しせんはれかぜさん。場所は遠くないから。近くのバス乗って、ここバス停で降りて、そこから歩いて山の中まで行かないといけないけど、龍くんの体力ならなんの問題もないと思う。」






そう言うとあらかじめ用意してあった印刷された地図と、行き帰りと食事代?のお金の入った封筒を渡された。








「一応了解しました。けど…友愛高校が断られる相手をスカウトして成功するとは思えないんですけど…。」






「まぁ私も先輩たちに話を聞いて、映像みたけどこの子は是非欲しいって思ったからね。真穂さんと美波が無理だったら私も無理だと思ったからこその龍くんって訳。」






「は、はぁ…。一応頑張りはしますけど、期待しないでくださいね?」






「とりあえず頑張ってくれたらいいよ。彼女はもしうちに来るなら寮になるだろうから、寮費と学費完全免除のS特待でもいいと思うよ。」






「上木さんのことは覚えてますよね?彼女もSランクレベルの選手だと思いますが。」






「もちろん分かってる。けど、上木さんはAでも十分なんじゃないかな?通学できるし、実績がある訳でもないからね。実力は確かに龍くんがそこまで言うならあるんだろうけどね。」






「俺は彼女の実力がどんなものか知らないですけど、それでも俺が納得できるレベルなんですか?」






俺は喋れなくて、コミニュケーションが取りづらいと分かっていても上木さんをS特待生としてスカウトするつもりだった。




今のうちのチームに必要な左投手兼堅守で強打、足の速さはそこそこ。


高次元のバランス型プレイヤーで中学3年だけど、それでもすぐにレギュラーを取れるくらいの実力はあるはず。






「もし上木さんが来てくれるなら最大限にサポートしてあげるけど、やっぱり言葉を喋れない選手を1番としては監督としては取れないよ。教師としてならなんの問題もなく受け入れるし、敵意から守ってあげることも出来るけど、学校がお金を使ってくれている以上は結果を出さないといけない。」






天見監督が言っていることは何も間違ってはいない。


勝つ為に必要な選手は監督目線で言えば、上木さんよりも紫扇さんの方がいい選手なのだろう。




上木さんは野球の弱点はないが、試合中にコミニュケーションを取れないというのは致命的な弱点になりかねない。




外野守備も声を出さないとどちらがボールを取るかもままならないし、投手の時もマウンドに集まって話を聞きたくても時間をかければ筆談出来るかもしれないが、一言二言の話し合いが出来ないのはかなり苦戦するだろう。






俺は個人的な感情を捨てて、やはりチームのことを考えると監督がS特待として連れてきて欲しいという紫扇さんを優先することに決めた。






「わかりました。明日、紫扇さんに会いに行ってみますね。」






「よろしくね。元々可能性はかなり低いと思ってるからあんまり気張りすぎずに、これまでと同じようなスカウト方法でいいからね。」






「わかりました。それじゃ自分はここで失礼しますね。」








「お疲れ様。」


「東奈くん、明日は頑張ってね。」


「気難しいから気をつけてねー!」








俺は監督たちの部屋から解放された。
鼻には少しだけアルコールの匂いがまだ残っているような気がする。






この後すぐにこの合宿所にある大浴場に1人で、ポツンと入りながら明日のことを考えていた。






「遠くないって言ってたけど、バス停から1時間は山道を歩かないとダメじゃね?普通に遠いし、バスに乗る時間も6時半って…。」






1人には大きすぎる浴槽につかりながらなにも考えたくなくて長い時間ボケっとしていた。






「入るよ。」






「いや、入るよじゃないよ!」






ジャージに着替えた桔梗が急に浴場の中に入ってきた。
タオル姿とかじゃなかったから目をそらす必要もなかったが、そういう話ではない。






「別に龍の背中を流しに来たとかじゃなくて、ここ男女兼用で女の子達みんなが入った後に、男の龍を入らせるのも悪いと思って先に龍に入ってもらったけど、龍のお風呂が長すぎてみんなお風呂入れないんだよね。」






「いや、誰もそんなこと教えてくれなかったけど…。」






「言う前に入っちゃったから。みんな流石に裸の龍と鉢合わせするのは嫌みたいだから私が言いに来たの。」






「なるほど。もう出るから。」






「龍はいいかもしれないけど、このまま裸の龍と一緒に外に出るのは流石に気まずいから30秒待って出てきて。」






そういうと桔梗はさっさと浴場から出ていってしまった。
俺が桔梗が入ってるところに入るのはやばいが、男一人のなかに桔梗が来るくらいならセーフか。




本当にそれはセーフなのか?






どのラインまでがセーフか分からないが、そんなことを考えてるとまた桔梗が呼びに来るかもしれないので直ぐに浴槽を出て、脱衣所に急いだ。








「よぉ。コーチって言っても現役バリバリでもおかしくない身体しとるんやな。筋肉と脂肪の割合が見た感じほぼ完璧ばい。」






俺はもしかすると桔梗がいるかもしれないと思って、股間だけは隠して出てきたのが功を奏した。






「なんか嫌な予感したけど、桔梗じゃなくて最上さんかよ…。」






「ははは!俺も女らしい身体してる訳じゃなかけど、スポーツ選手としては理想の身体しとるんさね。」






「ちょいちょい!俺が出ていくまでユニホーム脱ぐのは勘弁してくれ。」






「東奈が一番風呂取ったから、2番風呂は俺やないと納得出来んばい。脱いで欲しくないならさっさと着替えんね!」






俺は体をすぐに拭きあげて裏表とか関係なく服を着替えてそそくさと外に出ていった。






その間最上さんは俺の方を見るわけでもなく、服を脱ぐ準備をしているようだった。








「はぁはぁ。豪快すぎて服まで脱がれるところやったわ…。」






濡れた髪の毛といかにも焦って出てきたという感じが出てるだらしない格好だった。






「ししょー!もがみんの裸見たのー?」






「こら。かのん、みんなが注目してるところでそんなことを聞かないように。しかもちゃんと止めて見てないからな。」






「残念!あ、そこのボイラー室から入れば中覗けるところあるらしいよー。覗きに行くならそこがいいと思うなー。」




「俺をクビにしたいのか?」






「どーでしょー?お風呂行ってくるねん!」






かのんから有益な情報を得たが、お風呂待ちの女の子の前で教えて貰ったらもうあのボイラー室とやらに10mも近づけないような気がするのは俺だけか?






ゆっくり風呂は入れたけど、出るまではスピーディー過ぎて逆に嫌な汗をかいてしまったので涼しいところを探しに行った。






自販機でたまにはいいかなと思って炭酸飲料を買って、自分の部屋に戻った。






「それにしても紫扇晴風か。」








俺は監督達が絶賛している彼女がどんな選手かを少しだけ楽しみにしていた。


スカウトが成功するしないは別として、あの3人があれだけ褒める選手がどれだけのものか期待せざるおえない。






色々と紫扇さんの選手像を考えていると、今日の疲れがどっと来てそのまま寝てしまうのであった。







「元天才選手の俺が同級生の女子野球部のコーチに!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「学園」の人気作品

コメント

コメントを書く